[宣戦布告]
「誰だよお前……!」
レアンはマヤのことを睨みつけながら、思わず身がすくんでしまいそうな獣の唸り声をあげた。マヤはちらりとオレに視線を向けた後、レアンの質問に答える。
「私は岸灘マヤ。この勇者――リベル・ルドベキアがリーダーのクラン『勇者一行』の一員だよ。あなたは『白い狼』のリーダー、白石レアンだとお見受けしたけれど?」
「そうだ。俺が白石レアンだ。……ん、待てよ。そうか、勇者……。お前らが『強欲の帝国』とやり合って、山東キョウカを討ったと噂の連中か」
「いや、殺してはないよ?」
やはり、トウキョウダンジョンでの一件があったためにオレたちの名はよく知られているようだ。だが、それでもレアンは物怖じせず、相変わらずこちらに強烈な敵意を向けてくる。
「ハッ、調子に乗ってるみたいだがな。山東キョウカなんざ、ちょいと頭が切れるだけで戦闘は大したことないザコだ。そんなのを倒したくらいで図に乗れるとは、おめでたい連中だぜ」
「あ、そう。それで、あなたはここでこの勇者リベルと戦う気? 悪いけど、彼はルール違反がどうこうとかで止まるような男じゃないけど?」
「どういう意味だ?」
「あなた、殺されちゃうかもよ? この勇者はね、『強欲の帝国』に喧嘩を売るくらいイカれた人だから。ルール違反なんて恐れるはずがない」
ちょっと待った、人を殺すことはしないよ!
と、オレはマヤの言葉を訂正しようとしたのだが、マヤが伸ばした手によってオレの口が塞がれた。
「……んだとぉ? 俺を、殺すぅ?」
「せっかく無事にこの安全なダンジョンでぬくぬくできてたんだからさ。もったいないでしょ、こんなトコで死ぬの。それなら、ちゃーんと安全な試合で決着つけようよ。正々堂々、白昼の下で。……それとも、チャンピオンさんは自信がない?」
「ハッ、ふざけやがって。そうか、お前が『女郎蜘蛛』こと岸灘マヤか。いいぜ、その挑発に乗ってやる。だがなぁ、条件がある」
狼男化の能力を解き、人間の姿に戻ったレアン。顔を真っ赤にし、怒り心頭の表情のままマヤに指を差す。
「あの女はもうどうでもいい、お前らにくれてやる。だが、お前らが負けたそのときは、お前――岸灘が俺たちに従え。……おい、ワカバ!」
レアンが声を張り上げて名を呼ぶと、1人の少女がすたすたと歩いて出てきた。短い黒髪の彼女の外見は、かなり若く見えた。年齢はミズハと大差ないんじゃないだろうか。
「はいはい、分かりましたよー。……『契約』。対象、白石レアンと岸灘マヤ。内容、試合に『白い狼』が勝利時、岸灘マヤは白石レアンの命令に何でも従う。……さて、岸灘マヤ。あなたは、白石レアンに何を要求しますか?」
ワカバと呼ばれた少女は、マヤを見据えて尋ねた。おそらく、『契約』というのが彼女の異能力。契約に関する力のようだ。
「へえ、私からも要求できるんだ。そうだね、それじゃあ――私たちが勝ったら、あなたたち『白い狼』はこのダンジョンを出ていく。"チャンピオン"としての特権を全て手放して、ね。それでどう?」
「……白石レアン。承諾しますか?」
「いいぜ、乗った。ククッ、楽しみだぜ。そのエラそうな面が苦痛に歪むそのときがよ!」
「双方、承諾を確認。両者の要求、均衡を確認。契約が承認されました」
機械的な口調で喋っていたワカバは、契約の承認を宣言するとすぐにその場を立ち去っていった。その様子を見届けたレアンは、NPCに向かって吠える。
「おいNPC! てなワケで、明日の試合はこいつらとやる。セッティングしとけ!」
「は、はい!」
NPCに命令したレアンは、一度脱衣場へ戻ったかと思うと、気を失っていたあの女性を連れてきて、こちらに投げ飛ばした。
「覚悟しとけよ。調子に乗ったそのツケは、払ってもらう」
その捨て台詞を残して、レアンは浴場へと消えていった。気を失っている少女をなんとか抱きとめたオレは、彼女を静かに床に下ろす。
「……ごめん、マヤ。あとありがとう。この場を穏便にすませてくれて。けど、さっきの約束は大丈夫?」
「なに言ってんの。勝算があるからこそ、私は啖呵を切った。……私はこの目で、彼を見たから」
マヤが指差した彼女の眼は、既に充血して赤く染まっていた。『全知』の能力を使用していたことが分かる。白石レアンの能力について、彼女は既に分析を行っていたのだ。なんとも強かだな、とオレは内心舌を巻く。
「それはそうと、リベル。その人は? 中でなにがあったのか、教えてくれる?」
そういえば、皆はオレとレアンがなぜ揉めていたのか知らなかったな。ある程度は察しているかもしれないが、それでも事情も分からぬままにオレの味方をしてくれた皆には感謝しかない。
「ああ、彼女は白石レアンに酷い目に合わされていた人で、彼女を巡って口論になったんだけど……。あ、目を覚ました。おーい、無事?」
「う、うーん……」
その女性は、地面につくほど長い髪の毛が特徴的な人だった。髪色は黒いが、目の色は青い。
「あ、あれ? 私、どうして……。あれ、えっと……誰?」
その女性に、オレはさっきの経緯を説明した。
それを聞き終えたナズナは、頭を深々と下げる。
「ありがとうございます、ありがとうございます! そしてご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
「気にしなくていいよ。オレはリベル・ルドベキア。君は?」
「私は高杉ナズナと言います。本当に迷惑をおかけして、すみません……」
ナズナは、オドオドとしながらまた頭を下げた。そんなに気にしなくてもいいのに。
「でも、悪いことは言いません。みなさんは、急いでこのダンジョンから逃げるべきです! あのクラン――『白い狼』には、勝てない……!」
「……そんなに怯えて、何があったの? 教えてほしい」
マヤの疑問はもっともなものだった。その質問に、顔を俯かせながらナズナが答える。
「……あれは数日前のことでした。このダンジョンにやってきた私たちは、食事会場であいつら――『白い狼』と遭遇しました」
ナズナは不快そうな表情を隠さない様子で言葉を続ける。
「私のクランのメンバーには1人、脚が不自由な人がいます。彼は生前交通事故に遭って片脚を失ったものの、即死はせずしばらくしてから命を落とした。そのせいか、プレイヤーとなってからも片脚が無いのですが――そんな彼を白石レアンは侮辱した」
「……なるほど」
「彼を突き飛ばし、顔に汁物をかけ、その上で悪気はなかった、故意ではなかったとあの男はのたまった。しかも、片脚の癖にのうのうと歩いているのが悪いのだと」
奥歯をギリギリと噛み締め、やりきれない感情を抑えきれずにナズナは震えている。
「当然、私たちは怒りました。すると彼は待ってましたとばかりに、他のメンバーについても身体的特徴や容姿をバカにして挑発し、言い争いはエスカレートしていった」
「……それで、試合で決着をつけることになったんだな。さっきのマヤちゃんと同じように」
「はい。後から知ったことですが、白石レアンはこういう行為を繰り返していたようです。手頃な相手を見計らって挑発し、試合で完膚なきまでに叩きのめす。……そして、"契約"によって捕虜になった敗者を弄び、壊す。みなさんもご存知のとおり、私たちは敗北しました。そして、"契約"のとおりになった」
ワカバという少女の能力、『契約』。その効果は契約内容の強制だと推測される。マヤと同じく、『レアンの命令に従う』ことを契約したナズナは、彼らに囚われることとなったのだろう。
「……許せなかった。クランのみんなは、トウキョウダンジョンから力を合わせて頑張ってきた仲間だったから。でも、私の見立てが甘かった。彼らは強かった。だからいいんです。私みたいになる前に、みなさんは――」
「下劣な男だね。だが、おかげで闘志が湧いた。そうだろ、サミダレ君?」
「ああ。気が合うな、チョウノくん。……なあ、ナズナちゃん。安心してほしい。俺は『無辜の守護団』だ。君たちが保護を願うのなら、安全な場所を提供することができる」
サミダレが所属するクラン『無辜の守護団』は、プレイヤーを保護する組織だと聞いた。その真意はシナーズ・ゲームの水面下で進行する"裏の陰謀"を突き止めるためではあるが、プレイヤーの保護もしっかりとやっているようだ。
「え。いや、でも――」
「気にすんな。俺も、あんな横暴見せつけられたら黙ってられないからよ。明日はとことんやってやる。やる気が出てきたぜ」
サミダレの言うとおり、明日は負けられない。あの横暴な狼を、この手で打ち破ってみせよう。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『白い狼』︰ミトダンジョンの試合に11回連続で参加していずれも勝利している"チャンピオン"、白石レアンをリーダーとするクラン。試合では観客のNPCたちを盛り上げる戦闘を繰り広げる一方、格下と見下した他プレイヤーに挑発行為を行う、チャンピオンとしての"特権"を乱用しダンジョン内の施設を独占利用するなどの高慢な態度を取っている。ミトダンジョンの外へ出る気配が全くなく、シナーズ・ゲームをクリアする気があるのかは不明。『大罪を背負う者たち』のいずれかと繋がっているという噂もある。




