[勇者の責務]
マヤがサミダレから『大罪を背負う者たち』の情報を与えられ、そして次のアトラクションへと向かおうとしていたのと同じ頃。
クラン『疾走の暗殺団』による、『払暁の勇者』リベル・ルドベキアの暗殺計画は、困難を極めていた。
第一回。生物の行動停止の異能力を持つプレイヤーのアリを利用し、お化け屋敷内に入ったリベルの動きを止めて刺殺を目論むも、頸動脈に切りつけたナイフの刃が根本から折れてしまったために失敗。
第二回。劇場型アトラクションの飲食店にてリベルが購入したドリンクに致死量の数倍の毒物を混入――というかほぼ毒薬そのものを準備して毒殺を狙うも、けろりとした顔で飲み干される。効き目が出た様子は一切なく、『おいしかった』と感想を言われる始末。
第三回。池の足漕ぎボートに乗ろうとしたリベルを、桟橋から重りを付けて突き落とす。行動停止中の数秒間、そして重りによる効果もあり、合計で5分ほどは水中にいたものの、何事もなく生きて戻ってきた。周囲を怪しみ始めたため、暗殺計画を一時中断。
「……どうすりゃ死ぬんだよあの勇者は」
男の一人が頭を抱えて愚痴を漏らす。『疾走の暗殺団』のプレイヤーたちは度重なる暗殺失敗のせいで心底気落ちしていた。
「ここまでうまくいかないのは初めてだヨン……。いっそのこと、あの女でも人質に取ってみる? もしくは危険に晒してみるとかサ」
「……その手段を取るなら確実に成功させなきゃいけねーだろ。相手はあの勇者だ。その怒りを買ったら俺たち、絶対に命はねぇぞ?」
リベルは誰かのために『強欲の帝国』にも喧嘩を売る男である。人質などという手段を取って失敗したなら、確実にその怒りを買うことになるだろう。そのため、男たちはその最後の手段を使う決心ができずにいた。
「そんじゃ、諦めるノン?」
「…………いや。こんな千載一遇のチャンスを逃せるか。よし、リーダーを呼ぼう。あの人なら、どうにかしてくれるはずだ」
男たちは、自分たちのクランのリーダーを呼ぶことを決めた。
そうしている間に、リベルたちは五つ目のアトラクションである観覧車へと乗り込んでいた。
◆
「高ぁーい!!」
"ドキドキグラグラ・かんらんしゃ"というアトラクションに乗ったオレとアルさん。この観覧車のゴンドラには窓がなく、風が吹き抜けてグラグラと揺れるのが特徴だった。けれどそれだけで、しっかり座っていれば窓の外に落ちることもない。
ぐんぐんと、頂上に向かって昇っていくゴンドラ。見下ろす景色は、どんなアトラクションも豆粒のように見える圧巻の光景だった。ここまで空高く飛んだことはオレにもない。
「ふふ。お気に召したか、勇者?」
「もちろん。お化け屋敷、3Dシアター、足漕ぎボート、そしてこの観覧車。アルさんと共に遊べて本当に楽しかった。あと1つで終わってしまうのが残念なくらいだよ」
「嬉しいことを言ってくれるな。ワタシとしてはもっとこのダンジョンで遊んでもいいのだが、そんなことは勇者は望んでいないだろう?」
アルさんの言う通り、オレは先のダンジョンへと急がなければならない。ミズハの身に迫る危険を取り払うべく、四宮トリデをとっちめてやらなきゃいけないからだ。
「ああ。今のオレにはやるべきことがあるんだ。だから、最後のアトラクションを終えたらオレはこのダンジョンを出て、アルさんと別れなきゃいけない。……それとも、アルさんも一緒に来る? オレのクランに」
アルさんと一緒に過ごしたこれまでの時間は、心の底から楽しいと思える時間だった。自分が勇者であることすら忘れそうになる、無邪気な少年に戻った気分だった。だが、それも今だけ。オレは勇者に戻らなくてはならない。
それでもアルさんと別れるのは口惜しく、オレは彼女を仲間に誘った。だが、その提案は断られることになる。
「嬉しいが、それはできない。ワタシは既に他のクランに所属している。……ワタシは、勇者の味方にはなれないんだ。すまない」
「…………そっか」
残念だが、事情があるというのなら仕方ない。それならなおさら、もう少しで終わるこのデートの時間を楽しまなきゃいけないな。
ゴンドラはまもなく観覧車の頂点へ達しようとしていた。窓の外から差し込む落ちかけの夕日が、向かいに座っているアルさんの横顔を優しく照らしていて、オレはその姿に目を奪われる。
「勇者はさ、今も勇者なんだろう?」
「え? それはどういう――」
「いや。リベル・ルドベキアという男は、このシナーズ・ゲームにおいても勇者であろうとしているんだろうな、という確認だ」
その言葉を発したアルさんは、どこか寂しげで、憂いを帯びていて、それでいて誇らしげな表情を浮かべていた。そんな彼女の姿から、オレは目が離せない。
「困った人を救うんだろう。助けを求める人を救うんだろう。それが一度死んでいようが、殺し合いこそが常識の世界であろうが、誰であろうが関係ない。それこそが勇者なのだと、ワタシは教わった。それがあなたの生き方なのだと」
「……そうだね」
「なればこそ、勇者には倒さなければならない相手がいる。無力化などではなく、殺さなければならない相手が。このゲームという盤面を操り、プレイヤーを弄ぶ黒幕がいる」
アルさんは、突然驚くべきことを言い放った。シナーズ・ゲームを牛耳る黒幕がいると、そしてその相手を必ず殺さなければならないと。
「……それは?」
「詳細はワタシの口から話せない。だが、すぐ知ることになるだろう。……7人。勇者が手を汚すのはたった7人でいい。『罪王』を名乗るプレイヤーを討て」
……罪王。
その言葉が示す意味は分からないが、オレはアルさんの話の続きに耳を傾けた。
「嫉妬との決着。怠惰の断罪。憤怒との決別。色欲の討伐。傲慢との衝突。強欲との対決。そして、暴食への葬送。その7つの試練こそが、このゲームのプレイヤーを救うために勇者が成し遂げなければならない責務であり、そして勇者が自由になるために必要なことだ」
アルさんは、直接的な言及を避けてオレが成すべき試練とやらを告げた。その内容はさっぱり分からないが、しかし彼女の表情は真剣だった。おそらく、なにか事情があって詳細は伝えられないのだろう。
「今は理解しなくていい。いずれ分かる時が来る。そして、その時が訪れたなら躊躇するな」
「ありがとう。意味は分からなかったけど、アルさんが大切なことを伝えてくれているってことは理解できた。心に留めておくよ。いつか、この手を汚さなければならない時がくるかもしれないってことを」
オレが人の生命を奪わないのは、ただの自己満足にすぎない。もしそれ以外に手段がないとしたら、その時は――。
「勇者。もう一度訊きたい。あなたは、これからも勇者であり続けるのか?」
アルさんから再び尋ねられる、この質問。さっきとは意図が異なり、おそらくはこの先へと進んでいく覚悟を問われていた。
けれど、オレの答えは変わらない。
「オレは勇者であり続けるよ。それがオレの生き方だから」
「そうか。愚直だな。そんな勇者だからこそ、ワタシは」
その言葉の続きを、アルさんが言うことはなかった。頂点から降りていくゴンドラは静寂に包まれていた。再び乗り場へと戻るまで、沈黙が続いた。
きらきらと輝く日差しが、息を呑むほどに綺麗だった。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『停止』︰クラン『疾走の暗殺団』に拾われたクロオオアリが使用する異能力。発動すると約30秒間、周囲15メートル以内に存在する生物はプレイヤー、エネミー、NPC問わず全て意識を失い、動きを停止させる。アリ本人は能力をコントロールできておらず、身の危険を感じたときにしか発動できない。




