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ビーストリー  作者: 黒月水羽
第一章 迷子の猫
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1-2 臆病猫とスマートフォン

 夜鳴(よるなき)市には五つの家が存在する。猫ノ目、鳥喰(とりくい)犬追(いぬおい)蛇縫(へびぬい)狐守(きつねもり)

 動物の名を持つ五家は獣の血をひいているされ、代々夜鳴市を守ってきた。地主として治安維持に勤め、有事の際には土地や備蓄を提供し、祭事では舞を披露する。

 そうして五家は夜鳴市にはなくてはならない存在として血筋を繋いできたが、それは全て表向きの顔である。


 五家が存在する本当の理由。それは夜鳴市がケガレの集まる土地だからだ。


 ケガレというのは、霊力を持った人間にしか見えない存在である。妬みや嫉妬といった、人にとって良くない感情。それはもっているだけでは周囲に影響を及ぼすものではない。それが強く残ってしまう場合は危険だ。残った感情はいずれ固まり、動き出す。それがケガレである。


 見た目は黒い塊。初期段階では手足と口のみがあり、目はない。感覚のみで餌となるものを探し回る。生まれたばかりは知能が低く、簡単に浄化することができる。


 けれど、負の感情、幽霊、生命力など、餌になるものを食べれば食べるほどケガレは成長する。ケガレが見えない人間、抵抗力の小さい動物などに取り憑くこともある。そうするうちに霊力を持たない人間にも、影響を及ぼし始める。


 成長しきったケガレは呪いとなる。その場にいるだけで不幸を招き、さらなる不幸を呼び寄せ、呪われた地を増やす。それを五家では汚染と呼ぶ。


 汚染された土地が増えれば増えるほどケガレも増え、力も増す。そうなるとその土地に近づくだけで体調不良を訴えたり、病気になる者が現れ始める。

 そうして人が住めなくなった場所。それを祟り場と呼ぶ。


 祟り場を作らないこと。ケガレを浄化し、夜鳴市に暮らす人々を守ること。それが五家の使命であり、存在意義である。


――「夜鳴五家の歴史」より




 初日に誰かがおいていった本をパラパラとめくって、久遠は眉を寄せた。本にかかれた一文、「猫ノ目」を指でなぞる。


 それは確かに久遠の名字であり、久遠が引きこもっているこの家の名前だ。


 部屋の隅に放置したままだったリュックから、スマートフォンを取り出す。

 猫ノ目に来てから……両親が死んでから一度もみることがなかったそれは、充電が切れていた。一緒にはいっていた充電器をプラグにさすと、充電をつげるランプがつく。

 しばらくかかりそうだったので、その間に久遠は再びページをめくった。


 本には五家の成り立ちについて書かれていた。獣がどうとか、大昔にいた偉大な霊能力者がどうとか、ファンタジー小説みたいなことが大真面目な文体で書かれている。

 眉間にシワを寄せつつページをさらにめくる。


 猫ノ目という項目で手をとめた。

 猫ノ目が獣から受け継いだのは見る力。ケガレを発見し、弱点を見定め浄化する。そんな力だと書かれている。

 獣の力を受け継いだ子供の特徴は猫のような金の瞳。その記述を見て、久遠は本から顔を上げた。


 真っ黒なスマートフォンの画面を見つめる。暗い画面でも久遠の人とは違う金色の瞳はよくわかった。

 なぜ人と違うのか。両親と同じ色ではないのか。そう聞くたびにはぐらかされた問いの答えを、今知った。


 獣の血。久遠が普通の子供ではない証明。


 それなのに、猫ノ目(この家)ではそれはとても素晴らしいこと。特別な証だと称えられる。


 初めて猫ノ目に連れてこられた日、誰もが久遠の瞳を覗き込んで歓喜した。素晴らしい。とても綺麗な金目だと。

 夜鳴市の外ではいつも不気味だと怖がられ、時には化け物だと石を投げられた瞳を、有り難いものを見るように拝んだ。その姿を見て久遠はとても怖くなった。自分が生きてきた場所とは、まるで違う世界に連れてこられてしまった。そう気づいたからだ。


 スマートフォンの電源をつける。立ち上がるのを焦れた気持ちで待って、すぐさま「猫ノ目」と検索した。

 出てきたのは市のホームページだとか、お祭りの情報だとかそういうもの。


 初めて猫ノ目に連れてこられた日、久遠はその大きさに驚いた。立派な門と広い敷地。アパート暮らしの久遠には縁遠い、ドラマや映画しかみたことがない歴史を感じる日本家屋。

 あまりの場違いさに本当にここであってるのか。そう何度も確認したほどだ。

 母から実家の話など一度も聞いたことがなかった。だから久遠はただ驚いて、夢なのではないかと思った。いまも少し思っている。


 けれど、いくら大きな家とはいえ、猫ノ目が有名なのは夜鳴市の中だけらしい。久遠の姓はずっと猫ノ目だ。珍しい名字だと言われることはあったが、それだけだった。


 今度は「夜鳴市 五家」と検索してみる。

 出てきたのは先ほどと同じもの。他にもいくつかの催しがあったが、いずれも夜鳴市の中でのもののようだ。


 市のホームページを開く。観光案内や行政情報。当たり障りない情報の中に目を引く文字があった。


 夜は眠る町、夜鳴。


 不思議に思い説明を読むと、夜鳴市は八時には全ての店がしまるらしい。交通機関も十二時には終電。駅前のホテルなど宿泊施設以外は、コンビニですら営業していないようだ。


 今時そんな場所があるのかと久遠は驚いた。

 説明によるとこれは昔からの習慣で、日が暮れたら家からでない。それは夜鳴市に生きる人にとっては当たり前のことだという。


 現代人が忘れがちな夜は眠る。それを再び思い出させる町。それが夜鳴市であると説明は締め括っているが、どうにもひっかかる。


 脇においておいた歴史書を開いてめくる。

 ケガレの項目に目を走らせる。ケガレは夕方以降から動き出す。特に活発に動きまわるのは十二時を越えてから朝日が登るまで。この時間帯にケガレを見ることができない人間が、無防備に動き回ると大変危険だと書かれている。


 とても偶然とは思えない。


 久遠は再びスマートフォンで五家について検索した。市のホームページなど表向きのものを無視して、画面をスクロールする。見つけたのは明らかに他とは異色のオカルトサイト。


 夜鳴五家の謎というタイトルのサイトには、夜鳴市の歴史、五家の詳細などが項目ごとにまとめられている。ざっと目を通すが、だいたいは本に書かれていた情報と同じだ。


 夜鳴市では黒い謎の生物が夜になると徘徊し始める。それは鬼の怨念と呼ばれ、取り憑かれると気分が悪くなったり、最悪死んでしまう。それを防ぐために五家が夜の見回りをおこなっているというものだ。


 五家の存在は夜鳴市では有名だが、夜の見回り。特にその時に中心となる、五家に生まれる縁起のよい子供――猫ノ目でいう金目は狩人かりびととよばれているようだ。

 どの家の狩人か区別するために家の名をとり、猫ノ目であれば猫狩様と呼ばれている。


 十二時以降の外出が推奨されていない夜鳴市では、見回りに関して知る人が少ない。人間の悲鳴を聞いた。巨大な鳥を見た。大きな犬を見たなど、詳細不明の情報がいくつかまとめられている。


 これに関して五家に問い合わせても返答はないらしい。「市民の安全を守るため、古くから続く夜の見回りを今後も継続していきます」という典型的な返事がくるだけだと書かれている。


 なぜ十二時以降の外出が推奨されないのか。五家が獣の血を引くというのは事実なのか。いくつか目撃情報があがっている黒い謎の生き物は、本当に鬼の怨念なのか。

 そういった疑問を検証するために作られたのが、このサイトのようだ。


 もっと情報がないかと探しているうちに、掲示板を発見した。それほど人はいないが動いてはいるようで、最新の投稿は昨日の夜。


 鳥狩様を発見。

 という言葉と共に画像が投稿されている。画像には鳥の面をつけ、烏天狗のような格好をした人物がうつっていた。面で顔は見えないが、月明かりを反射するような金髪が目を惹く。


 その髪色は歴史書にも記述にあった。

 五家の一つ、鳥喰に生まれる獣の血を引く子供の特徴は金髪、赤目。

 画像に対していくつかコメントがついている。



 鳥狩様、生でみられるとかラッキーじゃん。

 鳥狩様、謎のポーズしてるな。

 え? なにか持ってない? 黒いもの。

 うそ? 俺には見えない。

 俺には見える。なんかよく分からん形の黒いもの。



 その後は見える、見えないというコメントが続く。しばらくはなぜ人によって見える、見えないの差があるのか、これが鬼の怨念。噂にあがる黒い謎の生き物なのか。などの考察が続いた。


 議論を眺めていた久遠は当然現れた「バカじゃないの」というコメントで、冷水を浴びせかけられたような気持ちになった。



 バカじゃないの。鬼の怨念なんかあるわけないじゃん。五家はただ時代錯誤な連中で、夜鳴市の発展を邪魔してるだけ。こんなとこで真面目に議論してるお前ら全員頭おかしい。



 そのコメントに反論するコメントが続き、それにさらに攻撃的なコメントが返される。見ていられなくなって久遠はサイトを閉じた。

 息を吐き出しスマートフォンを握りしめる。


「バカじゃないのか……」


 たしかにバカみたいな話だと思う。ケガレなんて目に見えないものが徘徊しているなんて、そんなの誰も信じるはずがない。少なくとも久遠が今まで生きてきた環境はそうだった。


 けれど……

「そっか、あれ、ケガレっていうのか」


 久遠は物心ついたときから、ケガレを見ることができた。

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