[宣教師]
「うむ! 3人ともよくやってくれた! ……街が破壊されてしまったことは残念だが、この程度すぐに復旧できるとも。あの災獣の討伐、ご苦労だった! 次の協力も頼むぞ!」
災獣フォスフォラスンとの戦闘終了後。
防衛隊長NPCはオレたちにねぎらいの言葉をかけると、ヘリコプターに乗ってその場を立ち去っていった。……帰りは乗せてくれないのか。
「なにはともあれ、2人ともお疲れ。これで、ダンジョン攻略は一旦クリアか。これで、四宮トリデ探しに集中できるね」
フォスフォラスンから解体されたヒノタマ・エネミーを撃破することで、オレたちは皆、このフクシマダンジョンのクリア条件を達成した。これで、本命である四宮トリデの案件に注力することができる。
「とはいえ、トリデはどこにいるんだか。サミダレさんに訊けばよかったね」
サミダレの話によれば、四宮トリデはこのフクシマダンジョンのどこかにいるらしいが……。思いの外、フクシマダンジョンは広い。闇雲に探すのは骨が折れそうだ。
と、そんな心配をしていると。
「……おい、あんたら。四宮トリデ――『天啓の信徒会』に用があるのか?」
突然、背後から声をかけられた。
その声の主は、見覚えのある男性だった。さっき、狐仮面に氷漬けにされた男の人だ。
「……さっきはありがとよ、助けてくれて。その礼と言っちゃなんだが、このダンジョンの情報くらいなら教えてやれる。『天啓の信徒会』の動向についてもだ。……けど、悪いことは言わねぇ。余計な手出しはしねぇほうがいいぞ」
「何か知ってるのか?」
「…………場所を変えよう。ここじゃ、あまり良くない」
男の案内で連れて来られたのは、フォスフォラスンと戦闘した市街地から離れた、寂れた喫茶店だった。店員NPCもおらず、飲食物はセルフサービスになっている。
「ここなら良いか。……名乗るほどの名じゃねえが、俺はゲンっていう。あんたらは?」
「オレはリベル。そんでミズハと、マヤと、アカツキ。『勇者一行』っていうクランだ」
「……聞き覚えがある。それなりに名のあるクランなんだろうな。だが悪いことは言わん。『天啓の信徒会』には関わるな。ヤツらはイワキエリアで何やらやっているが……。余計な手出しは地獄を見ることになるぞ」
そう話すゲンの表情には、恐怖と後悔の色が浮かんでいた。
「……聞いたら悪いかもだけど、聞かせて。何があったの?」
「ああ。…………前は俺も、それなりに名の知れたクランに入ってたんだ。数人でこのフクシマダンジョンに来て、そんでもって『天啓の信徒会』にちょっかいをかけた。俺たちだってそれなりに腕に覚えはあったし、それに『大罪を背負う者たち』のプレイヤーを殺せたりなんてしたら、それなりのダンジョンタイトルを奪えるだろ? そんな出来心だったんだが――」
「……あなた1人になったの?」
ゲンは無言で頷いた。
「殺されたんじゃねぇ。消されたんだ。今も、ナビの連絡先は残ってる。ゲームオーバーにはなってねぇんだ。それなのに、連絡がつかない。どうなったのかすら分かんねぇんだよ」
その話を聞いたオレたちは、思わぬ息を呑んだ。消息不明というのは、ある意味一番恐ろしい。
「……『天啓の信徒会』は、生前の現実世界でも黒い噂が絶えない、怪しいカルト宗教だった。やめときゃよかったんだ。なのに、俺たちは――。……あんたら、このダンジョンはクリアしたんだろ? なら、すぐこのダンジョンを出るべきだ」
「……そうしたいのは山々だけど、私たちには『天啓の信徒会』と因縁がある。むしろそっちが目的なんだよ。だから、申し訳ないけどその忠告には従えない」
ゲンの善意はありがたいが、だからといって引き下がるワケにはいかない。
そんな俺たちの意志を汲んだのか、ゲンはため息をついて話し始める。
「……分かった。あんたらがそう言うなら、止めねぇよ。ついでに色々教えてやる。…………『天啓の信徒会』の"宣教師"、四宮トリデがこのダンジョンに居座るようになったのは、約1年前のことらしい。これはここのNPCたちから聞いたことだから、信憑性は高い」
「そんなに前から――」
「数人の仲間を引き連れてやってきた四宮トリデは、イワキエリアに住み着いた。山奥に施設を作り、NPCたちに信徒会の教えを布教し始めたらしい」
NPCに布教を?
他のプレイヤーに布教して、仲間を増やすならともかく。NPCに教えを説くことになんの意味があるのだろうか。情報収集や工作のためだとしても、フクシマダンジョンのNPCたちはこの地を離れることはできない。どれだけ影響力を得ようとも、それが及ぶのはせいぜいフクシマダンジョン内だけ――。
……いや待て。
それは、"だけ"で片付けていいことじゃない。
「……赤髪のあんたは察したみたいだな。そう、トリデのせいで、フクシマのNPCたちの約1割は『天啓の信徒会』の信徒になっている。たかが1割、じゃねぇぞ? この街じゃ、10人とすれ違ったらそのうち1人が信徒だ。そんでもって、トリデはその信徒たちを使ってこのダンジョンを牛耳り始めた」
「それは、ミトダンジョンで"チャンピオン"になった白石レアンと同じように?」
「ああ、あんたらもあの野郎と出会ってたのか。だが、トリデはアレとは少し違う。なにせ、表に出てくることがないからな。山奥にこもりきりで、ダンジョンを訪れた敵プレイヤーに手出しなんかしない。……近付いて来ようとさえしなけりゃな」
ゲンの話が本当なら、四宮トリデはまるでこのダンジョンを隠れ蓑にしているかのようだ。ダンジョンを牛耳り、山奥に引きこもる。そして、もしも近付いて来よう者がいたのなら――。
「俺がこの喫茶店にあんたらを連れてきたのは、ここにはNPCがいないからだ。盗み聞きされる心配がねぇ。……多分、トリデのことを探ろうとした俺の仲間たちは、NPCたちに密告されて消されたんだろうからな」
「話はよく理解できたよ。君が『天啓の信徒会』を恐れる理由もよく分かる。ありがとう、ゲン。君の助力は忘れないよ」
「やめろ。忘れろ忘れろ。もしあんたらが捕まっても、俺が情報を流したなんて言うんじゃねぇぞ? ……俺に教えられることは以上だ。俺はこれからさっさとこのダンジョンを出る。せっかく、エネミーを倒せたんだからな」
そう言って手にしていたカップのコーヒーを飲み干すと、ゲンは喫茶店から立ち去っていった。心の中で彼に幸運があるようにと祈りながら、オレはその背中を見送った。
◆
「……桐山ゲン、でしたか。小生どもに歯向かおうとしたいくつかのクランのうち、1人だけ見逃したクランの男。彼がミスター勇者と接触したようです。NPCから報告を受けました」
イワキエリアの山奥にある、『天啓の信徒会』が設立した施設の最奥にある部屋。そこで、修道服を身にまといサングラスをかけた胡散臭い男――――四宮トリデが足を組んで座っていた。
「きひひ! 勇者! 『払暁の勇者』!! リベル・ルドベキア!!! ……君の言うとおりだ。言うとおり、ホントにここに来たねぇ……!」
四宮トリデと対面して話しているのは、眼球の白い部分と黒い部分が反転している、真っ白な肌の不気味な少年。『エンヴィー・ユニオン』の幹部"三本槍"の一人である、『堕天魔公』ディアスだった。
「元はキミが提案したことでしょう、ミスターディアス。勇者は必ず、『厄災の匣』を救いに来ると。小生のいるここへと辿り着くのだと。それを信じ、この小生は劣化した『厄災の匣』の回収を取りやめたのですから。アレを餌にして、彼をこのダンジョンに誘き寄せるために、ね?」
「だっけぇ? だったね! だった。うん。でもそれは、君の異能力のおかげだ。伝説や物語の具現化だなんて、なんて羨ましい力かな。その力のおかげで、勇者をおびき寄せることができたんだし」
くすくす、と笑うディアス。そんな彼の様子を無言で見つめていたトリデは立ち上がり、棚に並べてあるファイルを1つ手に取った。
「……あれは1年前のことでしたか。我々『天啓の信徒会』と『エンヴィー・ユニオン』。2つの『大罪を背負う者たち』が秘密裏に手を組む取引をしたのは。キミたち『エンヴィー・ユニオン』は例の計画を進めるため小生どもの人員を借り。小生ども『天啓の信徒会』は、『神の子計画』のために異世界の魔物であるキミの力をお借りした。キミには頭が上がりませんよ、ミスターディアス」
「そのファイルは研究記録か。"迷宮城"だけじゃなく、ここにも置いてあったんだね」
「ええ。……今回、小生とキミの間に交わされた契約は2つ。1つ、小生が『厄災の匣』を処分すること。2つ、ミスター勇者のことはキミ――ミスターディアスが好きにすること。これでよろしいですよね?」
「うん。キミは『神の子計画』とやらの最終段階に移行できる。僕は憎くて羨ましくてたまらないあの勇者に復讐できる! ……でも悪いけど、僕はある程度勇者を泳がせるよ。より深い絶望を与えるために。その途中で、君の邪魔をしちゃうかも……ね?」
ディアスの発言に対し、パタン、とファイルを閉じたトリデは、意地の悪い笑みを浮かべた。愉快で愉悦でたまらない、といった表情で自信げに次の言葉を言い放つ。
「問題ありません。対策はいくつも講じてあります。……教祖より授かりし、『神使』の1柱。小生が築き上げた情報網。そして、彼ら『勇者一行』と因縁のある、とある青年……。小生はあの愚かな女とは違う。必ず、計画を完成に導きますとも」
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『"人魂災獣"フォスフォラスン』︰フクシマダンジョンに出現した"災獣"の1体。その正体は、浮遊する火の玉のようなエネミー『ヒトダマ・エネミー』が無数に集まって生まれた存在。巨大なヘビやトカゲのような姿で、その肉体は高熱の炎そのもの。口から熱線を吐き、周囲を焦土に変える。ただし、フォスフォラスンを構成しているヒトダマ・エネミーの1体でも撃破すればフクシマダンジョンのクリア条件を達成できるため、ダンジョンのクリアのみが目的のプレイヤーにとっては都合のいい相手でもある。




