表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ビーストリー  作者: 黒月水羽
第一章 迷子の猫
42/67

4-6 探る猫たちと不審な鳥狩

「どうした久遠、暗い顔して。雀さんが怖かった?」


 おもちゃのナイフを握りしめ下を向く久遠の前に生悟がしゃがみ込む。下から久遠を見上げる赤い瞳に驚いたが、不思議と初めて見たときよりは怖くない。


「雀さんの道永さん嫌いは本当に謎です。道永さん良い方なのに」

「相性が悪いんじゃね? 理由はないけど嫌いってあるだろ」


 鳥狩たちが出ていった方向を見ながら朝陽が眉を寄せた。それに対してしゃがんだままの生悟はケラケラ笑う。生悟は雀の道永嫌いを深刻にとらえていないらしい。


「久遠様、申し訳ありません。私がお側にいながら力になれず……」


 未だ背中を押さえて渋面を作った守が苦々しくそういった。守に関しては生悟から与えられたダメージが早く回復してほしいと願うだけなので、久遠は首を左右にふる。


「俺が鳥喰にいる理由を変に勘ぐられても困るので、あの流れで良かったんだと思います」

「だなー。鷹文が突っ込んできたときはどうしようかと思ったけど、日頃から大人に怒られててよかった」


 立ち上がった生悟が腕を組んで、大きく頷いた。余裕に見えたが生悟も内心では困っていたらしい。怒られていて良かったとは不思議な感性だが。


「あんな簡単に帰してよかったんですか。指示も大雑把でしたけど……」

「鳥狩様は他の家と違って単独行動が多いですし、縛られるのを嫌いますから、あれくらいで十分です」

「細かい指示は後で朝陽がメッセージ送っとくし。確認はするはずだから大丈夫」


 守の疑問に朝陽が真面目に答え、生悟が笑いながら手をひらひらとふる。生悟の言いようからして「確認するだけで指示を守るとは限らない」と言っている気がするのだが、気のせいだろうか。

 久遠と同じように守も微妙な反応をしている。気持ちは同じようだ。


 しかし鳥喰の性質を考えれば生悟の対応が正しいのだろう。集団で狩りをする犬追や蛇縫。結界を張るという共同作業を行う狐守と違い、鳥喰は個人主義。

 自分の行動に責任を、実力にプライドを持っている鳥狩は自分が認めた相手しか信じない。あれこれ指示を出しても反発するだけで、陽気であるが気難しいという言葉が本には書かれていた。それだけに信頼を得られれば頼もしい仲間になるという。


 笑顔で久遠を見下ろす生悟を見つめる。友好的な態度だが信頼されていると考えるにはまだ早い。生悟は誰に対してもフレンドリーな気質のようだし、笑顔もデフォルト装備のようだ。他の鳥狩とは違い名前を呼んでくれるが、これから稽古をつける相手だからというのが大きいように思える。

 信頼されるまでの道のりも遠そうだと久遠は内心うなだれた。


「犯人の目処はついたんですか?」

 

 痛みが引いたのか背筋を伸ばした守が生悟を見つめる。真剣な眼差しに対して生悟は変わらぬ緩い笑みを返した。


「全くわからん!」

「おおぃ!!」


 守、渾身の叫びにも生悟は楽しげに笑っている。背中を強打された恨みもあってか、相手が鳥喰筆頭だということも忘れて威嚇する守を朝陽がなだめた。生悟の味方をしないあたり、背中強打はやりすぎだと朝陽も思っているらしい。


「簡単に尻尾出したら苦労しないっていっただろー。久遠の顔見せと牽制みたいなもんだよ。あの三人が一番怪しいってだけで、証拠があるわけでもないし」


 最年長の慶鷲は真面目な性格から年配者にも信頼されており、当主が集まる会議に出席することも多いと聞いた。

 十代が多い狩人の中で数少ない二十代の雀は実力もあって後輩の育成に関わっており、他家にいくことも多い。

 筆頭補佐である鷹文は他家の筆頭及び筆頭補佐とも頻繁に連絡を取り、引き継ぎの準備をしているという。

 三人とも実力があり、他家との接点もある。十兵衛とどこかで接触していてもおかしくないのだ。


「私から見るといつも通りに見えましたね」

「俺からしてもそうだな。久遠は? なんか違和感とかあった?」


 生悟の問いかけに立ち去った三人のことを思い浮かべる。久遠に不満をぶつけてきた雀、値踏みするような視線を向けてきた鷹文。慶鷲は……。


「慶鷲さんとは目が合いませんでした」


 久遠に不遜な態度を取る二人を諌めてはくれたが、久遠には一切視線を向けなかった。短い時間だったし、たまたまと言われればそれまでだが。


 久遠の言葉に生悟と朝陽は顔を見合わせる。お互い無言だったが、二人の間でなんらかのやりとりがされているように見えた。


「怪しくはあるが、証拠としては弱いな」

 しばしの間をおいて生悟が頭をかきながらいう。朝陽も隣で頷いている。


「ってことは収穫なしですか……私が痛い思いをした意味は一体……?」

 悲壮な顔をする守の肩を叩く。久遠にできることはそれしかない。


「そうガッカリするな、本命は残ってるから」


 ニヤリと笑う生悟に久遠と守は顔を見合わせた。朝陽は待ってましたとばかりに手を叩く。表情は変わらず無なのがシュールだ。


「鳥狩は個人主義で縄張り意識も強いから、領土をさらに区切って管理している。基本的には他の鳥狩が管理する領土には入らない。ケンカになるから」

「といいつつ、生悟さんはよく侵入してケンカ売られてますけど」

「それは俺じゃなくて、他のやつの領土に逃げるケガレが悪い」


 口をとがらせて不満を主張する生悟に朝陽は柔らかな笑みを浮かべた。仕方ないなあ。という内心が聞こえてきそうな笑みを見て、生悟が自由すぎる理由を悟る。この守人、まともそうに見えてまともじゃない。


「侵入するって言ってもせいぜい領土の端っこ。中心部に入るのはご法度なんだよ。仲間を疑うことは組織の崩壊につながるからな」

「逆に言えば、なにかを隠すなら他の鳥狩がやってこない自分の領土ってことですね」


 久遠の言葉に生悟がウィンクした。様になりすぎてダメージが入る。陽キャはやはり苦手だ。


「ご法度なのにどうやって入るんですか?」

「そこで久遠の出番」


 守の問いに対して生悟は久遠の両手をとって万歳させる。意味がわからないし、他人と接触するのに戸惑いがなさすぎて怖い。目の前にある満面の笑みに久遠は引きつった顔を向けた。


「初陣の猫狩が始めてきた鳥喰の領土を隅々まで見てみたいっていうなら、それは叶えてあげるべきだよなあ。先輩として」


 人の悪い笑みを浮かべる生悟を見て、久遠は金色の瞳を瞬かせた。


「……俺、すごい利用されてますね……」

「悪いとは思ってるけど、他にいい案思いつかなかったんだ」

「ちゃんと守りますから安心してください」


 万歳させられた間抜けな状態で久遠は遠い目をする。朝陽はフォローに入ってくれるが生悟を止めはしない。守は不満げな顔をしていたがこの二人相手に文句を言ってもどうにもならないと学習したようだ。ただ納得はいかないらしく刺々しい口調で質問した。


「都合よく証拠が見つかると思いますか?」

「調べないことには始まらないだろ。というか、なにかしら不審な点が見つからないと鳥狩が怪しいなんて言えないんだよ」

「怪しい点がなければ調査もできないので、こうしてコソコソ嗅ぎ回るほかないんです」


 久遠の手を離して肩をすくめる生悟。

 五家って面倒だなと久遠は思う。狩人を崇めなければいけない仕組みは理解したが、それによって行動が制限されているともいえる。


「だから犯人は共犯者に狩人を選んだのか……。すぐに疑われる一般人と違って、狩人ってだけで五家の人は犯人候補から外しがちだし、疑われても証拠が出ない限りは取り調べもされない」


 犯人は頭がいい。そして五家の仕組みや人の思考をよく理解している。だからこそ不思議でもある。なんで自分の生まれた家を貶め、五家のバランスを崩壊させようとしているのだろう。そうすることて犯人になんの得があるのか。


「御神体って、願いを叶える力は本当にないんですよね?」


 久遠が知っている情報で犯人が目的としそうなものといえば、御神体しかない。道永は願いを叶える効果はないといっていたが、盲信している者はいるといっていた。盲信は周囲から見たらどれだけおかしなことでも本人にとっては理由になる。


 久遠の言葉に生悟と朝陽が眉をひそめる。今までにない真剣な様子から二人共御神体が目的だとどこかで思っていたのだろう。


「猫ノ目が潰れた場合、御神体は鳥喰が管理する可能性が高いといっていましたよね。だったら犯人が鳥狩に協力を頼んだのも納得がいきます」


 猫ノ目を差し出すことは御神体を手に入れる下準備。そうであれば一見、なんの得もなさそうな行動も理解ができる。


「……本当に御神体が目的だとしたら、とんでもないアホだな……」

「なんで定期的に、こういうアホが出るんでしょうねえ」


 生悟と朝陽は二人そろって大きなため息をつく。生悟はともかく朝陽が「アホ」という言葉を使うのは意外だ。相当腹に据えかねているらしい。


「御神体って一体何なんですか。みんなが期待してしまうような神秘的なものなんですか?」


 久遠の問いかけに生悟たちだけでなく守も顔をしかめた。あまり口に出したくなさそうな様子を不信に思う。


「神秘的といえばそうだな。なにしろ……」


 生悟はそこでこの場を区切ると一呼吸する。生悟らしからぬ何かを怯えたようなゆらぎを見せると静かに告げた。


「楔姫様のご遺体だからな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ