[白い狼]
「いやー、美味しかったね!」
バイキングでの食事を終え、ご満悦な様子のマヤ。驚くべきことに、本当にマヤは全種類の料理を完食した。オレが持ってきたティラミスも嬉しそうに食べていたのでよかったが、2週目に行こうとするのはさすがに止めた。
そんなマヤとは正反対に、あんまり食べていなかったのはチョウノだ。
「チョウノは全然食べていなかったけど、いいのか?」
「ん? ああ。僕は好物のキュウリだけで充分さ。少食なもんでね」
「もったいねぇなー! 海鮮めっちゃ美味しかったぜ! 特に牡蠣!」
「そうだぜムシコゾウ! サシミ美味すぎてほっぺた落ちるかと思ったぜ!」
ワイワイとはしゃぐサミダレたち。そうしているうちに、やがて次の目的地である温泉へと到着した。
「お風呂なんて久しぶりだなぁ。別に汗臭くなったりはしないけど、それはそれとしてお湯に浸かるあの感覚は恋しいかも」
食事・睡眠・排泄のような生理現象は、プレイヤーには必要ない。それは体臭も同じで、暑ければ汗は流すものの汗臭くはならず、また肉体に付いた匂いや汚れはしばらく経つと消失する。そのため入浴の必要はないのだが、精神衛生上、そして感覚的に食事や睡眠を欲するように、身体の汚れを落とす湯浴みもまた欲してしまうものだ。
「……おや?」
温泉施設の入口には、和服を来た女性のNPCが扉を塞ぐようにして立っていた。そんなところにいられると、中に入れないのだが。
「あのー、どいてくれませんか……?」
「あ、お客様。申し訳ありません。本日は、貸し切りでして」
「……貸し切り?」
オレが話しかけると、そのNPCは申し訳なさそうに深々と頭を下げた。どうやら、なにか事情があるらしい。
「本日は、"チャンピオン"こと『白い狼』の皆様が貸し切りでこちらの温泉を使うとおっしゃいまして……。そのため、一般のお客様の入浴はご遠慮いただければと」
「はぁ!? ふざけないでくれよ、"チャンピオン"とやらは、温泉サービス回をカットする権利があるっていうのかい!?」
「……チョウノ?」
意味不明なことを口走って憤慨するチョウノに対し、NPCは頷いた。どうやら、その"チャンピオン"には何らかの特権があるみたいだ。
「はい。『白い狼』の皆様には、"特権"が認められています。このダンジョンにおける最多勝利数を誇る彼らには、VIPルームの利用、温泉の貸し切り、その他特別コースの利用が許可されているのです」
「なるほど。……たぶん、本来なら"チャンピオン"の座はコロコロ変わるものだったんだろう。いくら強いプレイヤーでも、能力がバレちまうこのダンジョンじゃあ勝ち続けるのは難しいからな。"特権"は労力に見合った対価として設定されていたんだろう。でも、クラン『白い狼』――特にあのリーダー、白石レアンという男は連勝を簡単にしちまったワケだ」
周囲を暗黒に包む能力。そのおかげで、白石レアンは実力を観客から隠蔽することに成功している。そのため、11連勝して今だに"チャンピオン"の座に君臨できているのだろう。
「温泉楽しみにしてたんですけどね……残念」
「仕方ねぇさ。ダンジョンによっては、独自のルールが敷かれてる所もある。それには従わなきゃならない。プレイするゲームによってそのシステムはそれぞれ異なっていても、遊ぶためにはそれに慣れなきゃいけないだろ? そういうもんだ」
国によって法は異なるから、その地の法に従え、ということだろうか。納得はしないが、理解はした。ならば仕方ないから、ここはおとなしく引き下がろう。
そう思い、その温泉施設から背を向けて部屋へと戻ろうとしたそのとき。
「や、やめて! い、いや、こんなの――」
「うるせぇ! この、敗者が――」
「う、ぁ――――」
そんな悲鳴と、バン、という鈍い音が扉の向こうからした。
何やら只事ではない事態が、温泉で起きているようだった。
「…………ごめん。入らせてもらうよ」
「あ、お待ちくださいお客様――――」
勝手に身体が動いていた。
扉を開けて脱衣場へと入ろうとするオレをNPCが引き留めようとするが、マヤたちがそれを妨害してくれる。
「行って、リベル」
「ありがとう、みんな」
この温泉施設は混浴のようで、オレが足を踏み入れた脱衣場には一人の男と複数の女性がいた。その男の顔は見たことがある。"チャンピオン"こと白石レアンだ。
「……ああ? 誰だよお前。今日は貸し切りだって、NPCに言われなかったのか?」
レアンがこちらを睨みつけてきているのを感じる。だが、オレの意識は彼よりも、ある女性に向いていた。
「…………う、うぅ……」
ロッカーにもたれかかり、うめいている女性。彼女にも見覚えがある。ついさっきの試合で、白石レアンと対戦していた相手の女性――高杉ナズナだ。
ロッカーが凹んでいることから、たぶん彼女は勢いよく突き飛ばされたのだろうということが分かる。おそらくこの男、白石レアンによって。
「何があった」
「んだよ、誰なんだよお前は――」
「何をしていたと聞いている」
腰にタオルを巻いただけの白石レアンと、彼を取り巻き、くすくすと笑ったり冷たい視線を向けてくる複数の女性。そして、やや服をはだけさせ、ロッカーに突き飛ばされたと思われる高杉ナズナ。浮かび上がる嫌な想像は杞憂であってほしかったのだが、残念ながらそうはいかなかった。
「何、って。この女で遊ぼうと思ってただけだぜ?」
「遊ぶとは?」
「んー、そうだなぁ。水に沈めたり熱湯ぶっかけたりして、どんだけ耐えられるかとか。身体中弄くり回して、残る命の火がどんだけ減るかとかやってみっかな?」
「…………」
ヘラヘラと笑いながら、だんだんとオレに近付いてくるレアン。襟首を掴まれ、彼の顔面が目の前に迫る。
「んだよ、なんか文句あんのか? コイツは試合で、俺に負けた。負けたら、コイツは俺たちに従う。そういう契約だったんだよ」
「……この女性を解放しろ。さもなければ、オレは強硬手段に出る」
「ハッ! 笑わせるぜ。俺が誰なのか分かってねぇようだな。――『人狼』!」
その言葉を言い放った途端、白石レアンの姿は毛むくじゃらの怪人へと変貌した。鋭い牙とたくましい筋肉を持つ、二足歩行の獣。それはまさに、『人狼』だった。
襟首だった彼の手が掴む先はオレの首へと変わり、そのまま投げ飛ばされた。崩れた壁を突き抜け、脱衣場の外まで吹っ飛ばされる。
「……ふう。びっくりしたなぁ」
「リベル!?」
なんとか着地し、剣を手にして応戦の姿勢を取る。何事かと、待っていてくれたマヤたちが駆け寄ってくるが、オレはみんなを制止する。
「危ないよ。狼が来る」
「フゥゥゥゥ。大口叩くだけあって、なかなかタフじゃねぇか。だが、残念だったな。このダンジョンじゃあ、試合以外でのプレイヤーどうしの戦闘は禁止されてる。俺に手を上げたら、お前はルール違反だ」
「それは君も同じだろ」
オレを追ってきたレアンの言葉に反論したものの、彼は嘲笑うように手を叩いた。
「ばぁ〜か! 俺にゃあ特権があんだよ。この程度のルール違反なら、揉み消してもらえる。そうだろ、NPC!」
レアンに睨まれ、しぶしぶ目を逸らすNPC。そうか、これも"特権"のうちか。
「それならそれで、やりようはあるさ」
「はぁ? いったいどうする気だよ」
高速移動であの女性を助けて逃げるか。
または、周囲に気付かれぬように魔術でレアンを倒すか。
いずれにせよ、行動を開始しようとするオレだったが。
それは、マヤに止められた。
そして彼女は、狼男と化したレアンに目を向けて言い放つ。
「この続きは、試合で決着をつけない?」
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『クロキツネ』︰高杉ナズナをリーダーとする、5人のプレイヤーからなる小規模クラン。トウキョウダンジョンで偶然出会い、協力関係を結んだことで結成された。異能力を有するプレイヤーは1人しかいない。ミトダンジョンでの試合で『白い狼』に敗北したことで、何らかの脅迫を受けている様子。




