[大罪を背負う者たち]
「……『大罪を背負う者たち』」
その名は、マヤにも聞き覚えがあった。シナーズ・ゲームにおいて強大な戦力・勢力を誇っている複数のクランを指す異名であり、ゲームニュースを眺めていれば嫌でもその名前を目にする。
「奴らにはいくつか共通点があった。まず、クランがいわゆる"七つの大罪"に当てはめられていること。次に、クランのリーダーが『○○罪王』という名で呼ばれていること。そして、シナーズ・ゲームが開始した直後から存在していた最古参のクランだってことだ」
「うわあ。確かに怪しいかも」
七つの大罪に関連した、ゲーム開始直後からいるクラン。確かに、ゲームの『裏』と関わりがあると考えてもおかしくはない。
「よし、ここで一度整理しとこう。『大罪を背負う者たち』のクランについて、今一度解説だ」
サミダレはそのへんに落ちていた石を拾い、アスファルトの地面にガリガリと文字を書き始めた。それを眺めながら、2人は会話を続ける。
「まず、ご存知だろうけど『強欲の帝国』。冠する七つの大罪は"強欲"」
「ゲームで最大の勢力を誇るクランだね。トウキョウダンジョンを拠点にしてる」
トウキョウダンジョンで戦ったマヤたちにとっては因縁の相手であり、その強大さは身にしみて理解している。山東キョウカでさえも、いち幹部にすぎなかった。
「クランのリーダーは、『強欲罪王』グリィダ。分かっているのはその名前だけだ。容姿も素性も不明」
「私たちもトウキョウダンジョンで出会うことはなかった。でも、あんな巨大なクランをまとめ上げるくらいだから優秀な人物であるのに間違いはなさそう」
「次に、『天啓の信徒会』。冠する大罪は『傲慢』。知っての通り、現実世界にも存在する新興宗教団体だ。クランのリーダーは誰なのか不明」
ミズハを『厄災の匣』へと改造したクランであり、マヤたちにとっては現在最優先で追わねばならないクランだ。
「確か、現実世界の教祖は山水ホカゼ、って人だっけ」
「そうだな。素性も性別も不明の、怪しい人物だ。けど、そいつはまだ生きてるはず。クランのリーダーではなさそうだ。たぶん、元信者が集まってできたクランだから明確なリーダーはいないんじゃないか? 誰か一人の代表が『傲慢罪王』を名乗ってるみたいだが」
「『怠惰』を冠するクランは、『怠惰なる寄生虫』。コイツはあんまり聞いたことないんじゃないか? 表舞台には全然姿を現さないからな」
「うん、聞いたことない」
ゲームニュースをかなり閲覧していたマヤでも、その名前を目にすることはなかった。そんなクランが『大罪を背負う者たち』に名を連ねていることに違和感を感じたマヤだったが、しかし。
「奴らは情報収集能力と隠蔽工作に長けてる。情報戦においては一番のクランと言っても過言じゃない。普通のプレイヤーじゃ、その存在を知ることもない相手だ」
「それは厄介な相手だね。戦力はどうなの?」
「正確な数字は分からないけど、『天啓の信徒会』と大差ない力はありそうだ。しかも、プレイヤーをエネミーに変える技術を持ってるって噂すらある。リーダーは『怠惰罪王』レイジー・レイホ。通称"レイ"。女性だ、ってこと以外はよく分かってない」
「分かってないリーダーばっかだね」
「次のクランのリーダーは有名だぜ。『色欲』の大罪を冠する『愉悦楽園』のリーダー、『色欲罪王』五色エイセイ。他のリーダーとは違い、本名そのままを名乗るっていう大胆不敵ぶりだ」
「……知ってる。色んなダンジョンで暴れまくってる人だ。その行動方針は"楽しいかどうか"。クランの協調性も一切なくて、好き放題やってるプレイヤーの集まり」
ゲームニュースで何度も目にしたその男の名を思い出すマヤ。『愉悦楽園』というクラン自体が、他のクランを積極的に襲うプレイヤーの集団であるため悪いイメージしかない。
「統率力が全くない代わり、その自由さを好む強いプレイヤーが何人も所属してるのが特徴だ。プレイヤーの質が高いクラン、と言えるな。俺たち『無辜の守護団』とはおおっぴらに敵対してる」
「でしょうね。プレイヤーを守るクランと、プレイヤーを襲うクラン。相容れるはずがない」
「そんで五つ目に、『復讐連合ラース』。『憤怒』の大罪を冠するクランで、特定のプレイヤーやエネミーに対する強い敵意を持つプレイヤーが多く所属してるのが特徴だ。クランリーダーは『憤怒罪王』アンガー・ドゥーグ」
「それも聞いたことある。確かサッポロダンジョンが拠点で、こっちも強いプレイヤーが多く所属してるんだっけ。で、リーダーのアンガーは熱を操る能力を持つって」
罪王の中では珍しく、『憤怒罪王』アンガー・ドゥーグはその異能力が判明している。その能力『加熱』は、周囲の物体の温度や気温を急激に上昇させる能力だという。
「小柄な少年のような男だな、アンガーは。だが他人に対する殺意が強く、クランのメンバー以外の人間は近付いただけで焼かれて殺される。だからその人柄は全然分かっていない」
「そして、『嫉妬』の大罪を冠するクランが『エンヴィー・ユニオン』。所属するプレイヤーの特徴はあんまりないな。他人にコンプレックスがある人間……とも言えるけど、それはこのゲームに参加したプレイヤーのほとんどに言えることだしな」
シナーズ・ゲームに参加するのは、生き返って人生のやりなおしを求める人間だ。自分の人生に不満があったからこそ、このゲームに参加した。そんなプレイヤーたちに、コンプレックスがないはずはない。
「リーダーは?」
「残念ながら、こっちも不明だ。『嫉妬罪王』はかなり臆病な性格のようで、拠点のセンダイダンジョンから一歩も外に出ようとしない。存在してることは確認できてるんだけどな」
「最後に、『暴食會』。『暴食』の大罪を冠するクランだ。これも聞いたことないだろ?」
「うん、全く。どういうクランなの?」
「それが、俺たちにもほぼ情報がない。所属しているプレイヤーが見つかってないんだ。分かっているのは、『暴食罪王』は確実に存在しているということだけ。その素性も何もかもが謎だ」
マヤは、地面に書かれた『大罪を背負う者たち』のクラン名の全てに今一度目を向ける。
『強欲の帝国』。
『天啓の信徒会』。
『怠惰なる寄生虫』。
『愉悦楽園』。
『復讐連合ラース』。
『エンヴィー・ユニオン』。
そして『暴食會』。
これらのクランが、シナーズ・ゲームが開始した直後から発足していたクランであり、そしておそらくゲームの『裏』を知っている、もしくは関わっていると考えられる『大罪を背負う者たち』のクランだ。
「俺たちはこれらのクランから、情報を手に入れたいと思ってる。下っ端を捕縛して問いただしてみたこともあったが、当然ながら情報は得られなかった。重要な情報に握っているのは罪王、もしくは幹部クラスだろうな」
「でもそんなプレイヤーを捕縛するのは難しい。だから、協力者が欲しいってことね。……そういうことなら、あなたたちに山東キョウカを引き渡せればよかったな」
「いや、それは無理だろ。流石に幹部クラスを捕虜にされたら、『強欲の帝国』も本気で君らを潰しにかかってただろうし。とりあえずは、『天啓の信徒会』と関わりがあった百済ミズハから話を聞きたいな。今はそれくらいでいい」
マヤはサミダレの事情を理解した。そして、ゲームの最大級の勢力を誇る『大罪を背負う者たち』の情報を得られたこともありがたかった。そのため、できる限りのことなら彼に協力してもいいと考え始めていた。
そして不意に、彼女はある疑問を抱いた。
「ちなみにさ、『大罪を背負う者たち』のリーダー、罪王って誰が一番強いの? クランの勢力としては互角なんだろうけど、リーダー本人の強さはどうなんだろうって思って」
「……あー。推察にはなるが、『暴食罪王』だな」
そのサミダレの返答に対して、マヤはおや、と意外に思った。『暴食會』は情報がほとんどない謎のクランだと言っていたため、『暴食罪王』が一番強いと断言されるとは思っていなかったからだ。
「……さっきさ、『暴食罪王』の存在は分かってるって言っただろ? それはつまり、接触の記録自体はあったってことを意味しててだな」
「記録はある? どういうこと?」
「他のクランの、ナビを介した通信を傍受したときに、時々あるんだよ。"『暴食罪王』を名乗る人物に遭遇――"って内容の通信だけが確認されることが。そして、一つ残らずその後の通信は切れてる」
その言葉の意味を理解し、マヤは鳥肌が立つ。
つまりは、『暴食罪王』と接触したプレイヤーは全員、通信を終える暇もなく、一瞬で殺されているということだ。
「姿を隠しているために素性が不明な他の罪王とは違い、『暴食罪王』は積極的に行動している。それでいて、その一切の情報が不明。それはつまり、その正体を知った者はみな消されているってことだ。通信元には、名の知れた強力なプレイヤーだって何人もいたんだぞ? それが、どいつもこいつもあっさりと瞬殺された」
「……まるで死神だね。遭遇することがゲームオーバーを意味してるなんて」
「死神、か。的を得ているな。通信内容には"化物!"だとか"人間じゃない!"みたいな泣き喚く声も少なくない。人間じゃないのかもな、『暴食罪王』は。その強さこそが、『暴食會』が『大罪を背負う者たち』に数えられる理由になっているし」
異常な存在である『暴食罪王』のことを知ったマヤの心を不安が襲う。
異世界の勇者であるリベルは、トウキョウダンジョンの戦いにおいてその強さを見せつけた。罠や計略に翻弄されることはあっても、直接の対決では必ず勝利を収めてきた。そんな彼の姿に、マヤは信頼を抱いていた。
しかし、この先どんな強い敵が立ちはだかるか分からない。リベルの力がどこまで太刀打ちできるか分からない。そんな不安を彼女は取り払おうとしたが、拭いきれなかった。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『大罪を背負う者たち』︰シナーズ・ゲームにおいて、最大級の戦力・勢力を誇る有力クランの総称。各クランが七つの大罪になぞらえられており、各クランのリーダーは『〇〇罪王』という異名で呼ばれている。
『強欲の帝国』、『天啓の信徒会』、『怠惰なる寄生虫』、『愉悦楽園』、『復讐連合ラース』、『エンヴィー・ユニオン』、『暴食會』の7つのクランが『大罪を背負う者たち』に名を連ねている。




