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[出立]


 アルさんと別れたオレは、ふらふらと道を歩いていた。

 別れ際にアルさんに口づけされた首がまだ熱い。いや、これは全身が熱いのか? ああ、思考がまとまらない。アルさんの姿が、脳裏に焼き付いて離れなくなってしまっている。


 いけない、と頭を振る。こんな状態では、マヤに堂々と会えない。気持ちを切り替え、頼れる勇者としての自分に戻らなくては。


 と、そんなことを考えているうちに、どうやらマヤのいる目的地に辿り着けたようだ。遠くから、マヤらしき女性の声が聞こえてくる。耳を澄まし、その声の元へと近づいていくと――。

 


「頑張れぇぇヒーローマン! 負けるなヒーローマンン!!」


「が、がんばれぇ〜。……な、なぁ、恥ずかしくねぇの、マヤちゃん?」


「うおおおお!!」



 ……?

 どういう状況だろうか。


 屋外にある劇場のような施設で、舞台の上で戦っている怪人と戦士。それを眺めているマヤが、大興奮で歓声を上げている。その隣で、栗色の髪の男が、疲れた様子で恥ずかしげに声を出していた。


「『よいこの皆! 悪の怪人・クジラホエールを倒すため、皆のエネルギーが必要だ! この俺・ヒーローマンを応援して、みんなの必殺技エネルギーをくれ!』」


 舞台の上で、観客であるマヤたちに向けて応援を要請する仮面の戦士、ヒーローマン。マヤはすぐに激励の声を上げて、ヒーローに力を渡す。


「いけ、ヒーローマン! 悪の怪人をやっつけろ!!」


「が、がんばえ〜」


 隣の男の応援もあり、力が溜まったらしきヒーローマンは、全力を振り絞ったパンチを怪人に対して繰り出した。派手な演出がなされ、劇場に爆音が鳴り響く。


「食らえ、ヒーロー・パァァァンチィッ!!」


「グオォ、おのれヒーローマン、そしてよいこの皆ァァァッ!!」


 怪人は瞬く間に爆発四散。勝利したヒーローマンは、感謝の手振りを見せると、すぐさまどこかへ消えていった。

 その演劇を見届けたマヤは、心底満足そうな表情をしていた。


「ふう。なかなかアツいヒーローだった。ヒーローショーとか、初めて見たよ。楽しかった」


「……マヤちゃん、特撮ヒーロー好きなんだな。まさかここまで気に入るなんて――って、ん? なあ、あの子ってもしかして」


 マヤの隣にいた男が、オレの存在に気付いたようだ。マヤもこちらを向き、そして手を振る。


「あ、リベル。お疲れ、デートはどうだった?」


「楽しかったよ。しっかりアトラクションもクリアしてきた。そっちも、楽しくやれてたみたいだね」


「うん。この"ハラハラ!ヒーローショー"を見終えて、これでチバダンジョンはクリアだね。それで気になってると思うけど、この人が――」


「よっ! 君が異世界の勇者クンか。俺は近藤サミダレ。『無辜の守護団』っていうクランの一員で、この先君らと少しの間、同行させてもらうことになったんだ。よろしく!」


 サミダレと名乗った男は、明るい雰囲気で親しみやすい青年だった。オレも挨拶をし、彼と会話をする。ダンジョンの出口に向けて歩きながら、彼のクランのこと、そしてシナーズ・ゲームの裏で巻き起こっている怪しげな陰謀について、彼から話を聞いた。




「なるほど。クリアしても抜け出せないゲーム、そして『大罪を背負う者たち(ビッグセブン)』……。君たちがこのゲームを疑うのも当然のことだ。ま、こういう話って裏があるのがほとんどだし、いまさら驚きはしないけれど」


 シナーズ・ゲームのような、大規模な催し物には開催者の策略や陰謀があるのはよくあることだ。オレの世界でも、魔物が子供を攫うために開いたサーカスだとか、強者の魔力を奪うために開催された武闘大会だとかはよくある話だった。


「うん、オレも君たち『無辜の守護団』に協力するよ。これからよろしくね、サミダレ」


「ああ、こっちこそ。あの勇者クンが味方についてくれるというのは、オレとしても心強い!」


 サミダレと握手を交わし、互いに信頼を示し合う。クランのメンバーに加わるワケではないが、これで仲間が一人増えたな。男女比が一対一でちょうどいい。……そういや、アカツキって性別どっちなんだろうか? どうでもいいけれど。


 あと、サミダレの話を聞き、アルさんが話していた言葉の意味も理解ができた。『罪王』というのは、ゲームで巨大な勢力を誇る七つのクラン『大罪を背負う者たち(ビッグセブン)』のリーダーのこと。彼らが関わっているであろう、ゲームの裏で進行している企みは、プレイヤーたちに危険が及ぶ、いや、それ以上に危ないものなのかもしれない。なぜなら、アルさんは『罪王』を殺さなければならない、と言っていた。オレの力で殺害しなければならないほどに、その企みは危険なものなのかもしれない。


「…………」


 改めて、気を引き締める。

 このシナーズ・ゲームがオレにとって、生き返ることが目的の試練などではなく、もしかすると巨悪と対峙する冒険になる可能性ができた。前者ならともかく、後者なら失敗はできない。かつて生前に戦った凶悪な魔物たち――そして魔王との戦いのように、勇者であるのなら悪には負けられない。


「……リベル、大丈夫? 険しい顔をしてるけど」


 そんなオレの表情を見かねたのか、マヤが声をかけてくれた。

 そうだ。

 今のオレには、仲間がいる。それが何より心強い。共に戦ってくれる人の存在がこれほど安心するとは、思いもしなかったな。もっと早くに気付きたかった。


「大丈夫だよ。ありがとうマヤ。少し考え事をしてただけ。……って、もうすぐダンジョンの入口に戻ってきたね。お、あれは――」


「リベルさーん! マヤさーん!!」


 遙か先の視線の向こう、ダンジョンの入口付近で、手を振っている少女の姿が見えた。ミズハだ。すっかり顔色が良くなったミズハが、アカツキを頭に乗せて出迎えてくれた。体調は良くなったみたいだな。よかった。


「こんちゃーす、はじめまして! 俺、近藤サミダレ! 君がミズハちゃんだね?」


「誰ですかこのおじさん」


「おじさっ…………。お兄さんだよ、お兄さん。ひやっとする言葉やめてね?」


 ミズハとサミダレが会話をしている間に、オレとマヤはいつも通りダンジョンの入口に立っているガ・イドに話しかける。尋ねるのはもちろん、次に向かうダンジョンについてだ。


「都道府県の位置的に、フクシマダンジョン――福島県に向かうのなら茨城県を経由していったほうがいい。てことでガ・イド、茨城県に該当するダンジョンについて、教えてくれない?」


「ハイ。仰る通りで、フクシマダンジョンに向かうのなら『熱血闘場』ミトダンジョンを経由するのが最短デショウ。ミトダンジョンは難易度E、闘技場で他のプレイヤーと戦い、勝つとクリアできるダンジョンです」


 ガ・イドが教えてくれた次の目的地、ミトダンジョンはどうやら闘技場で戦うダンジョンのようだ。アルさんと闘技場のアトラクションで戦ったので、オレはまたかーと思ってしまう。


「ミトダンジョンの特徴は、なんと言ってもチーム戦。5人VS5人、星取り形式の団体戦なのデス。しかも殺しは反則、正々堂々の戦場ですので、皆様にも楽しんでいただけるカト」


 だが、ガ・イドの付け加えたその情報で、オレはミトダンジョンに興味が湧いた。それならオレでも楽しめそうだ。団体戦というのも興味を惹かれる。


「闘技場……茨城県要素なくない? ま、いいや。それにしても、5人かぁ……。私、リベル、ミズハ、そしてサミダレさんでも4人。あと1人、誰か必要だね」


「ご安心ヲ。ミトダンジョンではクランを超えたチーム作りが可能で、現地でメンバー集めは容易デス。まずは気軽に、ダンジョンを訪れてみることをおすすめシマス」


 ガ・イドの言う通り、オレたちはとりあえずミトダンジョンへ向かうことにした。新幹線に乗り込み、チバダンジョンを後にする。

 約半日の滞在だったが、オレにとってこのダンジョンでの記憶は深く心に刻み込まれた。アルさんとデートをしたこのダンジョンのことを、オレは決して忘れはしないだろう。

[シナーズ・ゲーム TIPS]


暴食會(ぼうしょくかい)』︰シナーズ・ゲームにおける有力な7つのクラン、『ビッグセブン(ビッグセブン)』の1つに数えられるクラン。リーダーはアルヴォレア・ギューラだが、彼女を含むクランを構成するメンバーたちの素性は他のプレイヤーからほとんど知られていない。その名前だけがゲーム上で存在している、という奇妙なクランである。

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