[試合開始]
レアンと因縁ができ、試合の相手が決定したあの出来事から一夜明けて。
とうとう、試合開始の時刻が近づいてきていた。
「だからねぇリベル君。凛々しい顔立ちと筋肉質な体格を兼ね揃えた君だからこそ、メガネが似合うと思うんだよ。だからかけない? メガネ」
昨夜の部屋に戻ったときからずっと、チョウノはオレにメガネをかけることを勧めてくる。就寝時間になってからも熱弁するので、全然眠れなかったな。お構いなしに熟睡していたサミダレが羨ましい。
「そういうチョウノはかけてないじゃないか、メガネ。君はかけないのか?」
「それはね、僕は視力が良すぎるんだ。伊達メガネも考えたんだが、僕の異能力とすこぶる相性が悪くてね」
「ああそういや、チョウノも異能力使えるって言ってたか。あ、もしかして虫と話せるアレ?」
「いや、アレは副次的効果にすぎない。その本質については、これからの試合でご覧にいれよう」
「……試合ができれば、だけどね」
オレは鍵のかかったトイレの扉に目をやる。オレとチョウノが他愛ない話をして時間を潰しているのにはワケがあった。
「えっと……。サミダレ、大丈夫?」
「だぁ、ダメかも……。うぇぇ」
起床してからというもの、サミダレの様子はおかしかった。顔色が悪く、トイレに引きこもって嘔吐と下痢を繰り返している。考えられる原因は、ただ一つ。
「生牡蠣……あたった」
「なにをしてるんだこのサミダレは」
昨日、サミダレはバイキングで魚介類を中心に食事を摂っていた。おそらく、そこで食べた牡蠣にあたったのだろうとサミダレは言う。彼はトイレに引きこもり、一歩も外に出られない状況だ。
「どうしよう。この調子じゃ、サミダレが試合に出るのは難しそうだよ」
「サイタマダンジョンで僕が入手していた万能の回復アイテム、『デバフニヨクキーク』をサミダレ君にあげたが……。効果が出るのは二日後だ。今日は安静にしているほかない。思わぬアクシデントだね」
困ったことに、試合開始直前になってメンバーが一人欠けてしまった。マヤとミズハが急遽、プレイヤーを勧誘すべくダンジョンを駆け回っているが、連絡がないということはうまくいっていないみたいだ。
「……僕たちが『白い狼』と戦う、というのは大々的に広報されてしまっている。このダンジョンの支配者である『白い狼』にわざわざ楯突こうという者はそうそういないだろうね」
「困ったな。こうなったら、オレたちも勧誘に加わるか?」
「うーん……。人手が増えたからといって解決する問題でもないと思うけどねぇ」
確かにチョウノの言うとおり、そもそもメンバーに加わってくれそうな人がいないのだから、勧誘の人手を増やしたところで意味はないのかもしれない。
しかし、このままでは今回の試合は棄権、不戦敗となってしまう。ダメだ。それだけはいけない。
「どうしようか、うーん……。ナズナをメンバーに加えるワケにもいかないし……。ん、待てよ。そういえば――」
困り果て、考え込んで無意識に突っ込んだポケットの中に、入っていたとあるモノ。それに触れたオレは、この状況を打開できる、とある助っ人の存在を思い出した。
◆
「やっほ、クラン『白い狼』の諸君。久しぶりだね。献上ポイントの上がりは上々で、『嫉妬罪王』さんもお喜びだよ」
ミトダンジョンの、試合参加者の待機列にて。
鉢巻を目隠しのように、目を覆い隠す形で着用している女性が白石レアンへと親しげに話しかけていた。その女性は道着を身にまとっており、短めに切られたその髪は茶と黒が入り混じったような色だった。
「それはどーも。で、椎原ソウさん。あんた、例の勇者に用があるんですっけ?」
椎原ソウ、と呼ばれたその女性は、『大罪を背負う者たち』の一角であるクラン『エンヴィー・ユニオン』のプレイヤーだった。
実は、レアンたちが属する『白い狼』は『エンヴィー・ユニオン』と同盟関係――いや、正確に言えば上下の関係にあった。レアンたちがミトダンジョンで稼いだポイントを、『エンヴィー・ユニオン』を献上する。その代わり、『エンヴィー・ユニオン』は『白い狼』を庇護する。そういう関係だ。
「うん。なんでもウチのリーダー、『嫉妬罪王』さんがさ、その勇者さんの情報が欲しいらしくて。だから君たちが勇者さんと戦う、っていう報告を受けて、こうしてはるばるこの私がこんな序盤のダンジョンに派遣されてきたってワケ」
「別にあんたが来る必要なかったですけどね。俺ら、勝つっすよ」
「ま、君らに負けるような雑魚なら別にいいんだけどね……。ま、せっかく来たんだから私も君たちのチームに参加して遊んでくよ。主役は君たちに譲るから、私はまあ次鋒くらいでいいかな。あ、メンバー変更の申請よろしくね? でも、『勇者一行』の人たち遅いねー。どうしたのかな?」
「へっ、ビビって逃げたんじゃないスか? あんだけ啖呵切って、逃げるたぁダサいことこの上ねぇ――――」
「誰が逃げたって?」
レアンの言葉を遮るように、『白い狼』のプレイヤーたちの前に現れた岸灘マヤ。その後ろには百済ミズハとチョウノの姿もある。
「……お前か。で、3人しかいねぇのか? あんだけ息巻いといて、例の勇者の野郎はトンズラかよ?」
「んなワケないでしょ。もうすぐ来る――――あ、来た」
ドタドタと、通路を走ってくる足音が聞こえてくる。
そうして現れたのは、リベル・ルドベキアともう一人の人影。
「ふははははは!! 敵は『白い狼』か! この"狂詩曲"シータの相手として不足なし!」
「なっ――――『夢奏楽団』だと!?」
「……へぇ」
リベルが引き連れてきた人物を見て、レアンは驚愕の声を漏らし、ソウは片眉を上げて笑みを浮かべた。
体調を崩し、戦闘が難しい状態になってしまった近藤サミダレ。その代わりにやってきたのは、リベルがバイキングで出会った少女、シータであった。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『エンヴィー・ユニオン』︰シナーズ・ゲームにおける7つの最有力クラン『大罪を背負う者たち』のうち、"嫉妬"の名を冠するクラン。センダイダンジョンを拠点としており、"三本槍"と呼ばれる幹部たちが中心となって組織を運営している。『白い狼』はこのクランに獲得したポイントを献上しており、その対価として保護を受けている。




