[勇者への依頼]
「よっこいしょ。無事? 怪我は――って、あるはずないか。でも苦しくない? 大丈夫?」
マヤを捕らえて上空へと飛んで行った怪物バジリスク・エネミーを龍の力を用いた魔術で撃ち落とし、彼女を受け止めてオレは地上へ着地する。魔術を外すことも、マヤに当ててしまうことも許されない精密な射撃が要求される難易度の高い戦いだったが、何とか無事に勝ててよかった。久々の戦闘だったが、オレの腕は鈍っていないようだ。少し安心する。
「うん、大丈夫だよ。本当にありがとう、リベル。私はあなたに助けられた」
マヤは深々と頭を下げて礼の言葉を告げた。オレだって彼女に助けられたのだし、そんなに気にすることもないのに。
「そしてリベル。勇者であるあなたに、1つだけ頼みたいことがある」
「おや」
マヤの顔つきは真剣だ。オレは彼女が言おうとしていることを察し、腰を下ろして話に耳を傾ける。鎧と剣をしまい、楽な恰好になった。
「守ってほしい人がいる。『強欲の帝国』に命を狙われている、ある少女を」
「……それは、『厄災の匣』のことかい?」
黙ったまま、マヤは首を縦に振る。マヤの話はだいたい予想通りの内容みたいだ。
タカイチとマヤの会話の中に出てきた、『厄災の匣』という謎の存在。少なくとも、それをマヤは少女だと認識していて、タカイチはその居場所を探していたことは分かっている。
「その娘の名は、”百済ミズハ”。過去の記憶を思い出せない、記憶喪失になってるみたい。だけどそれ以外は普通の女の子だよ」
「記憶喪失……」
命を狙われていて、そして記憶喪失……。どうやら、何やら深い事情がありそうだ。とにかく、一度会ってみる必要がありそうだが――。
「お、それはユーシャと同じだな! 同じ記憶喪失どうしなんだし、そのコムスメを救ってやったらどうだ!?」
……お、この声は。
「えっ、何その小動物!? 喋った!? リ、リベルってもしかして勇者じゃなくて魔法少女だったの!?」
オレの肩に飛び乗ってきた、黒っぽいネコあるいはキツネのような小動物を見て、驚愕の声を上げるマヤ。……っていうか、魔法少女ってなんだろうか。
「あー、えっとね、こいつは――」
「よう、幸薄なコムスメ! アタシは”アカツキ”! このド天然ユーシャの相棒にして、お目付け役のイキモノさ! エネミーじゃないぞ!」
この小動物――アカツキは、オレがシナーズ・ゲームへとやってきた直後に、オレの知人を名乗って突然現れた変な生き物だ。今でも、こいつが何者なのかは分かっていないが、右も左も分からなかったオレを導いてくれた恩人で長年の付き合いだ。信用はできる。
「おいアカツキ、どこ行ってたんだよ。オレがあのエネミーに食われた途端どっかに行きやがって」
「助けを呼びにいってやってたのさ。ま、その必要はなかったみたいだけどな! ありがとよ、そこのコムスメ!」
「い、いや。……それよりもリベル、あなたも記憶喪失なの?」
「まあね。といっても、全部忘れたワケじゃないよ。人生の記憶の所々が欠けているっていうか。だから自分は何者かは分かっているつもりだよ」
オレは確かに、記憶の一部を失ってこのシナーズ・ゲームへとやってきた。でも魔術の使い方も剣術も覚えているし、自分が誰かは理解している。かつて世界を支配していた魔王を討った、マヤたちとは違う世界からやってきた勇者。それがオレだ。だから、過去の一部を忘れてしまったとしてもあまり支障はない。
「なあ聞けよコムスメ。このユーシャは最初、オマエたちの世界のことをなんも分かってなかったんだぞ? そのへんに転がってる廃車を初めて見たときに魔物だと勘違いして突撃していったのは傑作だったな!」
「やめてくれよアカツキ、恥ずかしい。ま、そういうこっちの世界の常識とかも全部、アカツキに教えてもらったんだ。アカツキは頼れる仲間さ。……それにしてもアカツキ、お前が人助けを薦めるなんて珍しいな。いつもなら、あまり目立つ真似はするな、っていうはずなのに」
「そうなの?」
マヤは首を傾げ、思わずアカツキへと尋ねた。アカツキはオレの肩の上で体を伸ばしてくつろぎながら、マヤの質問に答える。
「こいつ、ユーシャは異世界からやってきた存在で、コムスメも実感してるだろうけどめっちゃ強いのさ。そんなヤツがあまり目立った真似をしたら、クランの連中にどう思われるか想像できるか?」
「……見過ごしてはおけない。仲間に引き入れるか、もしくは――」
「命を狙われる、または捕まって『魔術』という異世界の技術を研究するために人体実験をされるかもな。まあコイツはそんな簡単にやられるタマじゃないが、でも戦いの日々になるのは間違いない。そんな生活は、オマエにとって苦痛だろうユーシャ?」
「……」
オレはアカツキのその質問に答えられない。戦いは苦手じゃないけど、人を殺すとなるとどうしても――。
「優しいんだね、リベルは」
「甘い、もしくは卑怯者と言うほうが正しいよ。命を奪う罪悪感が嫌で、それから逃げ続けているだけの臆病者さ。しかも、人間以外は殺しても良いのだと線引きをしてね。だからこそ、アカツキの言うことは正しい。オレはオレのために戦えない」
「でも、やっぱりそれは優しさだよ。あんなに敵意むき出しだったタカイチも殺さなかったし――って、あれ。タカイチは?」
マヤの視線の先には誰もいない。さっきまでそこに倒れていたはずの中臣タカイチの姿はどこにもなくなっていた。どうやらこの場から立ち去っていったようだ。オレはほっと胸をなでおろす。そして話を戻そう。
「ようし、ひとまずタカイチは追い払えたみたいだし、とりあえず会ってみようか。『厄災の匣』――百済ミズハに」
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『エネミー』︰シナーズ・ゲームにおいて、プレイヤーと敵対している存在。ダンジョン内を徘徊しており、プレイヤーと遭遇すると問答無用で襲い掛かってくる。ダンジョンによってその姿の特徴は異なり、トウキョウダンジョンにおいては伝説の怪物を模した姿をしている。その危険度はA、B、C、D、Eの5段階の指標で示されており、プレイヤーは一度遭遇したエネミーの情報なら得ることができる。