[奈落遊園]
「……ん」
夢を見ていた気がする。どこか懐かしく、そして寂しい過去を思い出すような夢を。
「オレ、寝てたか」
チバダンジョンへと向かう新幹線に乗り込み、快適な座席に座ったオレは、その心地よさにいつしか眠ってしまっていたらしい。だが、それは隣の席に座るミズハ、そしてオレの膝の上にいるアカツキも同じだった。だって暖かくて気持ちいいのだから、しょうがないね。
「おはよ。お目覚め?」
ただ一人起きていたのは、岸灘マヤ。
無料で注文できる弁当を食べながら、こちらを向いていた。
「……また食べてるの?」
「え? え、あ、べ、別にいいでしょ? プレイヤーの外見は変わらない。太らないのは分かりきってるし」
「いや、そういうことじゃないんだけども」
時間がある時のマヤはいつもなんか食べてるな、と思っただけだ。別に、それがいいとも悪いとも思わない。……でも、ちょっと失礼だったかな。
「……噂になってるみたい。私たちのこと」
手に握っているナビに視線を向けながら、マヤは言った。クランを結成したことで、ナビの機能の1つである"ゲームニュース機能"が解禁されたらしく、マヤはずっとその情報を追っていた。
「【『強欲の帝国』、"女王"の一角墜つ】。【都市伝説の『払暁の勇者』、姿を現す】。ゲームニュースですらこの取り上げようなんだから、各クランはもっと必死に私たちを追っているだろうね」
これだけオレたちのことがおおっぴらになってしまっているのなら、倒すべき標的としてオレたちのことを定めてくるクランも多いことだろう。仕方ないことだ。降りかかる火の粉は払って先に進むしかない。
「……そういえばさ、リベル。あなたは、『払暁の勇者』って呼ばれると嫌な顔するよね。なんで?」
急に、マヤは思いがけない質問を投げかけてきた。思わずオレは狼狽えてしまう。
「え? ……よく見てるね、マヤは。なんとなくだよ。なんとなく、そう呼ばれると嫌な感情が湧き出る。たぶん、忘れている過去で何かあったのかもしれないね。ていうか、そんなに気になった?」
「うん。リベルはそのアダ名で呼ばれた時、いつも悲しい顔をしてたから。……ごめん。もうその言葉は口にしないよ」
「別に謝る必要はないさ。そう呼ぶな、とオレが伝えてたワケじゃないんだから。そういや、マヤは見た物の情報を読み取る異能力に覚醒してたよね? それでオレが嫌がる理由を調べようとは思わなかったんだ?」
マヤは『全知』という能力を手に入れた。なんでも、目にした物体から情報を読み取ることができる能力らしい。ただし、使用には眼に多大な負荷をかけてしまうリスクも抱えているとマヤは言っていた。
「あんまり人のプライバシー覗いちゃダメでしょ。戦闘とかの緊急時以外には使わないよ」
「そっか。マヤらしい」
そんな会話をしていると、窓の外から見える景色が建物の中のような風景になっていき、やがて車両が停車した。
そしてドアが開く。どうやら、やっとチバダンジョンに到着したらしい。
「着いたね。ミズハ、アカツキ、起きて」
オレはアカツキとミズハを起こし、そして車両から降りようとする。
だが、ミズハは目を覚ましたのにも関わらず、いつまで経っても座席から立ち上がろうとしなかった。
「ミズハ?」
「……リベルさん。私、なんだか気分が悪いです。ううっ……頭痛がして、吐き気がして、身体が熱い……!」
ミズハの息は荒く、そして顔色も確かに良いとはいえない状態だった。眠っている間はすやすやと穏やかに寝ていたのに、起きてから急に体調を崩してしまったようだ。
「マヤ!」
「……うん。これは、例の男――四宮トリデにかけられた呪いのせいだ」
マヤが『全知』の力でミズハを視て分析を行った。
その結果、ミズハを『厄災の匣』に仕立て上げたクラン『天啓の信徒会』の一員である男、四宮トリデがその異能力を使ってミズハにかけた呪いが原因であることが分かった。ミズハは、少なくとも2週間に1人、人間を殺さなくては生きていけない制約がかけられていた。そのため、トリデを見つけ出しこの呪いを解かせるのが今のオレたちの最優先の目的であったのだが。
「まだ、タイムリミットには早いだろ。確か、ミズハは『厄災の匣』として暴走した時に、御船アキハシを――」
「……リベル。トリデという男は、『少なくとも2週間』と言っていたんでしょ? それなら、死に至らなくても、体調を崩してしまうことがあるかもしれない」
「だい、じょぶです……わたし、今、風邪引いたときみたいな感覚で……死には、しません……」
苦しそうに、ミズハは言葉を口にした。オレたちを心配させまいとした旨の発言であったのは、誰の目にも明らかだった。
「とにかくどこかで安静にしないと。このままじゃマズい」
「……それでは、ホテルのお部屋をご案内シマショウ。彼女はこのダンジョンを既にクリアしてますカラネ」
そのとき突然、背後から半日前に聞いたことのある声がした。
予想どおり、そこにいたのは頭部が腕にすり替わっている"ゲーム運営"のガ・イドだった。
「ガ・イド!? ガ・イドじゃないか!?」
「はい皆様のガ・イドです。ですが、トウキョウダンジョンの個体とは違いマス。ワッシはチバダンジョンのガ・イドです。ついてきてクダサイ」
ガ・イドの案内に従い、オレはミズハを背負ってとりあえず車両から降車した。駅を通っていき、やがてダンジョンの入り口へと到着する。
「『奈落遊園』チバダンジョンは、その名の通り遊園地デス。遊園地ですから、当然ホテルも併設されてイマス。ダンジョンをクリアした人だけが宿泊できる施設ですので、そこのお嬢さんはそこでお休みにナッテハ?」
「……うん。ずっとツッコミたかったけどさ。千葉にある遊園地ってもしかして、あの――」
「ヤメテクダサイ! ワッシ、まだドリームランドのマスコッツにまだ存在を抹消されたくはアリマセン!!」
マヤの言葉に対してガ・イドは全身をブルブルと震わせて、たぶん怯えている。顔がないから表情を読み取れないが、その感情はなんとなく伝わってくる。
「……あー、はい。それじゃあ、ミズハをそのホテルとやらで休ませたいけど、一人でいさせるのもなんだか不安だよね」
「そんじゃ、アタシが見守っててやるよ。アタシ、プレイヤーじゃないからな」
マヤの不安に対し、アカツキが提案をしてくれた。アカツキがミズハを見守っててくれるなら、これで一心だな。
「アカツキってプレイヤーじゃないんだ? うーん、まあでも、リベルが信用できるって言ってたしいいか」
「……ちょっと待ってクダサイ。アナタ、プレイヤーではナイ……? 確かに残る命の火がナイ……しかしエネミーでもNPCでも、ゲーム運営でもナイ……。アナタ、何者デス?」
「何者でもいいだろ。ルールは破ってねぇ。そのコムスメはアタシが見守る、それでいいだろ?」
うーん、としばらく腕を組んで考え込んでいたガ・イドだったが、まあいいかと許可を出してくれた。そしてガ・イドに連れられ、ミズハはアカツキと共にホテルで休息を取ることとなった。
「……すみません、ちょっと休ませてもらいます。無事に帰ってきてくださいね」
「コムスメのことは心配すんな。オマエラはしっかりダンジョンを攻略してこい!」
2人のエールを受け取り、オレとマヤはチバダンジョンへと足を踏み入れる。第二のダンジョンの攻略が、今ここから始まった。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『ゲームニュース』︰ナビに搭載されている機能の一つである、ゲーム上で起こった出来事の情報を閲覧することができるアプリ。クランを結成、もしくは加入したプレイヤーのみ利用することができる。




