表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/55

[狂詩曲]


「『増殖(マルチプリケーション)』……!?」


 何十人ものシータを前にして、動揺が隠せない様子のササヨ。そんな彼女にはお構いなしに、複数のシータたちが攻撃を開始する。

 初めてオレがシータと出会ったとき、彼女は食事会場から出ていったように見えたのにも関わらず、デザートコーナーにも姿を現していた。あれは、それぞれが()()()だったのだろう。ようやく納得がいった。分裂し、個体数を増やす。それこそが彼女の異能力(デュナミス)だったのだ。


「ククク、さあどうする!? 貴様の溶解能力が間に合わねば、ワレはさらに増えていくぞ!」


「ぐっ――」


 数。

 それは、単純にして最強の武器。

 スライムやゴブリンのような低級の魔物であろうと、群れれば剣の達人すら殺せる。どんなに強大なドラゴンであろうと、何万という兵力の軍隊には敵わない。


 確かに融ササヨの異能力(デュナミス)は強力だった。触れただけで勝利が確定する力。一対一の戦場であるこのダンジョンでは、彼女は優位に立ち回ることができたのだろう。

 だが、ここに例外が存在した。1人にして、複数人。増殖して数を増やすシータは、ササヨにとって天敵に違いない。



「貴様の異能力(デュナミス)を、このワレが知らないとでも思っていたのか? 確かに貴様は、それなりに強い相手と対戦する、限られた試合にしか出場せぬ。しかしこの数週間の間、このダンジョンに滞在していたこのワレは、貴様が出た戦いを見落とさなかった。ならば対策も容易というもの」


「どうして、こんな、バカな――」


 ササヨはシータの身に触れ、溶かすことで抵抗を試みるが、その増殖スピードに追いつかない。受けたダメージが蓄積し、だんだんと身動きが鈍くなっていく。


「対戦相手が貴様だと知った時の、ワレの落胆が分かるか? 相性からしてワレの勝利は確定しており、心躍る激戦はできぬと悟ってしまったからだ。……だが、存外悪くはなかったぞ? 余裕綽々だった貴様の顔が、段々と追い込まれていく様は」


「……ふ、ざけるな……! はじめから、やられたフリをしていたってワケ……!?」

 

「そうだとも。……貴様らはこのダンジョンで、"チャンピオン"としての特権にふんぞり返り、格上には媚びへつらい、格下を虐げた。そのような醜悪な振る舞いを数週間見せられ続けたのだから、鬱憤晴らしくらい別によかろう?」


「ぐっ――だめ、だめ……! う……そ、この、わたし、が――」


「所詮は井の中の蛙だった、ということだ」


 あまりに一方的な、蹂躙とも言える決着。

 倒れ、動けなくなったササヨを尻目に、シータはその台詞を吐き捨てた。その後、ササヨが立ち上がることはなかった。

 強力な力を隠し持っていたシータ。そして、『夢奏楽団』。『大罪を背負う者たち(ビッグセブン)』以外にも強いクラン、そしてプレイヤーがいるのだと、今回の試合で思い知らされた。


 

「『中堅戦、勝者は――――シータだぁぁッッ!!』」



 中堅戦

 『狂詩曲(ラプソディ)』シータ VS 『恐怖の死神』融ササヨ


 勝者 シータ(ササヨ戦闘不能)




 

「……でもやはり、つまらん。これではワレの相性勝ちでしかない。もっとワレの実力を見せつける試合を展開したかったぞ」


 ブツブツと文句を言いながら、シータたちは控室に戻ってきた。ただ困ったことに、増殖したシータたちのせいで控室がぎゅうぎゅうになってしまった。


「お、おかえり。あのさシータ、異能力(デュナミス)を解除して、数を減らしてくれないか?」


「む? 無理だぞそんなこと。ワレは増えることはできても減ることはできぬぞ」


「え……!?」


 マジか。これじゃあ、満足に身動きすら取れないぞ。まあ、幸いにも次の試合はオレの出番だから、この空間でおしくらまんじゅうしなくてすむけど。……ごめんマヤ、すぐ勝って戻ってくるから、それまでこのすし詰め状態に耐えていてくれ。


 と、そんなことを考えつつ、シータたちの間を縫うようにして控室から出たオレは、廊下に立っていたNPCの男性と目が合った。


「あ。次の試合に出るのはオレだよ。案内よろしくね」


「リベル様、ですね。申し訳ないのですが、ここで試合内容変更の申し立てがございます。次の試合なのですが――対戦相手が白石レアン様に変更されました」


 NPCの男性は、深々と頭を下げながら、そんなことを口にした。


 


「チッ、クソっ――クソが――」


 クラン『白い狼(ホワイトウルフ)』の控室では、白石レアンが苛立ちを隠しきれずに椅子を蹴り飛ばしていた。そんな彼の様子を、椎原ソウが肩をすくめて眺めている。


「1勝3敗。次の試合に負けたら敗北確定。しかも、次の試合にはあの勇者さんが出てくる。流石に君じゃ勝てないよねぇ?」


「むりー」


 次の副将戦に出る予定だった内藤アオバは、ソウノ問いかけに対して腕でバツを作り、首を横に振った。


「クソが。こうなったら、こうなったら――次の試合は俺が出る」


「えっ……マジ? 試合開始後の出場順変更はできないはずだけど……?」


 椎原ソウは、眉をひそめて困惑した。いくら後がないからとはいえ、流石に無理くりな荒業すぎる。これまでもやりたい放題ではあったが、試合中のルール変更などという無法を犯しては、特権を失った後どうなるか分からない。NPCにすら命を狙われる可能性すらある。


「いや、いやいやいや! 考え直しなよ、レアン君!」


「絶対に、絶対にアイツらを潰す。気に入らねぇ、気に入らねぇ! この俺に逆らって、無事に勝とうとしてやがるアイツらが気に入らねぇ! 絶対に、絶対に絶望を見せてやる」


「……あー。ダメか、これは」


 レアンが全く話を聞いていないことを察した椎原ソウは、ため息をついて椅子に座り込んだ。後はなるようになれ、と事態を静観することを決めたのだった。




 ◆


「『さあ、急遽試合順が変更となり、副将戦に出場するのはこの2人となった! 赤コーナー、クラン『勇者一行(ヒーローパーティ)』のリーダー! 『払暁の勇者』リベル・ルドベキア! そして青コーナーは我らが"チャンピオン"、『白い狼(ホワイトウルフ)』のリーダー、白石レアンだぁぁぁぁ!!!』」


 出場順の変更を受け、会場の観客たちの反応は賛否両論だった。白石レアンの登場に心躍らせるNPCもいれば、『白い狼(ホワイトウルフ)』の身勝手さに憤慨するNPCもいる。三者三様の反応だ。

 


「よお、勇者。運よくお仲間が勝ててよかったなぁ? でも残念。お前はここで俺に負ける。そして岸灘マヤも次の試合で負けて、あの女は俺の言いなりだ。ククッ、無様なことこの上ないぜ」


 試合場に出てきた後、観客に対して前回同様のパフォーマンスを行っていたレアンは、オレを見て挑発してきた。

 

「勝負が始まる前から勝った気か、白石レアン。随分と楽観的なんだな」


「ほぉ? 清廉潔白な勇者サマかと思ってたが、煽り返してくるとはな。だが、楽観的なのはお前のほうだぜ? なにせ、俺の実力は誰にも見せてこなかった。対戦相手ですら、何が起きたか分からぬまま負けていく。そんな俺に、勝てる自信があんのかよ?」


「まあね。いけるよ。楽勝まである」


「……ほお? ほお、ほお、ほお、ほお、ほお――テメェッ、調子に乗るなよ……!」


 侮られたと思われたのか、レアンは余程ご立腹のようだ。顔を真っ赤にし、今にも飛びかかろうとしてくる。



「『それでは副将戦、開始ッッッッ!!』」



 やがてすぐに試合の幕は上がり、すぐさまレアンは指を鳴らした。直後、会場は漆黒の闇に包まれていき、視界は遮られてしまう。さらに、獣の足音が迫ってくる。

 


「死ね、クソ勇者――――」


「残念ながら、それは呑めない要求だな。君を叩きのめしてやらなきゃいけないからね」


 漆黒の空間。視覚が失われた世界で、レアンの声だけが反響している。

 

 本来であれば、闇によって視界を遮られたこの空間では、彼のその一撃は察知できず回避しようのないものだったのだろう。


 だが、()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()。あとは彼の動きに合わせて反撃するのみ。顎を切り上げられたレアンは、滑稽な姿勢で空中を舞った。


「……ぐぁっ――!? な、なぜだ!? 俺の姿は見えていないはずなのに!? どうして俺は、斬られている!?」


 レアンの動揺する声が響き、その後地べたに落下する音が聞こえた。頭から地面に衝突したレアンへと、オレは剣を向ける。


「さて、レアン。ここからは狼狩りの時間といこうか」

[シナーズ・ゲーム TIPS]


増殖(マルチプリケーション)』︰『夢奏楽団《むそうがくだん》』のプレイヤー・シータが使用する異能力(デュナミス)。自身の肉体を複製し、その個体数を増殖させる。そのすべての個体がシータ自身であり、感覚や思考は共有されている。能力の使用には体力を消費するが、力を使いこなしているシータにとっては20体程度の増殖ならいつでも可能。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ