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[暴食罪王]


「岸灘マヤは、この先をずっとまっすぐ進んでいった先にいる。迎えに行ってあげるといい」


 コロシアムを出たオレに対し、アルさんはナビを見ながらマヤの居場所を教えてくれた。

 これで、アルさんとのデートも終わりか。楽しかったが、やっぱりさっきの戦いのせいで情けない感情が拭えない。本気で戦うと言いつつ、どこか油断があったのではないか。その後悔が付きまとっている。


「勇者。今日のデートはどうだった?」


 そんな落ち込んだオレに、アルさんはデートの感想を問いかけてきたため、ぎくりとしてしまう。すぐに答えられずにいると、アルさんが先に口を開いた。


「ワタシは楽しかった。自分の感情を再確認できた。ワタシは今日という日を、絶対に忘れないだろう」


 笑顔でそう答えたアルさんの表情は、オレの心のもやもやを全てかき消した。そして確信した。もし、オレが生前に彼女と出会っていたのなら、この強さを内包した美しさに心惹かれたのだろう。

 おかげで、オレも率直な感想を述べることができる。


「オレも楽しかったよ。けど、悔しかった。次は負けない。君よりずっと強くなって、ふさわしい勇者になってみせるよ」


「そうか。楽しみだ」


 ふらり、とアルさんは距離を詰めてきた。

 彼女の顔が近付く。


「……アルさん?」


 彼女の腕が、オレの背へと回される。

 わずか数センチの目前に迫ったアルさんの顔に、オレは身動きが取れなくなった。

 


「愛している。……次に戦う時は必ず、ワタシを殺してみせてね」



 その言葉は呪文のように、オレからあらゆる意志を奪った。脳みそが沸騰して、考えがまとまらない。

 そんなオレに追い打ちをかけるように、アルさんの頭部が視線のやや下へと潜り込んだ。オレの首に、彼女の唇がつけられる。


「さよならだ」



 アルさんがオレの目の前から立ち去り、その姿が見えなくなるまで。石像になってしまったかのように、オレは1歩たりとも動くことができなかった。






「……さて」


 勇者リベルと別れを済ませ、一人でチバダンジョンを歩くアルヴォレア・ギューラ。しばらく行ったところで彼女は立ち止まり、そして不快極まりないといった表情で口を開く。


「いるんだろ? 出てこいよカスども」


「……どういう了見なのかなー、おねーさん。なんで勇者を殺さなかった? 催眠術は効いてなかったのかな?」


 ぞろぞろと、『疾走の暗殺団(スプリント・キラーズ)』のプレイヤーたちがアルヴォレアを取り囲むように現れた。彼らは銃や刃物など、各々の武器を携えて彼女に迫った。そんな男たちに対し、アルヴォレアは眉間にシワを寄せながら言葉を吐き捨てる。


「オマエらのせいで、完璧のはずだったデートに水を差された。最悪だ。責任取れよ」


「アラアラ、怒ってるの? でもね、俺様の能力効いてないてめぇに苛ついてんのはこっちなんだよ。演技だったのか? 異能力(デュナミス)を無効化する能力でも持ってんのか!? 俺様をおちょくってたワケ?」


 リーダーであるタタキは頭に血が上った様子でアルヴォレアに怒鳴りつける。自分の能力を無効化された挙句、手玉に取られたのがよっぽど癪に障ったようだ。


「黙れよ。そんで勇者と直接対決せずに、ワタシを襲うあたりが小物感出てるな。女だから甘く見たか? 暗殺しかできない雑魚の群れが」


「クソアマが、よほど泣かされてぇみたいだなぁ!? ヤッちまえお前らァッ!」


 タタキは、アリが入ったプラスチック製の試験管をアルヴォレアへと投げつけた。直後、アルヴォレアの動きが停止する。15メートル以上距離を取っていた男たちは、身動き取れなくなったアルヴォレアへと襲いかかった。


「うへへ。一目見たときから、いい女だと思ってたヨン。そんじゃ、好き放題しちゃお〜」


 下心剥き出しな男の一人が、アルヴォレアの胸部へと触れる。

 だがその直後、彼女の肉体の異様な点に気が付いた。


「…………え?」


 アルヴォレアの肉体は、どの部位もまるで石膏像のように硬かった。そして、死体のように冷たい。人間の肌とかけ離れた感触の肉体に、男は思わず手を引っ込めた。


「おい、どうした? 好き放題やるんだろ? そんな萎えた表情してくれるなよ、なぁ?」


「なっ、お前、どうして動け――――」


 さらに、アリの力によって行動が停止させられていたはずなのに、アルヴォレアは不敵な笑みを浮かべて喋ることができていた。そして、彼女の拳が男の顔面へと突き刺さる。


 直後、男の頭部は割られたスイカのように粉々になった。血しぶきが噴水のように吹き上がる。


「……は? な、なんでサブヤ……? 残る命の火(ライフメーター)があるだろうに、なんであたま、くだけて……?」


 男たちの間に動揺が走る。

 そんな彼らを嘲笑うように、アルヴォレアは高笑いをし始めた。


「あはっ、あはははははは!! ……あーあ、疲れた。勇者にこんな汚れたワタシ、見せたくなかったからさ。無理して本性を隠してたけど、もう必要ないよね」


 アルヴォレアの背後からチューブのような数本の触手が生え、あっという間に男たちを絡め取った。そして彼女の服がはだけ、腹部が顕になる。そこから大きな『口』が出現し、開いて唾液を垂らした。


「ば、ばけもの……ッ!」


「まさか、てめぇ、嘘だろ……?」


「そこのリーダーさんは察したみたいだね。このワタシの正体を」


 アルヴォレアは足下に転がる死体から流れ出ていた鮮血に手を浸し、そして顔面に化粧を塗るようにしてその手を舐め取った。その血と狂気に染まった恍惚の表情を浮かべながら、彼女は真の名を口にする。


 

「『大罪を背負う者たち(ビッグセブン)』の一角――『暴食會』のクランリーダーにして、『暴食罪王』アルヴォレア・ギューラ。それこそが、ワタシの正体」


 

 無数の触手を揺らめかせ、腹部から伸びた大口をかっ開き、血を浴びてカラカラと笑うその様はまさに化け物や外道の類。


「でもさ、ちょうどよかった。ここ数日、勇者と会うために断食してたんだ。ほら、死臭がする女とか最悪でしょ? ……はぁ、お腹空いた。イライラするし、ドカ食いしたい気分」


「……待て、待ってくれ……おまえ、まさか――――」


「いただきます」







「ごちそうさまでした」


 数分後、アルヴォレア・ギューラは何事もなかったかのように道端に立っていた。彼女を取り囲んでいたはずの男たちの姿は影も形もなく、彼女の足下に転がっていた死体も血の一滴たりとも残さずに消えてしまっている。


「そう、ワタシは悪鬼外道。勇者と一緒にいてはいけないんだ。……でもね、ワタシを仲間に誘ってくれたあの提案は、とても嬉しかったんだ。ああ、勇者。ワタシの愛するヒトよ」


 寂しげな表情で、アルヴォレアは孤独に独り言を呟く。そして自らの唇に手を当て、そして首を擦りながらどこかへと立ち去っていった。


「次に会った時は必ず、ワタシを殺してね」

[シナーズ・ゲーム TIPS]


『暴食罪王』︰『大罪を背負う者たち(ビッグセブン)』の一つに数えられるクラン、『暴食會』のリーダー。その正体はアルヴォレア・ギューラであり、彼女の正体を目撃した者は必ず始末されている。戦闘時には背中から触手が伸び、腹部には大きな口が浮かび上がった異形の姿へと変貌する。異能力(デュナミス)が通用せず、また残る命の火(ライフメーター)がある相手だろうと出血や肉体の破損を引き起こさせる、という異様な性質を秘めている。

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