[対決・天空の魔鳥]
岸灘マヤがシナーズ・ゲームに参加したのはつい先週のことだった。
享年19歳。若くして死んだ彼女はやり直しを願った。どうしても、死んでも死にきれない理由があったのだ。だからこそ、マヤは死に際に聞こえた謎の声の提案を受け入れ、このゲームへと参戦した。
ゲームに参加した直後、数人のプレイヤーと遭遇し、言葉を交わして別れた。
その後、エネミーと初遭遇。群れで狩りを行い、執拗な追跡をしてくるコカトリス・エネミーは身体能力の高さもさることながら、吐き出す猛毒も厄介だった。マヤは吐きかけられた毒を被ってしまったせいで、痺れつく激痛に苦しめられた。九死に一生を得て命からがら逃げ伸びたものの、その時既に戦意は喪失していた。
こんなに苦しまなければならないのなら、死んだ方がマシだったと後悔していた。
どうして死にたくなかったのか、なぜこのゲームに参加したのか。そんな理由も忘れ、マヤは死に場所を探していた。
だが、ここで『残る命の火』が邪魔をする。身体が頑丈になっているので、そうそう簡単には死ねないのだ。高層ビルの屋上からの飛び降りを10回くらいすれば、胸の炎は消えるだろうが、しかし。そんなの痛い、苦しいに決まっている。普通の人間の身体が脆いのはある意味温情なのだな、とマヤは痛感した。
そんなこんなで痛みからも逃げて惰性で生き延び、数日が経過したある日。
マヤは、とある少女に出会った。
道路のど真ん中に倒れていた一人の少女。『残る命の火』は消えかけで、そよ風に吹き消されてしまってもおかしくなかった。実際には、『残る命の火』はプレイヤーがダメージを受ける以外では消えないのだが、そんなことはどうでもよく。マヤは一心不乱に彼女を救助した。
救助、といっても特別なことはしていない。ただ、廃墟の中、日差しの当たらないところで休ませただけだ。だが、それでも効果はあったようで、その少女は一日も経たないうちに万全の状態にまで回復した。
「ありがとうございます」
その少女は、目覚めるやいなやすぐにそう言った。心からの、感謝の気持ちが込められた言葉だった。
その声を聞いたとき、マヤはまだ生きていたいと思えた。エネミーにはまるで歯が立たず、すぐに心が折れてしまった自分。そんな自分でも、誰かの役に立つことができるのだと思えたからだ。
そんなこんなで、その少女と行動を共にしていたマヤだったが、ある日最悪の事態に出くわすことになった。
シナーズ・ゲーム最大にして最強のクラン、『強欲の帝国』がどういうワケか、少女の命を狙っていたのだ。理由は不明。少女は『厄災の匣』と呼ばれていた。少女は彼らのことを一切知らず、自分がなぜ命を狙われているのかもわからないのだという。嘘をついている素振りもなく、ただ怯え、困惑しているだけだった。
少女の命を狙ってきた刺客の中でも、金髪の男、中臣タカイチには散々にやられた。危うく死にかけたが、何とかその場を切り抜けて逃走に成功した。
だが、次はない。今回逃げ切れたのは奇跡と言っても過言ではなく、今度は二人とも殺される。何か方法はないか、と思案しているうちに、マヤはある話を思い出した。
「困ったら、『払暁の勇者』を頼れ」
このダンジョンへとやってきて初めに出会った人が、そんな話をしていた気がした。異世界からやってきた勇者、正義の味方、ヒーロー。そんな人がシブヤエリアにいるのだという。にわかに信じ難い半信半疑の話だったが、頼れるものは何でも頼りたい状況だったため、マヤは少女を隠れ家になりそうな場所へ残し、藁をもすがる気分で単身シブヤエリアへと向かった。
エネミーが大量発生している危険地帯であるシブヤエリアに到着すると、そこには呑気にデスワーム・エネミーに下半身を飲み込まれて助けを求めている男がいた。他のエネミーに襲われなかったとは運がいいな、と思いつつ、『勇者』の情報を得られるかと思って彼を助けた。
……まさか、彼がその『勇者』であったとも知らずに。
彼――リベル・ルドベキアはコカトリス・エネミーと中臣タカイチをあっさりと蹴散らした。さっきまでの冴えない風貌が嘘であったかのように、鎧をまとい剣を手にした彼の姿はまさに『勇者』だった。
「……かっこよかったなぁ」
今、岸灘マヤは、巨大な怪物バジリスク・エネミーのカギ爪にがっちりと掴まれて空に浮かんでいた。天空を旋回しつつ、地上にいるリベルの隙を伺うバジリスク。そのカギ爪が肉に食い込み、骨をギシギシと絞めつける。縦横無尽に飛び回るため、内臓がシェイクされるような感覚に苦しめられ、吐瀉物が喉元まで出かけた。ジリジリと、自分の命が削れていくのが分かる。
これは、死ぬ。
間違いない。
諦観したマヤは、やけに冷静な気分になっていた。二度目の死を受け入れ始めていた。最期に、あの『勇者』を見ることができてよかった、と思っていた。
強く、正しく、強い。ああいう存在が、ヒーロー。
自分のために戦ってくれた、もう大丈夫だという安心感。それは何よりも心地よいものだった。
その感覚が一瞬しか許されなかったものだったとしても、彼女にとってはそれで充分だった。
……ただ、できることなら。
助けた少女が言った「ありがとう」という言葉を思い出す。
「私もああなりたかったなぁ」
最後の最後に出た、心からの本音。
それをぐっと飲みこんで、苦しみを覚悟するためにマヤは目を閉じる。
「死ぬな、マヤ!!」
「!」
それは、遥か天空にすら届く力強い声。
夢かと思い、マヤは咄嗟に目を開く。
「オレはまだ、君に恩を返せていない! だから、生きろ!」
地上に見える、小さな点にしか見えない人の影。確かに、そこからその声は聞こえてきた。
それは、竜の魔力を纏いし宝剣の一太刀。
外敵を噛み砕く破壊の暴力が、眩き光となって再現された絶技の魔術――。
「これなるは牙。万物を切り裂き噛み熟す龍神の牙! 噛み砕け――『白龍神の牙』!」
一瞬で全ては終わった。
まるで、スーパーヒーローが放つような光の線が、大地を揺るがし大気を震わせながら地上から放たれた。その光線はバジリスク・エネミーの首を貫き、一撃でその命を奪う。マヤには一切の傷を付けることなく、正確に、確実に。それがリベルによって放たれた一撃であったことは、すぐにマヤにも理解できた。それ以外は、いったい何が起こっているのか全く分かっていなかったが。
「よ、っと」
放心状態だったマヤは上空から落下していたが、それを空中でリベルが受け止める。なぜ高層ビルを軽く飛び越えられるような跳躍ができているのか、さっきの光線はなんだったのか、どうして勇者だということを隠していたのか――。気になることは山ほどあったが、マヤは第一に自分の気持ちを率直に伝えることにした。
「ありがとう」
空には、爆ぜた光の粒子が花火のように美しく光り輝いていた。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『残る命の火』︰プレイヤーの胸部から出ている、触れても熱くはなく他の物に燃え移ることもない不思議な炎。プレイヤーによってその色は異なる。プレイヤーが負傷するとその肉体には一切の外傷が現れないが、代わりに残る命の火の勢いが弱まっていく。残る命の火が尽きた時、そのプレイヤーはゲームオーバーとなり消滅、今度こそ本当に"死"を迎えることになる。