[少女との対談]
「うーん」
マヤやミズハと楽しい食事の時間を済ませ、仮眠の時間となった。オレとアカツキは"クラゲ展示室"という薄暗い部屋で眠ることとなったが、しかしなかなか寝つけない。
「……喉が痛い。さっき食べた焼き魚のせいだ。魚の骨って飲み込んじゃいけないんだな。初めて知った」
オレの世界では、海に生息している生き物はどれも柔らかいゼリーのような体をしていた。生きている間は魔力で体を固めているが、死ぬととろけてふにゃふにゃになる。この世界の魚には骨があるとはな。喉の痛みが気になって眠れない。
「散歩でもするかな」
ぐっすりと眠っているアカツキはそのままに、オレは1人で水族館を歩いていく。その途中、大水槽の目の前でまだ起きているマヤと出会った。
「……あれ、リベル? まだ起きてたんだ」
「ちょっと眠れなくてね。そういうマヤも、寝ないのか?」
「私はいいよ。あまり眠れない体質だし。それに、今はこの地下水族館は安全だけど、それでも万が一に備えて寝ずの番は必要でしょ?」
大水槽を悠々と泳いでいるマグロを見つめながら、水槽の光に照らされるマヤの横顔。
そして彼女の腹の音がぐうと鳴る。
「……え。さっきシーフードカレー7杯も食べたのに、まだ空腹なのか?」
「べ、別にいいでしょ!? ずっとマグロ見てたらお腹減ってきたんだもん。それに深夜ってお腹空くし……。それに、私は数日間食べなくても大丈夫なんだよ? 食い溜めができる体質なんだから!」
「意味の分からない反論はやめときなー?」
顔を真っ赤にしてしまったマヤにこれ以上恥をかかせないよう、その場を後にしようとしたのだが。大水槽の間を出る前にマヤに声をかけられた。
「……そういえば、もう一人寝付けない誰かさんがいるんだよね。リベル、ちょっと行ってあげてよ。彼女もリベルともっと話、したいみたいだったし」
「分かったよ。それじゃマヤ、また明日」
大水槽の間を出て、深海魚の展示室へと向かう。そこは、ミズハが仮眠を取っている部屋だったが。
「あれ? リベルさん?」
マヤの言ったとおり、ミズハはまだ起きていた。椅子に座り、深海魚をじっと眺めていたようだ。
「やあ。寝れない?」
「……まあ、そうですね。不安でいっぱいで。怖くて眠れないんです」
クッション代わりのクジラのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、弱々しくミズハはそう言った。それもそうか。記憶喪失で、そして命を狙われているなんて。怖いにも程があるというものだろう。
「安心してくれ。君のことはオレが守る。記憶喪失についても、いつか何とかなる」
「……確かに、それも怖いです。自分が何者か分からないのも、常に命を脅かされるのも。ですが、それ以上に私は、マヤさんが傷付くのが怖いんです」
「そっか」
目を伏せたまま、ミズハはぽつぽつと言葉を発する。そんな彼女の言葉に、オレは黙って耳を傾けることにした。
「マヤさんは、今の私にとって初めて出会った人で、初めて助けてくれた人で。私にとって唯一の――まるでお母さんみたいな人なんです。そんな人が、傷付いて、……もしも消えてしまったりなんてしたら。そんなことを考えると、なかなか眠れなくて。いっそのこと、別れてしまったほうがいいのでは、……なんて考えてしまったりも」
「君は、マヤのことを大事に思っているんだね」
おそらく、それはマヤも同じだろう。だからこそ、危険を犯して『払暁の勇者』を探しに来た。互いのことを大切に思っているからこその行動だ。そしてだからこそ、もし自分のせいで相手が傷付いてしまったらと思うと怖くなってしまうのは当然のことだ。
「あの、リベルさんはどうだったんですか? 大切な人がいて、その人を失うのが怖くて、動けなくなっちゃうこととかなかったんですか?」
ミズハのその質問を受けて、オレはうーん、と自分の記憶を思い返してみる。だが、自分が覚えている限りではそんな感情を抱いた場面はなかった。
「なかった……かも」
「ほんとですか!? ……強いんですね、リベルさんは。一緒に戦う仲間を信頼してたってことですか?」
「……? いや、オレには仲間はいなかったよ」
「えっ――」
ミズハは目を見開き、困惑の表情を浮かべていた。仲間がいないというのが、そんなに驚くことだったのだろうか。確かにオレは魔物と戦う職業――勇者だったが、勇者ギルドに属してはいなかった。フリーの勇者はめったに徒党を組むことはない。
「ひとり、で? 自己紹介のときにリベルさん、魔王を倒したって話してませんでした? それも、ひとりで?」
「そうだけど」
「大変じゃなかったんですか? 寂しくなかったんですか? ……ずっと一人だなんて、そんなの」
どうやらミズハは本気でオレを心配してくれているようだ。だが心配は要らない。大丈夫だよ、とオレは笑顔で答えてみせる。
「確かに、オレには共に戦う仲間はいなかった。でも孤独だったとは思ってないよ。オレを支えてくれた人がいたし、守りたいと思う世界があった。そういう大切なものを諦めたくなかったから、戦った。動き続けなきゃいけなかった。それだけだよ」
オレが戦う理由はそれだけだ。
理不尽に苦しむ世界。それを見てみぬふりして諦めたくなかっただけ。子供のわがままと大差ない、ただの意地だったんだ。
「ミズハもそうなんじゃないかな。別れたほうがいいのか、なんて思いつつ、やっぱりマヤと一緒にいたい。その感情に嘘はつけない。たとえどんなに怖くても、諦めたくはないだろ?」
「……それは――」
ぎゅ、と膝の上に置いた手を握りしめるミズハ。
もし2人が離れたら、マヤが危険に晒されることは少なくなるかもしれない。しかし、諦めてしまったという後悔はミズハに確実に残る。もちろん、マヤもそうなることは望んでいないだろう。
「いいんでしょうか。私、そんなわがままを望んで」
「ああ。そのためにオレがいるんだから。2人を安全に、このトウキョウダンジョンから脱出させる。だから安心してほしいな」
ぽんぽん、とミズハの頭をなでてみる。少しでも彼女の不安が和らいだのならいいのだが。
「励ましてくれてありがとうございました、リベルさん。私、もう大丈夫です」
「そうか。それはよかった。それじゃあ、おやすみ。また明日」
そう言って、オレは部屋を出るため立ち上がろうとした。だが、ぐい、とすそをミズハに引っ張られていたことに気付く。ミズハは口を開き、何かを言おうとしていた。
「ミズハ?」
「あ、あの。リベルさん。私、が――」
ミズハはその言葉の続きを何度か言おうとして、また取りやめる。そうして、結局何も言えなくなってしまった。
「……すみません。やっぱりなんでもありません」
「? そっか。じゃ、おやすみ」
ミズハが何を伝えたかったのかは分からなかったが、もう夜も更けてきた。そろそろ眠るべきだろうし、オレは部屋を出ることにした。
明日は絶対に2人を無事に送り届けよう。その決心を新たにし、オレは眠りについた。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
【コカトリス・エネミー】危険度クラス︰C
トウキョウダンジョンに出没する、ヨーロッパに伝わる伝説の生物をモデルとしたエネミー。ニワトリとヘビが合わさったような姿をしており、小型肉食恐竜とも似た姿をしている。毒液を吐く能力を有しており、知能も高く、常に群れで行動する。その反面防御力は低く、拳銃でも簡単に倒れる。1体のみであれば危険度クラスはD相当のエネミーだが、群れの厄介さと狡賢さを考慮し危険度クラスはCとなっている。