騎士団長はハーレムに向かない
「勝負あり! それまで!」
審判の声が響く。
同時に、歓声が上がった。
「わあぁぁ!!」
訓練場にいる全員が、中央で戦っていた二人に拍手を送る。
一人は体躯の大きい男性だ。短く刈り上げた黒い髪に色黒の肌。筋肉隆々の身体は、誰が見ても強そうである。
しかし、その身体は今、地面に横たわっていた。
「くっ……!」
対戦相手は、なんと女性である。
白い肌に、束ねた銀色の髪が艶やかに流れている。下ろせば、さぞ美しい令嬢となるだろう。しかし、その顔つきは鋭く、身体も引き締まっている。立っているだけで、強さがうかがえた。
事実、彼女は王妃専属の近衛兵であった。
「いい勝負であった。セヴィ」
女近衛兵が、無表情で剣を鞘に収める。
その余裕のある姿に、ドラゴン討伐軍第三騎士団団長セヴィは地面に強く拳を叩きつけた。
「シェルヌ! いつか、いつか! お前を打ち負かしてみせるからな!!」
「ああ、また試合をしよう、セヴィ」
セヴィを一瞥すると、シェルヌはその場から離れた。
たくさんの女兵達の黄色い声に包まれながら。
ここはジバンケ国。
狂暴なモンスター達の巣に囲まれた軍事国家である。
本来、軍人とは男性が起用される事が多い。
しかし、ジバンケ国の王家には、代々、困った性質があった。
妃を愛し過ぎてしまうのだ。
「妃を愛するなんて、いい事ではないか」
そう思う人もいるかもしれない。
だが、その愛が重過ぎる。
側室を娶らないのは、もちろんのこと。
有事がなければ、一日中、一緒にいた。喧嘩していても、一緒にいた。朝から晩まで、チュッチュッチュッチュッしていた。
しかも、独占欲が強い。
「我が妃に近づく男は殺す……!」
その為。
建国当初から妃の護衛は、女性の役目となった。
それが時代と共にどんどん形を変え、今では護衛だけでなく、モンスター討伐軍の一員としても女性が活躍している。
ジバンケ国の貴族令嬢にとって、剣の扱いは嗜みの一つなのだ。
ちなみに。
今の国王も妃を溺愛しており、先日、六人目の子供を出産したばかりであった。
●◎◎
「どうしたらいい……!?」
その夜。
リリッシュ侯爵家の邸宅の真上には、綺麗な満月が浮かんでいた。
そこに、近衛兵であり、侯爵令嬢でもあるシェルヌ=リリッシュは住んでいる。
彼女は幼い時より、英雄と名高いカタラン子爵の元で修業を積んでいた。その実力は、並みの男性では太刀打ちできないほどである。
さらに、凛々しい顔立ち・クールな性格が加わり、貴族だけでなく庶民の女性達のハートを鷲づかみにしている。
その凛々しい顔立ちが今、崩壊していた。
「……やってしまった……。セヴィを打ち負かしてしまった……」
凛々しいどころか、ゾンビのようだ。
そんな彼女の前にいる老婆は、嬉しそうに手を叩いた。
「という事は、お嬢様はセヴィ=カタランに勝ったのですね。素晴らしい!」
「素晴らしくないぞ、ノラ」
いつも沈着冷静なシェルヌが、焦りと戸惑いの表情を浮かべている。
今のシェルヌは鎧ではなくドレスを身にまとい、剣ではなく扇を手にしていた。
務めを終えた後は、侯爵令嬢に戻るのだ。
この姿だけ見ると、近衛兵だとは誰も思わないだろう。
「私が剣を弾き飛ばした時のセヴィの顔! ドラゴンと対峙しているかのように、私を睨んでいた……」
「対戦相手ですからね」
「……嫌われただろうか……?」
「お嬢様はセヴィ様の許嫁。そんな事はありません」
ノラの言う通り。
練習試合の相手セヴィ=カタランは、シェルヌ=リリッシュの許嫁である。
数十年前。リリッシュ侯爵がカタラン子爵の腕に惚れ、身分の事を忘れて、ずっと彼の下についていた事が縁となった。
二人にそれぞれ女の子と男の子が産まれると、両家の絆の強さの証として、子供達の婚約を取り決めたのだ。
最初、シェルヌにとって、セヴィはただの幼馴染であり、師を同じくする弟弟子であった。
だが、思春期に入ると、意識が変わってくる。
成長期に入ったセヴィの背はぐんと伸び、体つきもしっかりしてきた。父親ゆずりの実直な性格が、彼の顔を端正なものに変化させる。
彼が近くを通るたび、シェルヌの心臓は高鳴り、身体が火照った。
それが「恋」だと気付くのに、時間はかからなかった。
「どうだろうな……。セヴィは私との婚約を嫌がっている……ような気がする……」
シェルヌがセヴィを想えば想うほど、思い知らされる。
セヴィは全く自分に興味がないことを。
たまに会話をすれば、仕事の話ばかり。近隣に棲むモンスター達の動き、兵力のバランス、周辺諸国の情勢……。
だから、ついシェルヌも仕事の話しかしないし、より強くなろうと精進してしまう。
「男はもっと大人しくて、か弱い、守ってあげたくなるような女が好きなのだろう? 私みたいな剣を振り回して、自ら敵を薙ぎ払うような女なんて……」
そういう女性がいるからこそ、この国は魔物達に囲まれていても存続しているのだ。
だが。
今、それを言っても、シェルヌの耳には届かないだろう。
「わかりました」
世話役であるノラは血管の浮き出た手を、優しくシェルヌの手の上に乗せた。
「セヴィ様に好意があるのか、確認すればよろしいのですね? お任せください」
「どうするのだ?」
「我が弟子たちを呼び出して、彼女達に協力してもらいましょう」
ノラは立ち上がり、部屋の隅に向かって、呪文を唱え始めた。
この世話役ノラは、ただの老婆ではない。
魔女である。
百年前にリリッシュ家に命を助けられた事を機に、リリッシュ家の世話役としてずっと仕えているのだ。
「さあ! 来るがいい! 悪魔も慄く魔女達よ!!」
月が雲に隠れ、辺りが暗くなった。
ノラが魔女だという事を知っていたシェルヌも、初めて見る魔法に固唾を飲む。
黒き稲妻が、部屋の隅で旋光を放つ!
同時に、煙が舞った。
「っ!」
シェルヌは息を呑んだ。
先ほどまで誰もいなかったのに、煙の中から三人の若い女性が現れたのだ!
「魔女ババラですわ」
「魔女ビビラだ!」
「魔女ベベラちゃんなの☆」
三人は、それぞれ個性が光っていた。
ババラと名乗った魔女は、緩やかなウエーブがかかった髪を持ち、たれ目でおっとりした雰囲気を出している。ただ、スカートの丈が短く、胸の谷間も丸見えだ。
ビビラと名乗った魔女は、真っ赤な短い髪を逆立てており、吊り上がった目つきで辺りをギロギロ見回している。ただ、ズボンの丈が短く、胸の谷間が丸見えだ。
ベベラと名乗った魔女は、ツインテールをした幼い少女だ。目が大きく、屈託のない笑顔を浮かべている。庇護欲を駆り立てる愛らしさだが、ワンピースの丈が短く、胸の谷間は無いが、丸見えだ。
「なんじゃ!? お前らのその姿は!!」
布の面積が少ない三人の衣服に、魔女ノラは驚きの声を上げた。
三人は顔を見合わせ、「あはは」と笑いをたてる。
「それが、今、とても強い魔法薬を作っておりまして……」
「どうしても、「愛の欠片」が必要なんだよ」
「だから、たくさんの男達を引っ掛けて、「愛の欠片」を抽出するの☆」
三人は満面の笑顔で「ねぇー」と声を合わせた。
愛の欠片。
魔女のみが扱える、レアな魔法石だ。
心の底から愛し合う二人の心より生み出される宝石で、様々な魔法薬・魔法道具に使われている。
「……最悪じゃ」
ノラは頭を抱えた。
だから、露出の高い服を着ているというのか?
それで「愛の欠片」が手に入ると?
あまりにも愚かな考えだ。
そもそも、自分が仕えるお嬢様に、こんな不健全なものを見せるわけにはいかない。
追い払うように、ノラは手を振った。
「もういい! 帰れ! 着替えてから戻ってこい!」
「まあ、お師匠様ったら、久々に呼び出しておいてなんですの?」
「まだ人間に仕えているのかよ」
「師匠が今、守っている人って、この人☆?」
ベベラがシェルヌに近づき、顔を覗き込む。
思わず、シェルヌは微笑んだ。
「可愛い子だね」
「やった☆」
褒められて、両手を上げて喜んでいるベベラは、魔女というよりただの幼女だ。
しかし、ノラは首を振る。
「お嬢様、騙されてはいけませんぞ。そいつは今年、五百歳を過ぎたところです」
「え」
シェルヌの身体が固まる。
つい、残りの魔女ババラとビビラにも目が移る。
シェルヌの気持ちを察したのか、ノラは説明した。
「ババラもビビラも、とうに八百歳を超えております。魔女になると寿命があるようで無いですからな」
「……」
ちなみに、私は千五百歳を超えています。
そう言おうとして、ノラは口を止めた。
脳が情報を処理しきれていない。
主人がそんな顔をしているからだ。
「とにかく、帰れ! どうせ、まだ「愛の欠片」は手に入っていないのだろう?」
「まあ、よくわかりましたわね」
「どうしても、上手く抽出できねえんだよ」
「なんでだろうね☆」
三人の弟子たちの言葉に、ノラは絶望を隠しきれない。
先ほども説明した通り。
愛の欠片は「愛し合う二人の心」から生まれるものだ。
だが、おそらく、彼女達は「露出の高い服を着て、男性をベッドに誘いこむ」事しかしていないのだろう。
そこに「愛」なんてあるわけない。あるのは、ドロドロに渦巻いた「欲」だけだ。
「なんと愚かな弟子達よ。お前達に、ある男の愛を確認して欲しかったのだが……、やめたわい!」
「どういう事だ?」
ビビラを初めてとして、三人の魔女達が興味津々に師匠ノラを見つめる。
ノラとしては、まさか弟子達がこんな能無しに育っているとは思っていなかった。
だが、ババラの言う通り。呼び出しておいて、すぐ追い払うのも悪い気がした。
迷いながらも、ノラは彼女達に事情を説明した。
「実はのう……」
◎●〇
ドラゴン討伐軍第三騎士団。
今、この軍は国境沿いに遠征していた。
目的は、ドラゴン討伐の模擬訓練だ。
もうすぐ近隣に棲むドラゴン達は、発情期に入る。気が荒くなったドラゴン達が村や街に侵入する事故が多発するのだ。その前に、討伐軍は訓練を行う。
今回はドラゴン討伐軍が総動員で訓練にあたっており、当然、セヴィも参加していた。
「あれが第三騎士団団長セヴィ=カタランだ」
国境沿いに設置された、たくさんの野営のテント。
一番外れのテントの陰から、シェルヌとノラ、そして三人の魔女がセヴィを覗き見していた。
セヴィは今、団長会議で話し合った事を団員達に伝達・確認しているところである。
「あら、なかなかの二枚目ですわね?」
「今まで引っ掛けた男達よりも、良い面構えをしているぜ」
「カッコいいの☆」
三人の魔女達がセヴィを褒めまくる。
それが嬉しくて、ついシェルヌは頬を恍惚させた。
「そうだろう? そうだろう!? セヴィは本当に男前なんだ! 色黒の肌と太い眉が私のお気に入りでね。それに、とっても優しいんだよ! 団員達に少しでも変化があると、声をかけ、休ませたりするのだ。また、大きな身体からは想像も出来ない程、顔をクシャクシャにして笑ってね! その笑顔が可愛くて可愛くて!! 本当は誰にも見せたくな……」
そこまで言って、シェルヌは口を止めた。
三人の魔女達が、ジッとこっちを凝視している。
(しまった……!)
シェルヌは顔を真っ赤にして、うつむいた。
あまりにもセヴィについて、熱く語り過ぎた。
せっかく休みをとって、魔女達と一緒にセヴィの様子を見にきたのに。
引かれてしまったかもしれない。
「かわいい……」
しかし、そんな心配をよそに、魔女達はシェルヌに好感触を示した。
「いやだ。このお嬢様。可愛すぎます~!」
「そんなにあいつが好きなのかよ!?」
「純粋で胸キュンなの☆」
自分たちの私欲のために愛を利用している魔女達にとって、シェルヌの恋心は新鮮であった。
長年生きている魔女達だが、十代の女の子のように喜び、シェルヌを抱きしめる。
「このお嬢様、欲しいです~!」
「男には勿体ねぇよな!」
「ベベラちゃん達でお世話しよう☆」
「こらこらっ!!」
弟子達が好き勝手言っているので、さすがにノラは吠えた。
と言っても、周囲の団員達にバレないように、極力音量を抑えながら。
「ついてきて、正解じゃったわい! 何が「欲しいです」じゃ! 本来の目的を忘れるな!」
「は~い」
三人はしぶしぶシェルヌを解放した。
頬を膨らませ、唇を突き出しながらも、ノラに向き直る。
「それでは、お師匠様」
「行ってくるぜ!」
「あの騎士団長の愛を確認してくるよ☆」
そう言って、魔女三人は騎士団長のテントへと向かった。
三人の作戦はこうだ。
「セヴィを誘惑し、そのままセヴィが誘いに乗れば、シェルヌへの気持ちはない」とする。
「では、我々も行きましょう、お嬢様」
「ああ」
シェルヌとノラはマントを羽織り、フードを目深にかぶった。
これで一見、討伐団のように見える。
「……」
弟子達の後を追いながら、ふとノラの心に一抹の不安がよぎった。
もし。
もし、セヴィが魔女達の誘惑に乗ってしまったら……?
弟子達は「愛の欠片」を手に入れるために、何度も男達を誘惑してきたと言っていた。
かなりのテクニシャンかもしれない。
誘惑に負けた許嫁の姿を見て、お嬢様は素直に諦めるだろうか?
嫌な予感が、ノラの心を支配する。
やはり一人でセヴィの気持ちを確認するべきであった、と後悔した。
〇●●
結論から言うと、そんな後悔はすぐに吹っ飛んだ。
なぜなら、魔女三人の誘惑があまりにも粗末なものだったからだ。
弟子達三人は、セヴィがテントに入るのを見計らって、すぐに行動を開始。
なんと、全裸でテントの中に飛び込んだのである!!
「騎士団長様~!」
「待たせたな!」
「さあ、ベベラちゃん達と楽しい事しよ☆」
普通、見知らぬ女が飛び込んできたら、誰であろうと、全裸であろうと、まず驚くものだ。
しかし、そこは騎士団長。
表情一つ変えることなく、彼女達の手をつかみ、テントの外にいる部下たちを呼んだ。
「公然わいせつ罪だ! 逮捕しろ!」
「え」
こうして、
三人の魔女達は捕まった。
「きゃー!」
「なんでだよ!」
「助けて~☆」
テントの外で、女三人が縄で拘束されている。
三人とも粗末だが、服を着せられていた。犯罪者とは言え、人権を尊重するセヴィの気遣いだろう。
討伐団の野営地に、全裸の女がいる。そんな話を聞いて、団員達が一斉に集まって来た。
そんな群衆に紛れ、ノラは天を仰ぐ。
「……」
まさか弟子達が、あそこまで馬鹿だったとは……。
今までも「愛の欠片」を手に入れようと、あんなドストレートな方法で男達の元に押しかけたのだろうか。……だとしたら、誘惑に負けた男達も相当な大馬鹿だ。
「騎士団長様! 我々はか弱い女性ですわ!」
「好き勝手やるチャンスだったじゃねぇかよ!」
「それでも男なの☆!?」
どう聞いても、騎士団長を馬鹿している野次が飛び交う。
事情を副団長に説明を終えたセヴィは、ため息をついた。
「俺には許嫁がいる。他の女は女とは思わん」
「っ!」
団員達の中に紛れ込んでいるシェルヌは息を呑んだ。
今、セヴィは確かに自分の事を口にした。
それだけで胸が熱くなった。
「それはリリッシュ家のご令嬢の事ですわよね? 近衛兵の!」
ババラの言葉に、セヴィの眉がピクリと動いた。
先ほどまで興味なさそうだったのに、今は身体の向きを変えて、三人の言葉に耳を傾ける。
「なぜ、お前らが彼女の事を知っている?」
「女なのに、とても強いんだろう? おっかなくないのか?」
「そうだよ☆! このままだと騎士団長様、彼女の尻に敷かれちゃうよ☆」
好き勝手わめく三人組の言葉は稚拙ながらも、シェルヌの心を抉った。
ずっと気にしている事だった。
こんな剣の達人なんかではなく、深窓の令嬢の方がセヴィには相応しいのではないか。
自責の念が、彼女の顔をうつむかせる。
「だとしたら、それは俺の弱さに原因がある。シェルヌは関係ない」
「……っ!」
シェルヌは顔を上げた。
自分が気にしている事を、セヴィは否定してくれた。
「俺がもっと強くなればいい。それだけの話だ」
「……」
無意識に、シェルヌは群衆より前に出ていた。
もっと許嫁の顔が見たくて、フードを取ってしまう。
周囲の兵達は、彼女の存在に気付き、ざわつき始めた。シェルヌ=リリッシュは近衛兵の中でも腕がいいと評判で、広く顔は知られている。
それが目の前にいるのだ。
「私達、なんでもいう事を聞きますわよ~!」
ババラが媚びうるような声を出し、セヴィを上目遣いで見る。
「何か勘違いしているようだな」
だが、セヴィはきっぱりと言い放った。
そばに、許嫁がいるとも知らずに。
「従順で、か弱き女は、探せばいくらでもいるだろう。だが俺は、俺と同じように兵力のバランスを考え、モンスター達を牽制し、国を守ろうと志を高く持っている、そんな女と人生を歩みたいのだ。それはシェルヌ=リリッシュしかいない!!」
「セヴィ……」
こみあげる感情が止められず、シェルヌはつい声をかけてしまう。
その声に気付いたセヴィも、さすがに動揺を隠せない。
「シェルヌ!? ど、どうして、ここに?」
「嬉しい……。嬉しいぞ、セヴィ」
今までの不安が抜け、安心したようにシェルヌは涙を流した。
セヴィには、なぜ彼女が泣いているのかは分からない。
だが、良きライバルであり、いつか婚姻を結ぶ許嫁の泣き姿を見て、セヴィの心が締め付けられた。
彼女に近寄り、肩に触れようとする。
「どうした? シェルヌ」
甘く優しい空気が流れる……。
が、その前に三人の魔女達が歓喜の声を上げた。
「キャー!! 素敵ですわ、素敵ですわ~!」
「すげぇ愛されているじゃねえか! お嬢様!」
「いいな~☆、とっても羨ましいよ☆」
とても捕まった犯罪者の態度ではない。
「なんなんだ? こいつら!?」
戸惑うセヴィ。
その胸部が、虹色に光り始めた。
それは人間の目には見えない。
三人の魔女達は、食い入るようにセヴィの胸に注目した。
「あらっ! まさか!?」
「愛の欠片か!?」
「やったー☆」
魔法を使って、拘束していた縄をブチブチッと引きちぎっていく。
捕らえていた団員たちはギョッと身をひるんだが、そんな事お構いなく、魔女三人はセヴィの胸に手をかざした。
ビビラの手の中に、小さな宝石が一つ落ちた。
「素敵な話に、素敵なアイテムですわ」
「最高だぜ!」
「ありがとう☆ お師匠様☆!」
三人は群衆に向かって、お礼を言う。
そして、そのまま煙のように姿を消してしまった。
「なっ……!」
まさかの事態に、その場にいた団員達が声を上げる。
副団長が慌てて、第三兵団に指示を出した。
「追え! まだ近くにいるはずだ!」
「はっ!!」
他の兵団も手柄を取ろうと、散り散りに走っていった。
だが、相手は魔女。
追いつくはずがない。
「あいつらは一体……?」
「……」
「セヴィの気持ちを確認したくて、協力してもらった魔女達です」
そう正直に、セヴィに告白しても良かった。
でも、シェルヌは今、そんな気分になれなかった。
「シェルヌ=リリッシュしかいない!」
あの時の言葉が何度も心の中で反芻する。
セヴィが自分を想っていてくれた。
その余韻に浸りたくて、セヴィの胸に頭をもたれかける。
「お、おい……」
あの勝気な許嫁が珍しく甘えてくる。
彼女の可愛らしい一面を見て、セヴィは頬を染めた。
「あー……、今だけだぞ」
仲間達がおかしな女三人に意識を集中している事を確認して。
セヴィも優しくシェルヌの肩を抱いたのであった。
●◎〇
それから数か月後。
休日を邸宅で過ごしていたシェルヌと世話役ノラは、中庭で穏やかな時間を過ごしていた。
だが、突然、それは嵐みたいな騒ぎ声で壊される。
「お師匠様~!」
「また来ちゃったぜ!」
「やっほーなの☆」
シェルヌの前に、あの三人の魔女達が現れたのだ!
シェルヌもノラも、すぐに状況が理解できない。
「な、何じゃ!? 何で来た!?」
今回、ノラは彼女たちを召喚していない。
彼女たちは、自らここに来たようだ。
「それがしばらく、この国に厄介になる事になりまして~」
「この国、すげえんだよ! 「愛の欠片」を大量生産する、とんでもない人間がいてさ」
「その人達に、しばらく仕える事にしたの☆ だから一応、挨拶にね☆」
魔女達はかなり興奮している。
どんなに愛し合う二人でも、「愛の欠片」が生み出されるほど激しい情熱を、毎日持ち続けているわけではない。
大量に生み出すカップルがいたら、それは魔女達からしたらありがたい存在だ。
「落ち着け、お前達」
ノラは冷静に、三人に対応する。
「そんな奴が、この国にいるのか?」
すると、魔女三人組は顔を合わせて、「うふふ」と笑った。
「そうなんですよ、お師匠様」
「私達も驚いたぜ!」
「なんと、この国の国王と王妃なんだよ☆」
まさか自分の主君が出てくるとは思わず、シェルヌは大声を出した。
「何だって!?」
それから、一か月後。
国王夫妻は七人目の妊娠を発表した。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。