[熱血闘場]
「着いたな! ミ〜ト、ダンジョーン!」
また半日程度の新幹線の移動を経て、オレたちはミトダンジョンへと到着した。ハイテンションな様子ではしゃぐサミダレに、ミズハが尋ねる。
「サミダレさんは、ここのダンジョンもクリアしてないんですか?」
「ああ。このダンジョンは簡単だから、かえって挑戦できてなかったんだよな。クランの仲間も口を揃えて楽勝だった、って言ってたし。ま、俺なら楽勝だろ!」
「フラグですか? やめてくださいよ」
「ちげーし!」
移動中、サミダレはミズハと積極的に会話をしていた。それはもちろん、ミズハを操っていたクラン『天啓の信徒会』についての情報を尋ねるためだったが、しかし今のミズハは『天啓の信徒会』のことをほとんど覚えていなかったために収穫はよくなかった。だが、その会話のおかげで2人はすっかり仲良くなっていた。よいことだ。……若干、ミズハはサミダレのことを舐めている気がするけれど。
「そういえば、サミダレさんって異能力覚醒してるの? 聞いてなかったけど」
「お? そりゃもちろんさ。知りたい? 俺の能力。ふっふっふ、すげぇ強いけど、それは実戦でのお楽しみだな。俺の活躍に目玉飛び出るぜ?」
サミダレは自分の実力にたいそう自信があるようだ。これはありがたいな。チーム戦である以上、実力に自信がある人は頼りになる。
「さて、まずはメンバー集めだね。とりあえず、情報も欲しいしダンジョンに入ろっか」
ミトダンジョンは、これまでとはまた違った雰囲気のダンジョンだった。新幹線乗り場から進んでいった先には、人がごった返す狭い廊下が続いていて、この光景を見たマヤは、『スポーツスタジアムの通路みたい』という感想を口にしていた。
歩いている人はプレイヤーだけでなく、残る命の火がない人間もいた。敵意がないので彼らはエネミーではなく、いわゆるNPCという存在なのだろう。このダンジョンを闘技場らしくするための、雰囲気作りの存在というワケだ。
「プレイヤーの皆様! バトルに参加される方はこちら! 観戦をされる方は掲示板をご覧になり、お好みのフィールドへと向かってくださーい!」
そんな人混みの中で、毎度おなじみのガ・イドが大声を張り上げてプレイヤーたちの案内を行っていた。彼の立っている後ろには、どこで誰がいつから戦うのか、という情報を記載した映像が流れている。
「とりあえず、様子を見たいし観戦してみる?」
「賛成だな。まずはどんなモンなのか、ちょっくら見てみようぜ」
マヤの提案に賛成したサミダレに、オレも同意する。戦いには事前の準備が肝心だし、ここは一旦観戦をしてみることにするか。
「『本日のDブロック第6試合も、とうとう大詰め! 勝ち星を2対2で迎えた両チームの運命は、大将どうしの闘いに賭かっているゥ! 入場するは、赤コーナー、クラン『クロキツネ』のリーダー、高杉ナズナ! 対する青コーナー、このダンジョンで11戦無敗の"チャンピオン"! クラン『白い狼』のリーダー、白石レアンだぁぁ!!』」
観戦のため実際に戦場の観客席へと足を運ぶと、そこではチーム戦の最終試合が執り行われていた。舞台は、チバダンジョンでオレがアルさんと戦ったあの闘技場をやや大きくしたような戦場で、同じく周囲には水が張ってある。そこに落下する、もしくは戦闘不能の判定を受ける、そして降参することで敗北となるようだ。
また、この試合の形式は、チームのメンバーが1人ずつ戦っていき、最終的に勝者が多いチームの勝利、というルールになっていた。たとえ1人が負けても、チーム全体で勝てればクリア扱いとなるようで、確かにこれまでのダンジョンと比べて攻略難易度が低い。
「……今、アナウンスで気になること言ってたな。『11戦無敗』……。てことは、その白石レアンとかいう男はクリアしてんのに、このダンジョンにまだいるってことか。なんのために?」
闘技場に鳴り響いた爆音のアナウンスを耳にしたサミダレが、気になった点を指摘した。その答えは、置いてあったパンフレットを読んだマヤが教えてくれる。
「このダンジョンで試合に勝つと、『ポイント』が大量に獲得できるみたい。それ狙いかもね」
「あー、なるほど。確かにそりゃデカい」
「……? サミダレ、『ポイント』ってなんだ?」
マヤの言葉を聞いたサミダレは納得の反応を見せていたが、オレにとってはちんぷんかんぷんだ。『ポイント』ってなんのことだろうか?
「リベルくん。『ポイント』ってのは、シナーズ・ゲームにおいて重要な要素『アイテム』と交換ができる、いわば通貨、お金みたいなもんだ。『アイテム』ってのは、その名の通り道具なんだが……異能力みたいな超常的な現象を発生させたり、ダンジョンの攻略に役立ったりする特殊な道具でな。武器とか食料とかは、誰でも無償で入手できるが――『アイテム』はそうはいかない。『ポイント』が必要になるのさ」
「『ポイント』は他のプレイヤーとの戦闘で勝ったり、エネミーを倒したりすると獲得できるみたいだけど、雀の涙でしかないんだよ。だから、それを大量に獲得できるチャンスは値千金なんだろうね」
サミダレの説明、そしてマヤの補足のおかげでオレも事情を理解できた。つまりは、報酬がオイシイってことだな。それなら確かに、戦力の充実のために試合を周回するのも一つの策だろう。だが、それならとある疑問が湧く。
「でもよ、そしたら試合に出まくればその『ポイント』ってヤツがガッポガッポじゃねえか。バランス崩壊しねぇのか、フワフワコゾウ?」
サミダレに対して質問するアカツキ。オレも、アカツキと同じ疑念を抱いていた。ミトダンジョンはゲームオーバーになりにくい、危険性の低いダンジョンだ。勝つ必要があるとはいえ、報酬を大量に獲得できたらそれはこのシナーズ・ゲームのバランスが崩壊しかねないのではないだろうか。
「ふわふわこぞう? え、俺のこと? ……まぁ、その疑問は当然のことだな。だけど、この試合に出場するのには、とあるデメリットがある。みんな、周りを見てみな」
サミダレに促されて、周囲を見回してみる。
観客席にいるのはほとんどがNPCではあったが、プレイヤーも少なくはなかった。そして一部のプレイヤーたちは、双眼鏡やカメラ、メモの道具などを準備し、戦場を真剣に注視していた。
「バレるんだよ、自分の情報が。1・2戦くらいならともかく、何度も戦ってりゃその異能力や戦法、性格なんてものも公になる。そしたら、対策も取られちゃうんだよなぁ。ここならともかく、他のダンジョンじゃあ負けたらそれは"死"だ。情報のアドバンテージはデカすぎる」
なるほどな。自分の手の内が完全に露呈してしまうのは、確かに嫌だ。弱点も欠点も丸裸な状態じゃ、勝てる戦いも勝てなくなる。
「それを承知の上で、あの白石レアンとかいう男はポイントを稼いでるんだろうな。自分はポイント稼ぎに専念して、ダンジョン攻略は仲間にやらせてるとか? ……あんまりいい組織構造とはいえないぜ」
サミダレは、戦場に姿を現した白石レアンという男に視線を向けながら言った。白い髪と、両腕に彫られた刺青が特徴的な男だった。彼は拳を振り上げ、観客席のNPCたちに向けてパフォーマンスを行っている。
「観客どもぉぉぉっ! 今日も、俺様のハンティングショーを見に来たのかぁぁぁ!?」
「うおおお!!!」
白石レアンの一挙手一投足に反応し、NPCたちは大興奮の様子で沸き上がる。流石は"11連勝中のチャンピオン"か。こういった試合には場慣れしているようだ。
「…………」
一方、対戦相手である女性――高杉ナズナは一切口を開かず、ただ白石レアンのことを注視していた。緊張からか、手にしているナイフがカタカタと揺れている。そんな彼女を嘲笑するように、レアンは舌を出して口の端を釣り上げた。
「緊張してんのか? そりゃそうだろうな。だって負けたらお前は"契約"に則って――――。……でも安心しろよ。お前の負けは確定しているからな」
2人の会話を聞き取ろうと、魔術で聴力を強化していたオレだったが、観客の歓声のせいでレアンが発した言葉の一部が聞き取れなかった。
挑発とも取れるレアンのその台詞を受けて、高杉ナズナは激昂する。
「……バカにして! 仲間がここまで繋いでくれたんだから、私は負けられない!」
「…………ハッ。馬鹿はどっちだよ。お前さ、本気で、お仲間どもが実力で2勝できたと思ってんのか?」
「え……?」
動揺するナズナに指を差し、レアンはニヤついた表情のまま口を開く。
「圧勝じゃ、観客は盛り上がらねぇだろ? エンターテイメントだよ、そんなのも分かんねぇとはなぁ――――っと、試合開始か」
2人の会話はそこで終わり、直後試合開始の合図がなされた。間合いを見定めるナズナに対し、レアンは堂々と仁王立ちしたまま、指をパチンと鳴らした。
「さあ、ショータイムだ」
その後起こったのは、自分の目を疑う光景だった。
まるで唐突に夜が訪れたがごとく、試合場を闇が包んだ。そして妙なことに、真っ暗闇になっても動揺する観客は一部のプレイヤーのみで、NPCたちは困惑すらしない。むしろ、ワクワクとした表情で前を向いていて、そんな彼らの様子に不気味さを感じた。
また、不思議なことに、時間が経過しようとこの闇には眼が慣れる気配が全くなかった。それなりに夜目が利くオレですら、この闇の中ではいつまで経っても何も見えない。
そして時折、獣の唸り声らしき音と、人が殴打されているような鈍い音が響く。観客は、その音を鑑賞しているかのようだった。
そうしているうちに、やがて闇が消えていき、試合場に立つ白石レアンの姿が顕になる。そんな彼の足下には、高杉ナズナが残る命の火を半分ほど削られた状態で這いつくばっていた。
「か、は――――」
「どうだ観客の皆! 今回も、しっかり1分以内の勝利だ! 狼が狐を喰い殺してやったぜ!」
沸き上がる観客席、そして鳴り響く決着の合図。ナズナが戦闘不能と判断されたことで、試合は白石レアンの勝利に終わった。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『ミトダンジョン』︰"熱血闘場"の異名を持つ、闘技場風のダンジョン。5人のプレイヤーでチームを組み、他のチームと1人ずつ対戦していき、最終的に勝利数が多いチームがダンジョンをクリアとなる。試合の形式上、ゲームオーバーになることは少なく、試合に負けても再チャレンジできるため、攻略難易度は低く、ランクEとなっている。




