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ビーストリー  作者: 黒月水羽
第一章 迷子の猫
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夜明けにはまだ遠く

 猫ノ目家本邸、儀式の間にはひりついた空気が流れていた。部屋の中央に縄で両手を縛られて座らされているのは猫ノ目十兵衛。

 その背後には面をつけた道永と布で顔を覆った要が控えている。その手には刀。二人が得意とする武器ではないが、体術においては素人である十兵衛を斬り伏せることは容易であった。


 十兵衛の前には各家の当主が並んでいる。みな険しい顔をしているが、その中でもとりわけ険しい顔をしているのが猫ノ目当主、猫ノ目誠治郎であった。


「なぜ、今回のような事件を起こした」

「猫ノ目を再興するためだと言っただろう」


 縛られている側だとは思えない鋭い眼光。自分は正しいと盲信する態度に当主たちの顔色が曇る。見るに耐えないと視線をそらす者もいる中で、十兵衛は演説でもするように高らかに話し出す。


「いくら資金を調達しようとも、追人や守人候補を鍛えようとも、猫狩が生れなければどうにもならない。狩人がいなければ五家は成り立たない。使命を果たせない! そんなことはここにいる全員分かっているだろう!」

「狩人様がいなければ成り立たないと分かっていながら、なぜ狩人様を危険に晒すようなことをした!」

「御神体を集めるためだ! 御神体を集め、楔姫様を復活させれば全てが解決する! 死んだ者は蘇る! 猫狩様はまた生まれるようになる!」


 楔姫さえ復活すれば全てが上手くいく。そう盲信する様はなにかに取り憑かれたようで、見ている側を不安にさせる。


 霊感、霊力を持って生まれる五家の人間は幽霊を見慣れているし、一般人からはケガレよりも幽霊にまつわる依頼の方が多い。楔姫、狩人信仰という五家特有の宗教感を持つこともあり、宗教とは切っても切れない縁がある。楔姫、狩人に対して人並み以上の信仰心を持つものだって少なくはない。それを踏まえても十兵衛の言動は異常といえた。


「お前の主張はわかった。ではどうやって結界石や呪符を用意した。それらはお前が用意したと慶鷲は言った」


 同じ五家の人間といえど、狩りに携わる霊力を持つ者と、それ以外では立場がまるで違う。霊力を持った子供たちは追人、守人になるために早ければ五歳頃から親元を離れて共同生活を送る。そこで仲間意識や協調性を培うのだ。

 霊力を持たない者は一般人と同じように育つ。霊感がある子はいざというときの対処法を学んだりするが、その程度。体術訓練やら霊力訓練やらとは無縁の至って普通の子供として育つのだ。


 だから同じ五家の人間といっても霊力を持つ子と持たない子では感覚が違う。同じ家に生まれた同世代でも絶対的な壁がある。

 霊感はあるものの、霊力までの力は持たなかった十兵衛もそれは同じ。学ぼうと思えば結界石や呪符の知識は得られるが、それを調達する伝手がない。


「五家が懇意にする組織は調べた。どこもお前からの依頼はなかったと聞いている。その他に不審な取引もない。一体どこから、どうやって結界石と呪符を手に入れた!」

「そんなの、あの方が用意してくれたに決まってるだろう!」


 あの方という発言に当主たちの間に緊張が走る。十兵衛の後ろで静かに控えていた道永と要も武器を持つ手に力を込めた。


「あの方とは?」

「あの方は、あの方だ。お前たちが知らないわけがないだろう。あの方は五家にとって……」


 そこまで言ったところで十兵衛が唐突に喋るのを止めた。この期に及んで黙秘するのかと誠治郎は十兵衛を罵倒しようかと思ったが、よくよく見れば様子がおかしい。今まで自信に溢れ、揺るがなかった十兵衛の瞳が揺れていた。突如自分の間違いに気づいたような、夢から覚めたような唖然とした表情で目を見開き、床をじっと見つめている。


「あの方……とは、一体誰だ?」


 その言葉に部屋の中がざわめいた。ふざけるなと叫ぶ者がいたが、十兵衛は反応しない。ただ呆然と床を見つめ続ける。

 しばしの間を開けてから十兵衛はゆっくりと顔を上げ、当主たちを見渡すと、誠治郎で視線を止めた。その顔は迷子の子供が助けを求めるように不安定だった。


「誠治郎……一体、私は何をした?」

「まさか!」


 その反応にその場にいる全員が気づく。調査のために各家で起こった不審な事件は包み隠さず報告しあった。猫ノ目で起こった結界石が洗脳によって動かされた事件も、犬追で起こった久遠を追っていた部隊が洗脳によって自殺した事件も報告されている。取り調べにおいて慶鷲の言動がおかしいという話も上がってきている。

 極めつけが十兵衛のこの反応。


「洗脳か!」


 誠治郎の声に当主たちがざわめく。「誰が」「いつから」「どうやって」そんな混乱した声が室内にみちるが、誰も答えを出すことが出来ない。


「誰だ! 誰が我が友を貶めた!!」


 誠治郎の激高が響く。それでも誰も、その問に答えることが出来ない。

 事件は解決した。猫ノ目の立場は保たれる。途切れかけていた五家の結束はこれから強まっていくだろう。それでも安息は訪れないことをこの場にいる全員が悟っていた。


 暗闇の中から何者かが五家を見つめている。その牙が今度どこに向かうのか、誰も予想することが出来なかった。






「第一章 迷子の猫」完

 ここまでお読みいただきありがとうございます!

 一旦更新とまります。次は事件後の日常短編集になる予定です。他の作品と並行してのんびり書いているので、のんびりお待ちいただけると幸いです。

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