[襲撃者]
時刻は早朝。
相変わらず空は気色の悪い黄色だが、朝特有の冷たい風が吹いている。
「よし」
飛び散る血飛沫と、力なく倒れるエネミー。
剣をしまい、オレは深呼吸して身体を伸ばしてみる。
「あとどんくらい?」
「まだ半分も行ってないかな」
「マジカー」
トウキョウダンジョンの中心部にして目的地、トウキョウエキに向けて意気揚々と出発したオレたちだったが、あまりのエネミーの出没頻度に嫌気が差してきた。5分に1回くらい遭遇してるぞ、コレ。しかも狡猾なコカトリス・エネミーがほとんど。集団で襲ってくるからタチが悪い。
「まだあんまり強いエネミーじゃないからいいけどさ。でも、これじゃ全然進めないよ。歩いてる時間より、戦ってる時間のほうが長いんだもんなぁ」
「ごめんね、リベル。私も戦えればいいんだけど……。拳銃を1丁持ってるくらいだし、それも威力低いヤツだし、戦力にはならないかな」
「へえ、銃を持ってるんだ。どこで手に入れたんだ?」
「地下迷宮の中にそういう店があるんだよね。無料だしせっかくなら強そうなヤツを持ってきたかったんだけど、反動とかうんぬんで私にも使えそうなのがこれしかなかった」
そう言ってマヤは懐から拳銃を取り出した。小型でやや丸っこい印象を受ける銃だ。タカイチが持っていたものより小さい。
「でも、マヤさん結構撃つの上手いんですよ? こう、バンバンバンってほとんど命中させてました」
「そうなのか、すごいなマヤ!」
「大袈裟だよ。それに、あのタカイチのほうが凄かったし。……この日本に生まれてきて、なんであんな射撃の才能を持ってるんだろう、アイツ」
そんなこんなで会話をしていると、またエネミーが出現した。廃車や建物の陰からノソノソと歩いてくるコカトリス・エネミー。
「……?」
だが、コカトリスたちは何やら様子がおかしかった。いつものずる賢さはどこへ行ったのやら、よたよたとふらつきながら、無防備にこちらへ歩み寄ってくる。こちらを警戒する様子が一切ない。
「マヤ、ミズハ、オレの後ろに。なんだか嫌な予感が――――」
そこまで言いかけた途端、コカトリスの1匹がこちらへ猛突進してきた。その一撃を受け止め、反撃しようとした、そのとき――――。
「『起爆』」
キィーン、という耳鳴りがした。
焼け付くような熱と、全身がうまく動かない嫌な感覚に襲われる。
思考を冷静に戻したオレは、自分が空中を飛んでいることに気がついた。いや、ただ飛んでいるだけじゃない。吹き飛ばされているんだ。
「自爆したのか、あのエネミー!?」
1匹だけじゃない。あそこにいたエネミー全てがオレの付近で自爆した。
最初の1匹目が突進してきて隙を作り、そして全員で自爆。計算された戦法だが、しかしコカトリス・エネミーは自爆能力なんて持たない。そもそも、狡猾な彼らが自身の生命を捨てる自爆なんて考えるワケがない。と、すれば――――。
「やっほ。楽しんでくれたかな、『払暁の勇者』クン?」
クリーム色の髪の青年が、地面に落ちて転がったオレの顔を覗き込んで言った。オレはすぐさま立ち上がり剣を振るったが、青年はふわりと避けて笑みを浮かべている。
「……『強欲の帝国』か」
「ご名答! ボクは浦崎キュウト。そしてそっちのむさ苦しいスキンヘッドが、御船アキハシだよ。ボクらが持つ情報網をありったけフル活用して、キミたちを見つけたのさ。さあ、『厄災の匣』を渡してもらおうかな〜」
「……るせぇぞ、キュウト。お前の声はイライラする」
浦崎キュウトと背中合わせになるように、スキンヘッドの男――御船アキハシが立っていた。彼はアサルトライフルを手にし、マヤとミズハを狙っている。くそ、爆風に吹っ飛ばされたせいで2人と分断されてしまった。
「どけ」
「させないよ〜ん」
キュウトが手を振ると、爆発によって発生した炎が動き、まるで生きているかのようにオレの目の前に立ち塞がった。
「どう? ボクの『火術』は! アキハシの『爆破』と相性抜群なんだよね〜」
「おいキュウト、ヘラヘラ喋んじゃねえ」
しかめっ面のまま、銃を構えるアキハシ。
マズい、このままでは――。
「リベル! 私たち、今は逃げに徹する! 後で合流! いい!?」
「分かった、後で!」
ミズハの手を引き、路地のほうへと走っていくマヤの姿が炎越しに確認できた。2人が逃げている隙に、オレはこいつらを倒す……!
「ユーシャ、コムスメどもはアタシに任せろ。まずはこのイケ好かないコゾウをぶっ飛ばしてやれ!」
そう言って、アカツキもオレの肩から降り、その小さな身をよじらせて炎の隙間を通り抜け、2人を追って走り去っていく。一方、『強欲の帝国』の襲撃者も、アキハシがマヤたちを追っていったことで目の前にはキュウトだけが残っていた。
「2人きりになれたね、勇者クン。ああ、待ちわびたよ、この時を」
「……へえ? オレ、君と面識あったかな?」
「いいや無いし、君の存在は昨日知っただけだよ? けどね、ボクは待っていたんだ。君のような、殺しがいのある人間を」
目の前に広がる炎が、踊り狂うかのように揺らめき動く。その炎に照らされながら、キュウトは恍惚の表情を浮かべていた。
「キョウカちゃんはいつも小言ばっかり。『初心者プレイヤーは殺すな』だとか、『無駄に戦闘を行うな』だとか。つまんないよね。しょうもない任務ばかり押し付けてくるのは、そっちだっていうのにさぁ」
「何が言いたい?」
「好き放題やりたいんだよ、ボクは。それで、憂さ晴らしに初心者狩りをするのも飽きたし、やりがいのあるヤツを殺したくなったんだ。そういう意味じゃ、キミは満点! じっくり楽しめそうだ」
「……いいよ、それなら――楽しんでみなよ、キュウト」
剣を握りしめ、キュウトに向かって一直線に突撃。もちろん、当然ながら炎の壁が邪魔をしてくる。
「ハハッ、バカだなぁ。ボクは炎を操る力を持ってるんだよ? 攻撃なんてさせるワケないじゃん! それともなに? 炎を切る気? できるワケないじゃん、そんなことー!」
「炎は斬れるさ。――『焔絶』」
力いっぱい振り切って、炎の壁を水平に斬る。そのままの勢いで、なにかされる前にキュウトの頭部に飛び蹴りを食らわせた。
「ぐあっ、がぁぁっ!? ……ぐえ、げほっ、ぐうぅ……。やるじゃんか、勇者クン……それが、魔法ってヤツかい?」
「いや、これは剣術だよ。魔力を操作するんじゃなく、魔力の流れに従って動く技術だ。先は長いからね。君なんかに魔力を消費してる暇はないんだよ」
「……くっ、くくく。舐めプかい、勇者クン? いい度胸だね、このボクに向かって、さあ!」
立ち上がったキュウトはさらに炎を呼び寄せ、何重にも重なった炎の壁を作り出す。立っているだけで汗が吹き出し動けなくなりそうな灼熱の戦場が完成した。
「分かったよ。キミが、余裕ぶってちゃ勝てない相手だってことは。ハハッ、いいね。いい相手だよキミは!」
「悪いけど、お喋りしてる暇はないんだよね。来るなら来なよ。ひねりつぶしてやる」
「ボクの本気を、見せてあげるよ……!」
揺らめく火炎に包まれながら、襲撃者との戦いが幕を開ける。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
【バジリスク・エネミー】危険度クラス︰B
トウキョウダンジョンに出没する、ヨーロッパに伝わる伝説の生物をモデルとしたエネミー。コカトリス・エネミーを巨大化させたような姿をしており、その巨体に対して極端に小さい翼しか持たないにも関わらず空を飛ぶことができる。口から稲妻を吐いたり、暴風を巻き起こしたりすることができるが、あまり知能は高くない。コカトリス・エネミーを呼び寄せることもできるが、両者の関係は不明。