[でえと]
「ワタシの名はアルヴォレア・ギューラという。勇者、どうかワタシとデートしてくれないか?」
突然話しかけてきたその美女――アルヴォレアは、開口一番ワケの分からないことを言い放ってきた。デート……でーと……でえと? なんだそれは。
「でえと、って何?」
「それはね、男女が2人で遊ぶことさ。勇者、ワタシは暇なんだ。付き合ってくれてもいいだろ?」
アルヴォレアは女性らしい外見とは裏腹に、男性っぽい話し方をする人だった。彼女のその独特の雰囲気に呑まれてしまいそうになる。
「ごめん、君、オレのこと知ってる? さっきから、勇者、勇者って呼んでるし、まるで顔見知りみたいな話しかけ方だったけど」
「……ああ、いや、いいや。ワタシと勇者は初対面だ。そういうことになっている。勇者が勇者だということは――ああそうだ、ゲームニュースで知った」
アルヴォレアは、顔を背け、どこか哀しそうな表情を浮かべてそういった。
……絶対これ、オレのこと知ってる反応だよな。いやそれどころか、結構深い関係を結んでたんじゃないか? 名前も、この世界の人間よりかは、オレが生きていた世界の人間っぽい名前だし。実は彼女もオレと同じ世界の住人で、オレと同じようにシナーズ・ゲームに参加したのだろうか。そうなると、やはり知人――オレが失っている記憶の中で出会った人かもしれない。
……どうすればいい。オレが彼女の存在を思い出せなかったことが、彼女を傷付けてしまったかもしれない。いやでも、オレに嘘はつけない。正直に言ってしまおう。
「ごめん。オレ、過去の記憶を一部失っているんだ。だから、君のことも忘れてしまってる可能性が高い。すまない」
「……何のことだ。ワタシと勇者は初対面だぞ? ああでも、できれば。ワタシのことは"アルさん"と、そう呼んでくれはしないだろうか。そう呼ばれたいんだ」
「分かった。それじゃあ――アルさん」
アルヴォレアさん、略してアルさんか。彼女が提案したその呼び名は、なんだか心地よく馴染みがあるものだった。やはり失われた記憶の中で、オレはこの人と出会っていたに違いない。
「それで、デートって何するんだ?」
「一緒にアトラクションに行こう。遊ぼうよ」
「あー、えっと。オレ、仲間と合流しなきゃいけないんだよね」
オレはマヤのことを待っている。彼女を放っておいてアルさんと遊ぶというのは流石にダメだろう。もしできるなら、マヤが戻ってきてから3人で――。
「ああ、岸灘マヤのことか。……よし、ナビを少し借りるぞ」
「あっ!? ちょ――」
アルさんはオレのナビを素早く取り上げ、そして手慣れた操作でマヤに向けて通話をかけた。スピーカーになっているため、会話の音がオレにも聞こえる。
「もしもしリベル、どうかした?」
「初めまして岸灘マヤ。ワタシは勇者のファンだ。だから勇者とデートをしたい。彼を貸してくれないか?」
「えっ、いきなり何!? 誰!? ていうか、デート……?」
困惑するマヤの声。そりゃそうだ。
「ファンなんだ。一緒にアトラクションで遊ぶだけだし、いいだろ? ワタシは既にこのダンジョンをクリアしているから、勇者のダンジョン攻略の役にも立つだろうし」
アルさんはチバダンジョンを既に攻略し終えているのか。それなら、暇だから遊びに来た、と言っていた彼女の言葉も頷ける。
「えっと……リベル聞こえてる? その人信用できるの?」
「……たぶんね、この人はオレの知り合いなんだと思う。忘れてしまった過去のどこかで出会っていたのかもしれないんだ」
「違うぞ。ただのファンガールだ」
「とか言って誤魔化してるけど、そうっぽい。隠す理由は分からないし、彼女のことは思い出せないけど、でも信用できると思う……たぶん。大丈夫、オレは勇者だから。危険なことにはならないよ」
「……まあ、リベルなら大丈夫か。分かった。じゃあ、その人と先にアトラクションをクリアしといて、リベル。実は私も私で、やりたいことができたから」
「分かった。危ないことはしないでね」
「ありがと。それじゃ」
通話は途切れ、マヤの声は聞こえなくなる。そして直後、オレの手はアルさんに凄い勢いで引っ張られる。そのまま彼女に連れて行かれ、オレの"デート"が始まった。
◆
「……さて」
通話を切ったマヤは、彼女の目の前に立っている男性に目を向ける。栗色の髪と華奢な体格が印象的な、パーカーを着たニコニコとした表情の青年。穏やかそうな印象を受ける彼に、マヤは話しかける。
「少し時間ができたので。さっきの話、続けてください」
「ん、マヤちゃんなんか不機嫌? もしかして、誰かにフラレたとか?」
「違います。変な詮索はしないで。……近藤サミダレさん、続けてください。あなたが所属するクラン――『無辜の守護団』と、このゲームについての話を」
ことの発端は数分前。
ダンジョンの入口で待っているリベルの元へと急いで向かっていたマヤが、この男――近藤サミダレと出会ったのはついさっきのこと。
「たぁ、たすけてくれぇ…………」
テーマパークの大通りを疾走していたマヤは、助けを求めるその情けない声を聞きつけ、足を止めた。その声の主は、ゴミ箱に頭から突っ込んでいて身動きが取れなくなっていた。
「……えーと。これ、助けたほうがいいのかなぁ」
「おたすけぇぇ」
足をぶらぶらさせ、みっともない声を上げ続けるその男の姿を見ていられなくなり、マヤは結局彼を助けることにした。足を引っ張り、ゴミ箱から引っこ抜く。
「ぶはぁ! ……あー、どこの誰か存じ上げないが、助かったぜ。どうもありがとな。いやあ、悪臭で鼻が曲がりすぎて一回転するかと思ったわ」
「それはどういたしまして。プレイヤーどうしですが、私に敵対の意志はないので。助けてもらった恩があるというなら、襲わないでくれると嬉しいです」
「え? やだなぁ、俺が誰彼構わず戦闘を仕掛ける野蛮人に見えるか? そんな真似、普通のプレイヤーならそうそうしないから安心しときな。俺は近藤サミダレ。よろしく!」
中臣タカイチとか間宮トモキとかいう、初手で例外の野蛮人たちと出会ってしまっていたせいで、マヤはプレイヤーが遭遇したらほぼ戦闘が始まるものだと思い込んでいた。実際にはそんなことはそうそうないようだ。
「私は岸灘マヤです。サミダレさんは、どうしてゴミ箱に入ってたんですか? 趣味?」
「んなワケないだろ。ほら、見てくれよあそこのアトラクション。"ゲームコーナー"ってあるだろ? パチン――――ごほん、ゲームをプレイしてコインを稼ぐアトラクションなんだが、せっかくいい台を見つけてフィーバー来たときにコインが溜まりきっちゃってさ。アタリが来たのに途中でやめるなんて、そんなのできるワケないだろ? そんなこんなで居座ってたら、無理やり外に連れ出されてゴミ箱に突っ込まれちまった」
「ああそうですか。それでは私はこれで」
足早に立ち去ろうとするマヤだったが、慌ててサミダレは彼女を引き止める。マヤは不快そうな表情を浮かべていた。
「……なんですか? 私、ギャンブル中毒者は苦手なんですよ」
「そ、そうなの? 大丈夫、俺はギャンブルに依存とかしてないから! ほら、俺のこの眼を見てくれよ。澄み切ってるだろ?」
「雨の日ってパチンコ当たりやすいらしいですよ」
「え? そうなの? ……いやいや、そんなの都市伝説でしょ〜。だって俺の経験則的にさぁ――」
「やっぱギャンブル中毒者じゃないですか。ではこれで失礼します」
サミダレとさっさと別れたいマヤは、適当に話を切り上げてその場を立ち去ろうとした。
が、しかし。
「待ってくれよ! ……思い出した。君さ、『勇者一行』だろ? つい昨日、『強欲の帝国』に喧嘩を売ったクランの! 岸灘マヤ――『女郎蜘蛛』の異名が付けられた、策略で山東キョウカに勝った女!」
「ご存知でしたか。でもそのジョロウグモとかいう名前はやめてください。悪役みたい。あと山東キョウカを倒したのはリベルだし……。ま、いいや。で、それならなんです?」
サミダレは、マヤのことを知っていた。なにか仕掛けてくるのではないかとマヤは警戒心を強める。
「取引しないか? 俺は『無辜の守護団』というクランに入っている。君になら、俺が持っているゲームの情報を共有してやってもいい」
急に真剣な声色で、サミダレはマヤに提案を投げかけてきた。
ゲームの情報。
つい最近シナーズ・ゲームに参加したマヤ、記憶喪失のミズハ、異世界人のリベルの3人は、まだトウキョウダンジョンのことしかこのゲームのことを知らない。もし仮にサミダレから良質な情報を得られれば、この先のダンジョン攻略に役立たせることができるだろう。しかし、そんな情報を初対面の人間と共有するだろうか? 警戒心と好奇心がせめぎ合い、マヤは立ち止まる。
……と、そこへリベルから電話がかかってきた。
だが通話の相手はリベルのファンを名乗る謎の女性で、リベルとデートをしたいなどと宣った。話を聞けばその女性はリベルの知り合いらしかったので、まあいいかと2人にデートの許可を出す。
そして、サミダレとの取引に応じることを決めた。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『勇者一行』︰リベルたちが結成したクラン。山東キョウカら『強欲の帝国』と交戦、勝利したことによりその名前は各有力クランに知れ渡ることとなった。現在その構成メンバーは、『払暁の勇者』リベル・ルドベキア、元『厄災の匣』百済ミズハ、『女郎蜘蛛』岸灘マヤとなっている。なお、メンバー全員が各々に付けられた異名を嫌っている模様。




