[まいご]
「…………」
チバダンジョンの入口で、オレは独りで立っている。
ダンジョンから出ることはできるが、それでは意味がない。このダンジョンをクリアしなきゃ、ここに来た意味がない。
それならば、なぜこの入口に戻って来たのか。その理由は明白だ。
「はぐれた」
オレはマヤとはぐれてしまった。
話は数時間前に遡る。
「『チバダンジョンは、何百というアトラクションがある広大なテーマパーク風のダンジョン。このうち、6つアトラクションに参加して生きて出てこられれば、クリア』だって。ふーんなるほど、そういう感じなんだ」
「了解したよマヤ。それじゃあ、早速どこかのアトラクションに乗り込んでみよう。どれにする?」
入口近くにあったアトラクションをいろいろ見て回った結果、"ぐるぐる迷路"というアトラクションが良さそうだという結論に至った。説明文を見る限り、特に危険はなさそうなただの迷路だったからだ。
「私の『全知』があれば、迷路なんて楽勝じゃない? まあ、能力をずっと使い続けることはできないけど」
「永久に迷路に囚われる、なんてことはなさそうだね。そんじゃ、行ってみようか」
"ぐるぐる迷路"は施設の室内にある迷路で、説明文どおり特に危険な罠や仕掛けはなく、ただただ立体の迷路を進んでいくだけのアトラクションだった。拍子抜けするが、安全ではあるから安心だ。トウキョウダンジョンの地下迷宮をくぐり抜けたオレたちにとって敵じゃない。
……と、そんな慢心をして迷路を進んでいたそのとき。
「っ!?」
「ひゃっ!?」
突然、周囲が真っ暗になった。照明が全て消え、完全な闇に包まれる。
「……落ち着いてね、リベル。確認したけど、ゴールはもう少し。このまま行こう。大丈夫、こういう時は壁に手を当てて進めば必ずゴールに辿り着けるよ」
「へえ、そうなのか! よし!」
オレは右手を壁に当てて、ずんずんと先に進んでいく。マヤの言った通り、数分もせずにゴールに辿り着くことができた。ああ、外の日差しが眩しい!
「……あれ?」
だが、その出口から出てきたのはオレ1人だった。
「マヤ?」
マヤが心配になり、すぐさまナビを起動させる。チバダンジョンに来るまでの新幹線の中で、アカツキからナビの最低限の使い方はレクチャーされていた。通話機能を使い、マヤと連絡を取る。
「……ああ、よかった繋がった! もしもしマヤ?」
「もしもし。リベル、今どこ? 私、出口から出たんだけどさ、あなたの姿が見当たらないんだけど」
「え? オレも出口から出たよ?」
「……ねえ、リベル。その出口さ、看板になにか書いてない?」
マヤの言った通りに出口の上に掲げられている看板を見てみると、そこには『"ぐるぐる迷路"6番でぐち』と書かれていた。
「えっと……6番でぐち」
「私はね、『5番でぐち』って書いてあった。……ねぇリベルにもう一つ質問。さっき暗くなった時、どっちの手を壁につけた?」
「え? 右手だけど――」
「……あー。最悪。ごめん、やらかしちゃったぁ……」
通話越しに、マヤが頭を抱えているのであろう光景が目に浮かんだ。そう思わされるほど沈んだマヤの声色を聞き、なんとなくオレも事態を理解する。
「もしかしてマヤ、左手を壁につけたのか?」
「そう。だから私とリベルはそれぞれ別の出口から迷路を出ちゃった。しかも、どうやら空間が歪んでるみたい。周りにさ、出てきた出口はあっても"ぐるぐる迷路"の入口――私たちが入ってきたアトラクション施設は見つからないでしょ?」
確かにマヤに言う通りだった。"ぐるぐる迷路"の6番出口しかそこにはなく、オレたちが入ってきたはずのアトラクションそのものはどこにも見当たらなかった。
「迷路は出口が複数あって、その出口はそれぞれ別の場所に繋がってる。……しかも、この広大なテーマパークの中でバラバラの場所に。くっ、ちゃんと手をつける説明をするか、もしくは明かりでも灯しておけば……!」
「やってしまったことは仕方がないよ。マヤ、とりあえず合流しよう。どこで合流する? やっぱり入口がいいかな」
「……いや、私が今いるところからだと遠すぎる。このダンジョンの中心部、お城のところで集まろう。それでいい?」
「分かった。ところで……お城ってのはどこ?」
「え? それはマップを使って――――あ」
ここで、深刻な問題が発生した。
オレは、マップ機能の使い方を教わっていなかったのだ。
「地図のアイコンをタップして! 地図を動かす時はスワイプして、拡大縮小はこう、ピンチアウト・ピンチインで――」
「すわいぷ? ぴんち……なんだって?」
「指をこう、すいっすい、って!」
「すまない。ぜんぜん分からん」
「お、おじいちゃん……」
通話越しにマヤから操作の指導を受けたが、全然ダメだ。通話機能ですら使えるようになるのに1時間かかった。こんな複雑な機械を使いこなせるなんて、この世界の人間って実は天才なんじゃなかろうか。
「……よく考えたら、リベル日本語分からなかったね。確か、会話と読みは通訳の魔法でどうにかしてるんだよね。でも書くことや文字入力はダメなんだっけか」
「うん、そうなんだよね」
「じゃあ、目的地設定もできないだろうし、もういいや。私がマップを見てリベルを案内することもできるけど、それも面倒そうだし、私がリベルのところに向かうことにする。幸いにも、リベルがいる場所はダンジョンの入口に近い。たぶんすぐ見えるだろうし、自力で戻れる?」
マヤに言われた通り、周囲をふらついていたらすぐに入口に戻ることができた。道中、"ぐるぐる迷路"の入口を見つけたので、またこれに入って今度はマヤが出た出口から出ればすぐ合流できるのではないかと思ったが、一度入ったアトラクションには再入場できないようになっていた。当たり前か。何度も同じアトラクションに入れたら、ダンジョンを簡単にクリアできてしまう、
そんなこんなで、現在に至る。
オレは独りで、入口でマヤのことを待っている。連絡によると、到着まで半日はかかるそうだ。すごくみじめな気分になる。寂しいし、孤独だし、何よりただ一人ぽつんと立っていなければならないのがなんだか恥ずかしい。迷子の子供みたいだ。こんな姿、誰にも見られたくはない。
「……あれ」
と、そんなことを思っていた途端に、誰かプレイヤーが入口からチバダンジョンに足を踏み入れた音がした。最悪だ。こんな姿を誰かに見られたくはなかったのに。
「………………」
入ってきたプレイヤーは、背が高い女性だった。オレも決して背が低いワケではないが、彼女はオレより身長が高かった。すらりとしていてなおかつ出ている部分は出ている抜群のスタイルをしており、身に纏う黒のコートがよく似合っている。端正な顔立ちの中で輝く紅の眼と腰まで伸びた灰色の髪色が特徴的だった。残る命の火の色は、静脈血のようなどす黒い赤色。
女性に詳しくないオレが美人であると確信を持って言えるほど、その人は美しかった。そんな彼女はオレを見つめたまま、ずっと突っ立っている。実はどこかで会っていただろうか?
「えっと、あのー」
脳をフル回転させて思い出そうとするが、彼女の顔に見覚えはなかったので、恐る恐るオレは彼女に声をかける。その途端、その女性は満面の笑顔を浮かべたまま、ずんずんとこちらに近付いてきて、そして――。
「デートしよう」
オレの手を掴むやいなや、そう言い放った。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『チバダンジョン』︰"奈落遊園"の異名を持つ、テーマパーク風のダンジョン。数多あるアトラクションのうち、『6つのアトラクションに参加して生き延びること』がクリア条件。アトラクションによって生存率は異なり、楽しいだけの安全なものもあれば、命の危機に晒される危険なものもある。難易度はランクD。




