[決戦・増長の白狼]
これは試合開始直前のこと。
オレの対戦相手がレアンに変更された直後のことだ。
「リベル。試合前に、1つだけ。彼――白石レアンの異能力について情報を伝えるね」
「マヤ!」
舞台へと足を運ぼうとしたオレは、マヤに呼び止められた。
昨夜、彼女は狼男となったレアンのことを『全知』の力を使って目視していた。そのため、レアンの能力は彼女にとって既知のものとなっている。
「レアンの能力か。狼男に変身する能力、あたりだろ?」
「そう。彼の能力――『人狼』は、狼という野生動物の本能と人間の暴力性、そして怪物としての並外れた身体能力を付与する力。けど、あの異能力には1つだけ、特殊な効果がある」
「周囲を闇に覆う力。灯りは全て奪われ、1歩先の足下すら視認できない。そんな夜の帳を下ろす力だね?」
マヤはオレの言葉に、こくり、と頷いた。
昨日、レアンが高杉ナズナとの試合の際に見せたあの強力な力。でもそれは狼男が持つであろう力としては、あまり相応しくない。それに、昨夜の諍いの際に狼男に変身したときには、あの力を使っている様子はなかった。
「……あの能力のカラクリなんだけど、たぶん、"人狼"と聞いて私たちがイメージする認識が関わっているんだと思う。前に私が戦ったバーサーカーイカレ野郎――間宮トモキは、『異能力は感覚によって操作できる』的なことを言ってた。感覚なんていう直感的なモノが異能力と深く結びついているのなら、認知や認識というのも関係していておかしくないと思うんだ」
「ほうほう。それで?」
「私たちにとって"人狼"という言葉から連想される、最も馴染み深いもの。それは、"人狼ゲーム"。村人の中に潜む人狼を見つけ出すパーティーゲームなんだけど……。そのゲーム内で、人狼は夜に活動する。そして、夜の間は一般的に、村人は人狼に抵抗することができない」
「……それってつまり、まさか――」
「そのまさか。人狼が活動してるなら、それは夜である。そして、一般人では抵抗ができない。それがレアンの能力のカラクリなんじゃないかな」
……つまり、レアンが『人狼』の異能力を使って変身したのなら、その時間は夜でなきゃおかしい。だから、周囲は闇に包まれて夜になる。そして、夜の間は人間は抵抗することができないため、闇の中で視力を失われてレアンにやられっぱなしになってしまう、というワケだ。
それなら、昨夜レアンが変身しても暗くならなかったのに説明がつく。だってあの時間はもう夜だった。わざわざ暗くして擬似的な夜を作り出す必要がなかったのだ。
「……なんか、すごく屁理屈じゃない?」
「うん、私もそう思う。けれど私の眼がそうだと伝えてくるんだからしかたない。……そしてリベル。このことから、なにか思いつく作戦はある?」
「ああ。……ふふ、いい方法を思いついたよ。これなら、あの狼を懲らしめてやることができそうだ」
たぶんあのとき、オレはさぞかし性格の悪い笑みを浮かべていたのだろう。もしもこの作戦がうまく決まれば、それは痛快なこと間違いナシだ。
◆
「ぐ、ぉぉぉ……」
そして、オレの作戦はばっちり決まった。
策略が決まったときほど、気分爽快になれる瞬間はないな、とひしひしと感じる。これもマヤが伝えてくれた情報のおかげだ。彼女には頭が上がらない。
「お、お前、なに、を――!? なんだその姿は!?」
立ち上がったレアンはオレの姿を見た途端、驚愕の声を漏らした。それもそのはず、オレの姿は今、異形の姿へと変貌している。
基本の8属性の魔力を扱って使用する魔術には、それぞれの魔力に応じた得意分野がある。
例えば、光属性は防御貫通と速攻の性質を持つ攻撃。攻撃力の低さと引き換えに、必ず命中する迅速な攻撃が特徴的だ。
他にも風属性は強化、土属性は防御、基本属性ではないが竜属性は破壊など様々な得意分野がある。究極魔導も、その特性を最大限に活用した効果となっている。
そして今オレが使用している"闇属性"の魔術。
その真価は、霊的存在の使役や呪法といった、黒魔術とも呼ばれる邪道な魔法の力にある。
「これは"悪霊宿し"。……オレはかつて、この手で多くの魔物を殺めてきた。彼らからはさぞ恨まれていることだろう。そんな彼らの怨恨マシマシの魂を、オレはいくつか収集していてね。それを身にまとった姿が今のオレだよ」
オレが手にしている、闇属性に対応するために宝魔剣ヴァイスが武装変形した大鎌――宝魔鎌ヴァイス・フェンリルは、斬り殺した相手の魂を吸い取り、保管できる性質がある。その魂を装甲のようにこの身に宿すと、このとおり。まるで複数の魔物が混じったかのような、気味の悪い合成獣のごとき怪物に変貌できる。……まあ、魂たちの怨念がこの身を灼くからめっちゃキツいんだけどね! 早く解除したい。
けれど、オレはこの姿のおかげで、闇の中でも視力を取り戻している。夜が人狼という怪物たちの独壇場だというのなら、オレも人外へと変貌すればよかったのだ。
「なんだよ、それ……。そ、それでもお前、勇者なのかァ……!?」
「まあ、悪いとは思ってるよ。死んだ魂を利用するなんて酷いことだ、いくら魔物とはいえ忍びない。……ああでも、この外見については気にしてないよ。どれだけ醜悪な姿になっても、たとえ魔道に堕ちたとしても、オレは絶対に勇者として戦うから」
「ぐッ、ぐおおおおッ!!」
レアンが雄叫びをあげながら、その鋭い牙と爪で攻撃を繰り出してくる。だが、動きが見えていればこの程度のスピードには対応できる。昨夜、一回吹っ飛ばされて攻撃の威力を確かめられたのも好都合だった。
「さて、レアン。君は人狼、夜に人間を抵抗すらさせずに殺せる"怪物"だ。――けど、今のオレはその人間に当てはまるのかな?」
「くぅっ、こ、このバケモンがぁぁぁ!!!」
レアンが展開する攻撃は単調で分かりやすく、そして何より防御の姿勢が全くと言っていいほどできていなかった。人狼ゆえの頑丈さがあるから――ではなく。単純に、闇に紛れて格下の相手としか戦ってこなかったために、その技能が身につかなかったのだろう。異能力の熟練とは裏腹に、戦闘センスは稚拙なものだった。
「なぜだ、なんで強い……! どうしてこれだけの強さを持ちながら、お前はあの雑魚女なんざの味方をした!? 強者は弱者を食い物にする、それこそが真実のハズだ! 手を取り合って傷を舐め合うなんざ、弱虫が群れる行為のハズだ! あんなのを庇うお前は、弱いべきであるのに……!」
「……そうだね。確かに、強いモノは弱いモノを好きにできる力がある。けど、そんな権利はないんだよ。それに、強くたって手を差し伸べてもいいじゃん。勇者なら、むしろそうしないとね」
手にした大鎌に魔力を注ぎ込んでいく。レアンの動きを推測しながら、適切なタイミングを見極め――。
「クソッ……! 俺は敗者に、弱者なんかにはならねぇ! 俺は強者だ! "チャンピオン"だ! 生き返れなくたっていい! ずっとこのダンジョンで雑魚どもを狩り、食らい、弄ぶ! 強者であるオレには、それが許されているハズなんだァァァぁぁ!!!」
咆哮をあげ、飛びかかるレアン。
今だ。攻撃のチャンスは、ここにあり。
「……その言葉どおりなら、君はより強いモノに狩られても文句は言えないぞ! ――しずめ、昏き闇。我が敵を討滅せよ――――『深淵の怨祝』!」
その大鎌の斬撃は、受けた者の生命力に直接作用し、その99パーセントを削り取る究極魔導。いかに頑丈でも、そしてどれだけタフな相手だろうと、その生命力の九割九分を必ず奪い取る。
「……か――――ッは――」
レアンは気を失って崩れ落ちる。突然残る命の火を消失寸前にまでごっそりと削られ、瀕死の状態にされたのだから、無理もない。
彼の意識が失われたことで、異能力は解除されて闇が消えさり、人間へと戻ったレアンの倒れている姿は観客たちに顕になった。やがて、試合終了の宣言が告げられる。
「…………強いから弱い相手に何をしてもいい、というのは、より強いモノが現れたとき、そして衰えたときが悲惨だよ。栄光の座に永遠に留まることなんて不可能なんだから」
副将戦
『払暁の勇者』リベル・ルドベキア VS "チャンピオン" 白石レアン
勝者 リベル(レアン戦闘不能)
3対1
勝者 赤コーナー 『勇者一行』チーム
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『人狼』︰『白い狼』のリーダー・白石レアンが使用する異能力。二足歩行する人型の獣"狼男"に変身することができる。昼間に能力を発動させた場合、周囲から光を奪い、闇に包まれた空間へと変化させる。その空間内では常人は視力を奪われ、レアンの攻撃に対して抵抗する力を失う。夜間に能力を発動させた場合は、闇を作り出す効果は発揮できないものの、周囲の人間に威圧感を与える効果がある。プレイヤーやNPCなどの、対人型の相手であれば一方的な戦闘を行うことができる反面、エネミーや人外に変身できる力を持つプレイヤーなどに対しては、能力が充分に機能しない欠点がある。




