[狂詩曲]
「『増殖』……!?」
何十人ものシータを前にして、動揺が隠せない様子のササヨ。そんな彼女にはお構いなしに、複数のシータたちが攻撃を開始する。
初めてオレがシータと出会ったとき、彼女は食事会場から出ていったように見えたのにも関わらず、デザートコーナーにも姿を現していた。あれは、それぞれが別個体だったのだろう。ようやく納得がいった。分裂し、個体数を増やす。それこそが彼女の異能力だったのだ。
「ククク、さあどうする!? 貴様の溶解能力が間に合わねば、ワレはさらに増えていくぞ!」
「ぐっ――」
数。
それは、単純にして最強の武器。
スライムやゴブリンのような低級の魔物であろうと、群れれば剣の達人すら殺せる。どんなに強大なドラゴンであろうと、何万という兵力の軍隊には敵わない。
確かに融ササヨの異能力は強力だった。触れただけで勝利が確定する力。一対一の戦場であるこのダンジョンでは、彼女は優位に立ち回ることができたのだろう。
だが、ここに例外が存在した。1人にして、複数人。増殖して数を増やすシータは、ササヨにとって天敵に違いない。
「貴様の異能力を、このワレが知らないとでも思っていたのか? 確かに貴様は、それなりに強い相手と対戦する、限られた試合にしか出場せぬ。しかしこの数週間の間、このダンジョンに滞在していたこのワレは、貴様が出た戦いを見落とさなかった。ならば対策も容易というもの」
「どうして、こんな、バカな――」
ササヨはシータの身に触れ、溶かすことで抵抗を試みるが、その増殖スピードに追いつかない。受けたダメージが蓄積し、だんだんと身動きが鈍くなっていく。
「対戦相手が貴様だと知った時の、ワレの落胆が分かるか? 相性からしてワレの勝利は確定しており、心躍る激戦はできぬと悟ってしまったからだ。……だが、存外悪くはなかったぞ? 余裕綽々だった貴様の顔が、段々と追い込まれていく様は」
「……ふ、ざけるな……! はじめから、やられたフリをしていたってワケ……!?」
「そうだとも。……貴様らはこのダンジョンで、"チャンピオン"としての特権にふんぞり返り、格上には媚びへつらい、格下を虐げた。そのような醜悪な振る舞いを数週間見せられ続けたのだから、鬱憤晴らしくらい別によかろう?」
「ぐっ――だめ、だめ……! う……そ、この、わたし、が――」
「所詮は井の中の蛙だった、ということだ」
あまりに一方的な、蹂躙とも言える決着。
倒れ、動けなくなったササヨを尻目に、シータはその台詞を吐き捨てた。その後、ササヨが立ち上がることはなかった。
強力な力を隠し持っていたシータ。そして、『夢奏楽団』。『大罪を背負う者たち』以外にも強いクラン、そしてプレイヤーがいるのだと、今回の試合で思い知らされた。
「『中堅戦、勝者は――――シータだぁぁッッ!!』」
中堅戦
『狂詩曲』シータ VS 『恐怖の死神』融ササヨ
勝者 シータ(ササヨ戦闘不能)
「……でもやはり、つまらん。これではワレの相性勝ちでしかない。もっとワレの実力を見せつける試合を展開したかったぞ」
ブツブツと文句を言いながら、シータたちは控室に戻ってきた。ただ困ったことに、増殖したシータたちのせいで控室がぎゅうぎゅうになってしまった。
「お、おかえり。あのさシータ、異能力を解除して、数を減らしてくれないか?」
「む? 無理だぞそんなこと。ワレは増えることはできても減ることはできぬぞ」
「え……!?」
マジか。これじゃあ、満足に身動きすら取れないぞ。まあ、幸いにも次の試合はオレの出番だから、この空間でおしくらまんじゅうしなくてすむけど。……ごめんマヤ、すぐ勝って戻ってくるから、それまでこのすし詰め状態に耐えていてくれ。
と、そんなことを考えつつ、シータたちの間を縫うようにして控室から出たオレは、廊下に立っていたNPCの男性と目が合った。
「あ。次の試合に出るのはオレだよ。案内よろしくね」
「リベル様、ですね。申し訳ないのですが、ここで試合内容変更の申し立てがございます。次の試合なのですが――対戦相手が白石レアン様に変更されました」
NPCの男性は、深々と頭を下げながら、そんなことを口にした。
◆
「チッ、クソっ――クソが――」
クラン『白い狼』の控室では、白石レアンが苛立ちを隠しきれずに椅子を蹴り飛ばしていた。そんな彼の様子を、椎原ソウが肩をすくめて眺めている。
「1勝3敗。次の試合に負けたら敗北確定。しかも、次の試合にはあの勇者さんが出てくる。流石に君じゃ勝てないよねぇ?」
「むりー」
次の副将戦に出る予定だった内藤アオバは、ソウノ問いかけに対して腕でバツを作り、首を横に振った。
「クソが。こうなったら、こうなったら――次の試合は俺が出る」
「えっ……マジ? 試合開始後の出場順変更はできないはずだけど……?」
椎原ソウは、眉をひそめて困惑した。いくら後がないからとはいえ、流石に無理くりな荒業すぎる。これまでもやりたい放題ではあったが、試合中のルール変更などという無法を犯しては、特権を失った後どうなるか分からない。NPCにすら命を狙われる可能性すらある。
「いや、いやいやいや! 考え直しなよ、レアン君!」
「絶対に、絶対にアイツらを潰す。気に入らねぇ、気に入らねぇ! この俺に逆らって、無事に勝とうとしてやがるアイツらが気に入らねぇ! 絶対に、絶対に絶望を見せてやる」
「……あー。ダメか、これは」
レアンが全く話を聞いていないことを察した椎原ソウは、ため息をついて椅子に座り込んだ。後はなるようになれ、と事態を静観することを決めたのだった。
◆
「『さあ、急遽試合順が変更となり、副将戦に出場するのはこの2人となった! 赤コーナー、クラン『勇者一行』のリーダー! 『払暁の勇者』リベル・ルドベキア! そして青コーナーは我らが"チャンピオン"、『白い狼』のリーダー、白石レアンだぁぁぁぁ!!!』」
出場順の変更を受け、会場の観客たちの反応は賛否両論だった。白石レアンの登場に心躍らせるNPCもいれば、『白い狼』の身勝手さに憤慨するNPCもいる。三者三様の反応だ。
「よお、勇者。運よくお仲間が勝ててよかったなぁ? でも残念。お前はここで俺に負ける。そして岸灘マヤも次の試合で負けて、あの女は俺の言いなりだ。ククッ、無様なことこの上ないぜ」
試合場に出てきた後、観客に対して前回同様のパフォーマンスを行っていたレアンは、オレを見て挑発してきた。
「勝負が始まる前から勝った気か、白石レアン。随分と楽観的なんだな」
「ほぉ? 清廉潔白な勇者サマかと思ってたが、煽り返してくるとはな。だが、楽観的なのはお前のほうだぜ? なにせ、俺の実力は誰にも見せてこなかった。対戦相手ですら、何が起きたか分からぬまま負けていく。そんな俺に、勝てる自信があんのかよ?」
「まあね。いけるよ。楽勝まである」
「……ほお? ほお、ほお、ほお、ほお、ほお――テメェッ、調子に乗るなよ……!」
侮られたと思われたのか、レアンは余程ご立腹のようだ。顔を真っ赤にし、今にも飛びかかろうとしてくる。
「『それでは副将戦、開始ッッッッ!!』」
やがてすぐに試合の幕は上がり、すぐさまレアンは指を鳴らした。直後、会場は漆黒の闇に包まれていき、視界は遮られてしまう。さらに、獣の足音が迫ってくる。
「死ね、クソ勇者――――」
「残念ながら、それは呑めない要求だな。君を叩きのめしてやらなきゃいけないからね」
漆黒の空間。視覚が失われた世界で、レアンの声だけが反響している。
本来であれば、闇によって視界を遮られたこの空間では、彼のその一撃は察知できず回避しようのないものだったのだろう。
だが、オレの眼に、レアンの姿はしっかりと映っていた。あとは彼の動きに合わせて反撃するのみ。顎を切り上げられたレアンは、滑稽な姿勢で空中を舞った。
「……ぐぁっ――!? な、なぜだ!? 俺の姿は見えていないはずなのに!? どうして俺は、斬られている!?」
レアンの動揺する声が響き、その後地べたに落下する音が聞こえた。頭から地面に衝突したレアンへと、オレは剣を向ける。
「さて、レアン。ここからは狼狩りの時間といこうか」
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『増殖』︰『夢奏楽団《むそうがくだん》』のプレイヤー・シータが使用する異能力。自身の肉体を複製し、その個体数を増殖させる。そのすべての個体がシータ自身であり、感覚や思考は共有されている。能力の使用には体力を消費するが、力を使いこなしているシータにとっては20体程度の増殖ならいつでも可能。




