[対決・亜空の銃手]
「クソッ、クソがぁっ……!」
中臣タカイチは歯をぎりぎりと食いしばり、こちらを睨みつけていた。オレは警戒を緩めないまま、剣先を彼の首元へ突きつけている。
「ここは、シナーズ・ゲームだぞ!? 他人を殺してでも、生き返ることを望んだヤツらの、殺し合いの場所だ! そこの女を助けて、正義の味方気取りかよテメェッ! 正しいことをやっているとでも思ってんのかよ!」
「ああ、そうだね。それに関しては君が正しいよ、タカイチ。オレがしていることは、このゲームにおいては正しいことではない。けれど、おかしいことでもないだろ? 君が目的があって彼女を痛めつけたように、オレも目的があって彼女を助ける。正義も悪もない世界だからこそ、何をしたって自由なハズだろ?」
「目的……? 何の目的だ!」
「言っただろ? 恩を返すのさ」
オレはマヤに救われた。ならば、感謝の意を示すのは当然のこと。たとえそれがこのゲームにおいては異常な行為であったとしても構わない。
「……ククっ、ギャハハ……。その目、その目だ。テメェも俺を馬鹿にしてんだろ。自分はこんなに己の信念を貫く勇者サマです、テメェはどうなんだよ、ってか? ふざけやがって、どいつもこいつも全部ブッ壊してやる!」
タカイチが素早く動き、後方へと退いた。彼を追い、追撃を行おうとしたオレの目前に、タカイチが放った銃弾が迫る。
こんなもの、と銃弾を弾き返しそうとしたが、しかし。
その瞬間、異変が発生した。
「『置換』」
タカイチのその声を耳にしたとき、オレは強い衝撃を受けて宙を舞っていた。やがてオレの身は落下し、地面を転がる。とても痛い。
何が起こったのか、すぐには理解できなかった。だが、オレの目の前にあったその物体を見たとき、オレは状況をある程度察した。
「……自動車」
この世界における、金属の塊である人の乗り物。オレと衝突したのは、その自動車だった。
タカイチが撃ったと思われた銃弾は、自動車へと変化していたのだ。
「リベル、気を付けて! そいつは、タカイチは――」
「オレだって、能力者――『異能力』に覚醒しているプレイヤーなのさ。お前らザコとは天と地ほどに格が違うんだぜ?」
自慢げに、そして不敵な笑みを浮かべながらタカイチはオレを見つめていた。その銃口は、的確にオレの心臓を狙っている。
「勇者、ヒーロー、なんでも結構。だが、最後に生き残るのはこのオレだ。知ってたか? 最後に生き残った勝者こそが、英雄なんだよ!」
タカイチが引き金を引く。そうして放たれた、銃弾が、こちらへ迫ってくる刹那――
見えた。
一瞬。ほんの一瞬で、銃弾が自動車へと変化――――いや、入れ替わった。目の前に迫る自動車は、さっきオレと衝突したものとまるで同じものだった。
「でぁッ!」
「なにぃっ!?」
銃弾の速度で迫ってくる金属の塊を、全身全霊と全魔力を振り絞って一刀両断、断ち切った。大剣によって切断された自動車は、地面を転がっていった後に爆発を起こす。
「見えたぞ、君の力のからくりが。タカイチ、君の能力は"入れ替え"だな?」
タカイチは、銃弾と自動車の位置を入れ替えた。どうやら、物体の運動も入れ替え後の物体へ引き継がれるようで、結果的に銃弾の速度で迫る車、という恐ろしい兵器が完成したワケだ。自動車弾、とでも言おうか。質量があるものが猛スピードで飛んでくるのは、それだけで危険な兵器になる。
「ああ、そうさ。オレの力『置換』は物体の入れ替えだ。だが、それが分かったところでなんだってんだよ。まさかもう勝ったつもりかぁ?」
タカイチが放った銃弾は、今度は自動車ではないなにかに変わる。ソレは、水のような――液体だった。
「どうだ、薬品だぜ! 液体なら斬れねぇだろぉ!」
「まあ、そうだね。そうくるのは予測していたけど」
オレに降りかかろうとした液体は、オレの目の前で静止し、そして地面へと滴り落ちた。あらかじめ発動しておいた魔術『結界魔導』によって阻まれたためだ。
「魔法だって使えるんだよ? 勇者ってすごいでしょ」
「テメェッ……!」
今度はどんな攻撃を仕掛けてくるのだろう。興味はあったが、しかし防戦一方では戦いは終わらない。タカイチが引き金にかけた指に力を入れるよりも速く、オレは彼のことを蹴り飛ばした。
「ぐぉぁっ!?」
地面を転がるタカイチ。そんな彼へ、さらに追撃を仕掛ける。
「切り裂け――『疾風魔導』!」
剣に纏わせた風の魔力が、斬撃となってタカイチの両腕を切り裂いた。もちろん、プレイヤーだから実際に傷を負うことはない。しかし、その痛みの感覚は確実に彼の脳へと伝わる。
「うがぁぁっ!?」
腕をもがれる激痛。それは、戦意を喪失してもおかしくない苦痛だ。崩れ落ちたタカイチの元へ、オレはゆっくり近付く。
「もういいだろ、タカイチ。さっきも言ったが、オレは君を殺したくはない。どこへなりとも逃げるといい。そしてマヤにもう手出しはするな」
それはオレの最後の通告だった。だが、タカイチはそれを突っぱねる。
「ざけ……んな。 俺を、俺をそんな目で見るな……側溝に落ちた汚物を見るような目を向けるなァ! そんな目で見てきたヤツら全員を見返してやるまで、俺は、俺はぁぁぁぁ!!!」
タカイチが震える手で拳銃を握り、その引き金を引く。だが、その弾丸は明後日の方向へと飛んでいった。なんてことはない、最後の悪あがきだ。そう思っていたのだが――。
「ギァァァァァ、くるくるくるぅ、ギァァァァァ、くるくるぅっ!!」
「や……れ、『バジリスク・エネミー』!」
そこに現れたのは、さっきまでいたコカトリス・エネミーを何倍にも巨大化させたかのような、ニワトリとヘビを融合させた外見をしている怪物だった。どうやら、タカイチの異能力によって弾丸と入れ替わり、呼び出されたようだ。
「うぁっ、あああああっ!?」
「マヤ!」
バジリスク・エネミーは、マヤを捕獲すると、空へと飛び上がっていく。ニワトリみたいな見た目の癖に飛べるのか!
「ハハ、岸灘マヤごと、その勇者も殺せ、バジリスクぅ……」
呪詛のようにその言葉を吐き捨てると、タカイチは気を失った。
一方、バジリスク・エネミーは上空を旋回しつつ、オレの隙を狙っている。
「……人質あり。敵は巨大かつ上空。難易度は高いな。けど、舐めるなよ。こっちはかつて、世界を救った勇者なんだからさ」
その言葉は、自分を鼓舞するための激励だった。大丈夫、やれる。必ず、オレはやり遂げてみせる。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『異能力』︰一部のプレイヤーが使うことができる、人智を超えた超能力。能力名は2字の漢字と英語のルビで表され、覚醒したプレイヤーは無意識に自身の能力名を自覚する。その操作は感覚的なものであり、熟達にはそれなりの慣れと経験が必要。どんな能力に覚醒するかは予測不能だが、そのプレイヤーの人格や性質といったものに関係があるのではないかと考察されている。