[暗殺者]
「……なあ、アイツ間違いねぇよな」
「ああそうだ。つい最近現れて、『強欲の帝国』の幹部を1人落としたクラン『勇者一行』。そのリーダーで、前から都市伝説にもなってた『払暁の勇者』、リベル・ルドベキアじゃねえか」
茂みに隠れ、こそこそと会話する怪しげな男たち。彼らの視線の先には、アルヴォレア・ギューラと楽しげに会話しながら歩いているリベル・ルドベキアの姿がある。
「隣のエロい女は何者だ?」
「知らね。『厄災の匣』でも『女郎蜘蛛』でもねーな。ま、放っとけ。それより『払暁の勇者』だ。アイツの首を持って行きゃァ、『強欲の帝国』からたんまりせびれるんじゃあねぇか?」
物陰からリベルを狙っているこの数人の男たちは、クラン『疾走の暗殺団』に属するプレイヤーたちだった。ダンジョンを攻略したプレイヤーを暗殺し、ダンジョンクリアの証――ダンジョンタイトルを奪ったり、強力なクランから資金や情報と引き換えに暗殺の依頼を請け負うクランである。
「でもサ、相手は『鉄の参謀』山東キョウカをやっちまいやがった勇者だヨン? そーそー簡単にやっちまえる相手でもねぇーでション?」
「安心しな。リーダーから、コイツを授かってる。言ってただろ? 秘密兵器があるって」
男のうち一人が、プラスチック製の試験管のような細長い容器を取り出した。その中には、もぞもぞと動く小さな黒い虫が入っている。その虫の"むね"にあたる部位からは、ちらちらと小さな光が漏れ出ていた。
「なんすかソレ。アリンコ?」
「ただのアリンコじゃねぇ。『イレギュラーズ』……つまりコイツもプレイヤーだ。知ってんだろ? あの勇者と同じような、普通の人間じゃないプレイヤーのことだ。そんでおい、あそこの時計見てろよ?」
男はそのアリが入った容器をぶん、と振った。直後、男たちが見ていた時計の針が30秒ほど後へ、一気に進む。
「うえっ!? なんだよこれ、時間が――」
「このアリンコ、身の危険を感じると周囲の生物の動きを止める異能力を持ってやがるんだ。だいたい30秒、周囲半径15メートルくらいのプレイヤーとエネミーは意識が消えて動きを止める。コイツを使えば、確実にあの勇者を暗殺できるぜ?」
うおお、と男たちの間で歓声が上がる。
時間停止――正確に言えば行動停止の能力だが、どちらでも強力な能力であることに変わりはない。こんな代物を手にしたのなら、どんな敵であろうと簡単に暗殺することができるだろう。
「……おっと。目標が動き出したな。どうやらアイツら、お化け屋敷に入るみたいだぜ?」
「ヒュー、デートにゃ定番、暗くて狭くて暗殺にも最適! リア充死すベシ!」
お化け屋敷のアトラクションへ入っていこうとするリベルたち。そこを暗殺の舞台とすることに決めた男たちは、行動を開始した。
◆
1歩進むたび、ギシ、ギシと床が軋む音がする。
その空気はホコリ臭く、周囲は暗くて視認性が悪い。心なしか、冷たい風に吹き付けられているような、そして誰かに見られているような感覚がある。
そんな屋敷のアトラクションを1歩、また1歩と進んでいき、角を曲がった先で。
「ゥアァ〜〜〜」
物陰から、白装束の痩せこけた女性が現れた。
「わあ、白くて可愛いね」
「そうだな、勇者」
この白い服も、和服という服装の一種なのだろう。チョウノが着ていたジンベイとやらとはまた違う衣装だ。オレの世界にはなかった衣服なので、新鮮な印象を受ける。なんだか可愛らしい服装だ。そんな服を着ている痩せたその女性は、困惑したような表情を浮かべてオレたちを見送ってくれた。
「ァ、ァァ……?」
「だが勇者。デート中に他の女を可愛いなんて言うのはありえないぞ。ワタシだから許すが、以後気をつけるように」
「あっ、そうなの!? ……ごめん。悪かった」
アルさんはオレとの"デート"の最初の舞台として、この"ドキドキっ!お化けやしき"を選んだ。なんでも、デートには定番の場所なんだとか。吊橋がどうたらこうたら、らしい。吊橋と聞いて、命の危険があるアトラクションなのかと警戒していたが、実際には可愛らしいキャラクターたちを見学できるアトラクションのようだった。気分転換にちょうどいい。
「……まあ、分かりきっていたことだが。この程度で驚いたりはしないよな、勇者は。魔物のほうがよっぽどグロテスクだろう」
「あ、あの火の玉、トウキョウダンジョンで見たな。なるほど、あのエネミーの元ネタはあれだったのか」
「この調子じゃ、吊橋効果とやらは見込めそうにないか。残念」
◆
一方、こちらは準備を整えた暗殺者たち。
「じゃあ、鉄砲玉のサブヤ! 俺がアイツらの近くでこっそりアリンコの能力を使う。そしたらお前が突撃して、ヤツの喉笛をかき切れ!」
「うっす、俺行きマース! へっへっへ」
ペロペロ用のナイフを舐めながら、もう片方の手に持ったナイフを振り回すサブヤと呼ばれた男。
彼はアリの行動停止の能力範囲外である指定の場所へと移動して待機し、実行の合図を待つ。
「……5秒後、やるぞ」
「よし来たぁ!」
タイムリミットは30秒。その間に、一気に15メートルの距離を詰めて標的を暗殺しなくてはならない。ひらけた場所ならそんなことは容易だろうが、ここはお化け屋敷という施設の室内。実際には15メートル以上の距離があり、そして薄暗く入り組んだその構造から、標的まで辿り着くのには必要以上に時間を要するだろう。
だが、このサブヤという男は障害物を乗り越えて走るのには慣れていた。鮮やかに狭い室内を駆け抜けていき、そして標的であるリベルの背後へと忍び寄る。リベルもアルヴォレアも、時が止まったかのように瞬き一つすることなく静止していた。
「いただきッ!」
ナイフを正確に、リベルの首元へと当てる。
プレイヤーの肉体が頑丈になっていて、外傷が発生しないシナーズ・ゲームにおいても急所というものは設定されており、頸動脈を切り裂かれれば大ダメージを与えることができる。そのまま主要な動脈や心臓をメッタ刺しにすれば、必ずリベルを暗殺することができただろう。
……できれば、の話ではあったが。
パキン。
「……えっ?」
サブヤが全力で振り切ったはずのナイフの刃が、根本からポキリと折れていた。まるで岩にナイフをぶつけたかのような感触が、刃先をリベルの首に当てた瞬間に伝わった。じんじんと震えている自身の手と折れたナイフを見比べて、信じられないものを見ている気分になる暗殺者サブヤ。
攻撃が急所判定になるには、その攻撃が通用していなくてはならない。刃がその皮膚を通らなかったため、リベルの残る命の火は微動だにしていなかった。
第一回勇者暗殺、失敗。
サブヤは急いでその場から逃走する。
◆
「いでえっ!?」
「ん、どうした勇者?」
お化け屋敷を歩いていたら、急に首元に強烈な痛みを感じた。鉄の棒で殴られたかのような感覚がして、意識していれば我慢もできたが、予測できない突然の痛覚だったため思わず大声を出してしまった。
「何かにびっくりしたのか? ふふ、勇者にも可愛いところがあるんだな」
「恥ずかしいところを見せちゃったな。これもお化け屋敷の要素ってことか」
いつまた攻撃を仕掛けられるかと戦々恐々としながらお化け屋敷を進んでいったが、結局その後は何事もなく外に出ることとなった。こうしてオレは2つ目のアトラクションをクリアしたワケだが、あの痛みは一体何だったのだろうか。モヤモヤする。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『疾走の暗殺団』︰ダンジョン攻略よりも他プレイヤーの撃破に活動の重点を置く、好戦的なクラン。対象に気付かれずに暗殺を行うのが特徴。他のクランからの依頼を受け、有力プレイヤーを暗殺することもある。ただし、『強欲の帝国』や『天啓の信徒会』のような強力なクランには報復を恐れて喧嘩を売ることはない。




