[対決︰先鋒・守護の霊媒師]
「『本日のCブロック第1試合! 『白い狼』は前代未聞の12連勝を成し遂げることができるのか!? 見どころの一戦です!』」
けたたましく鳴り響く実況のアナウンス。
控室に移動したオレたちはそれを聞きながら、最後の準備を整える。試合表に目を通し、その順番を確認していた。
先鋒戦︰百済ミズハvs六拝メリー
次鋒戦︰チョウノvs椎原ソウ
中堅戦︰シータvs融ササヨ
副将戦︰リベル・ルドベキアvs内藤アオバ
大将戦︰岸灘マヤvs白石レアン
「先鋒はミズハだね。無理はしないでよ、いい?」
「はい、任せてください。さくっと1勝、取ってみせますよ!」
試合中、出番がまだのオレたちは待機所である控室で試合の中継映像を見ていることしかできない。戦場に立つのはただ一人。孤独な戦いだ。
「すう、ふう……」
息を吸い、吐き出すミズハ。その緊張はこちらにも伝わってくる。先陣を切る先鋒としてのプレッシャーが、彼女の小さな肩に重くのしかかっている。
「それでは、行ってきます」
こちらに背を向けたまま、ミズハはそう言い残して控室を出ていった。その後すぐ、中継映像に向かい合うプレイヤーの姿が映る。
「『入場するは、赤コーナー、クラン『勇者一行』に加わりし『厄災の匣』! 百済ミズハァァッ!!!』」
「……いい加減、『厄災の匣』呼ばわりはやめてほしいですね。ま、仕方ないですけど!」
溜められた水に周囲を囲まれた、円状に作られた石製の試合場が戦場だ。
ミズハの視線の先には、気だるそうにしゃがみこむ金髪の女性の姿が見える。……見覚えがあるな。確か昨夜、食事会場で言い争っていたあの金髪の女性だ。
「『青コーナー、クラン『白い狼』の切込隊長! 『不動のメリー』こと、六拝メリーだぁぁ!!!』」
沸き立つ歓声とは裏腹に、ミズハの対戦相手である六拝メリーは地面に座り込んでしまった。そんな彼女の姿勢を見て、ミズハは困惑を隠せない。
「えっと。あ、あのー。あなた、戦う気あります?」
「は? 見りゃわかんだろ。そんなのないし」
「ええ……?」
そのまま寝転び、ナビをいじり始めたメリー。ミズハはそんな彼女の行動にますます意味が分からなくなってしまうが、そんなことはお構いなしに試合の火蓋は切られようとしていた。
「『それでは先鋒戦、試合開始ィィィッ!!!』」
「よく分かりませんけど、後悔しないでくださいよ!」
試合が開始してなお、だらけているメリーに対して、ミズハは濁流を発生させて場外へと落とそうと試みた。ミズハの手のひらから水流が発生し、みるみるうちに水量を増していきメリーを狙い撃たんと迫る。
「……はー、だる」
そして、メリーの姿は濁流の中に飲み込まれていった。
……ように、確かに見えたのだが。
「勘違いすんなよガキ。あたしは戦う気ないけど、コイツはあるんだから――『守霊』!」
もろに濁流へと巻き込まれたはずなのに、メリーは元いた位置から1ミリたりとも動いてはいなかった。それどころか、彼女の肉体には水滴の1滴たりとも付いてはいない。
「えっ――――なんですか、アレ!?」
そんなメリーの目の前には、揺らめきながら仁王立ちしている影の存在がいた。
「『出たァァーーッ! これこそメリー選手の十八番! "守護霊"だぁぁッ!!!』」
「……"守護霊"」
控室で試合を観戦していたマヤが、実況の言葉を聞いて呟く。マヤの異能力『全知』は、直接視認しなければ発動できないため、映像越しではその効力は発揮できていなかった。そのため、あの六拝メリーの能力の一端は今ここで初めて見ることとなる。
「ふむ。ワレはこのダンジョンにしばらく滞在しておるから知っておるが、ヤツの能力は見てのとおり"守護霊"じゃ。アレはかなり厄介な能力じゃぞ」
「知ってるのか、シータ」
オレが助っ人を依頼した、宇宙人を名乗る不思議な少女シータ。彼女は真剣な眼差しで試合映像を注視していた。
「うむ。底の知れぬ力じゃ。あの能力を攻略せねば、あの小娘に勝機はなかろう」
「ぐぁッ…………!?」
メリーが呼び出した"守護霊"は、人のような姿はしているもののその輪郭はおぼろげで、まるで蜃気楼や影のような存在だった。
そして動き始めたその"守護霊"は一瞬でミズハの眼前へと距離を詰め、その拳による一撃をお見舞いしたのだった。
「うっ……この――『水鉄砲』!」
腹部への殴打を受けてよろめくミズハだったが、なんとか踏ん張り、お返しとばかりに高速発射した水滴で"守護霊"へと攻撃した。だが、その水滴は"守護霊"をすり抜ける。
「あはは、バカじゃないの? お化けに物理攻撃が効くかっての!」
「……は? それじゃあコイツは無敵じゃないですか――って、うぐっ!?」
"守護霊"がミズハの首を絞め、彼女の小さな身体を持ち上げる。
ミズハからの物理的な干渉は無効化されるのに、"守護霊"からの攻撃は通用するという理不尽。このままでは、万に一つもミズハの勝利の可能性はない。
「あーあ。ホント、あなたたちっておバカね。どーして面倒事に首を突っ込んじゃったの? 『白い狼』のコト、知らなかったワケ? それとも、勇者とやらが仲間にいるからって慢心しちゃった?」
「……ッ、ぁ、うぐうっ――――ッ」
締め付ける"守護霊"の腕を振りほどこうとするも、触れることすらできず、もがくことしかできないミズハ。もはや声をあげることすらもできない。
「余計なことするからそうなるのよ。強者にはどんな横暴も許される。『クロキツネ』の連中なんか見てみぬふりして、見捨てればよかったのに。ホント救えないバカよね、アンタら」
抵抗する力がなくなってきたミズハを見て、守護霊は彼女の身体を場外へと放り投げた。力なく飛ばされていくミズハだったが、自身の肉体を水流に巻き込ませ、力技で無理くり試合場へと着地――いや落下した。息を荒げながらも、なんとか立ち上がる。
「……そう、かもしれませんが。でも、その余計に私は救われたんです。なら、私も同じことをしなくちゃ。私は胸を張って、リベルさんたちの隣にいるに相応しい私でありたいんです!」
「なにをごちゃごちゃと偉そうに! やっちゃって、『守霊』!」
メリーの命令を受け、"守護霊"はミズハへと迫る。今度こそミズハを叩きのめすべく、絶対無敵の"守護霊"は拳を握りしめた。
「……私は、守られてるだけじゃダメなんだ! だから私は、この挑戦に賭ける! 私の新技――『霧隠』!」
ミズハは右手の手のひらを大きく開き、そして前方へと突き出した。だがすぐには何も起きず、"守護霊"の拳が目の前に迫るが――。
ギリギリの刹那で、戦場は濃い霧に包まれた。
「……あれは!」
戦場いっぱいに霧を発生させたミズハの姿を見て、オレの膝の上にいたアカツキが声を漏らした。
「どうした、アカツキ?」
「チバダンジョンでよ、あのコムスメは高熱出してぶっ倒れただろ? で、そんときアタシと一緒にホテルで休憩してたワケだが、数時間ですぐ回復したんだ。そんでユーシャたちを待ってる間、異能力の特訓をしようってことでアタシとトレーニングしてたんだよ、あのコムスメ。そんときに習得した技の1つがあの『霧隠』だ」
「おお、いつの間に」
「でもよ、あの技の成功率は半分もなかったんだぜ? まだ完全に会得できてたワケじゃねぇ。それを使うたぁ、とんだ賭けに出たもんだ」
ミズハはおそらく、勝つためにはこの手段しかないと考えて賭けに出たのだろう。そしてその賭けはうまくいき、霧によってメリーや"守護霊"の視界を奪うことに成功した。だが、それはミズハも同じのはず。互いに視界不良の中、ここからどうやって勝ちにいくのだろうか。
「……チッ、小癪なマネを」
霧が発生した途端、メリーは"守護霊"を彼女の付近へと呼び戻した。ミズハの攻撃に備えるためだ。"守護霊"さえいれば、どんな攻撃からも身を守ることができる。
だが、ミズハは何も仕掛けてはこない。そのまま数分間が経過し、やがて霧が晴れていった。メリーは、試合場の上で棒立ちになっているミズハを発見する。
「……ぷ。くすくす、あははは! なーんで何もしてこないの? もしかして、自分も濃霧で何も見えてなかったとか!? バッカみたーい!!」
「いえ。終わりですよ」
「なに言ってんだか!」
ミズハの言葉を戯言と判断したメリーは、"守護霊"を彼女の元へと差し向ける。これで決着はつくと、そう確信していた。
しかし。
「強者であるという油断。守護霊への過信。そんな慢心こそが、あなたの敗因です」
メリーはバランスを崩す。地面が揺れ、足下が崩れ落ちていく。
「えっ――――」
地震ではない。文字どおり、足下の試合場にひびが入り、崩れてしまっているのだ。
「『な、なんだこれは――ッ!? 試合場が、試合場が壊されていく……ッ!?』」
「この戦場、石製なので。水流で削って、霧の間にこっそり壊させてもらいました。1歩たりとも動かないでいてくれたので、狙いをつけるのは簡単でしたね」
崩れ落ちていく試合場に巻き込まれながら、場外へと落下していくメリーを見届けたミズハは、勝利宣言ともいえる説明を口にした。
先鋒戦
『厄災の匣』百済ミズハ VS 『不動のメリー』六拝メリー
勝者 百済ミズハ(戦場破壊によるメリー場外)
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『守霊』︰クラン『白い狼』のプレイヤー・六拝メリーが使用する異能力。人型の影である"守護霊"を召喚し、使役することができる。"守護霊"は攻撃時以外実体を持っていないため、全ての物理的干渉をすり抜ける。




