[幕間 勇者の黎明]
いたかった。
あつかった。
くるしかった。
オレが幼き日の記憶で一番覚えているのは、そんな光景だった。
オレには、両親がいなかった。
だから孤児院で育てられた。勇者ギルドの寄付で運営されていた、修道院を兼ねた孤児院で、季節の行事ごとに著名な勇者の人たちが足を運んでくれていた。そんな彼らの姿を見て、オレたち子供は憧れを抱き、そして将来そんな勇者になることを夢見ていた。
ある日、オレは5歳の誕生日を迎えた。
誰かの誕生日には、きのみケーキという贅沢品がふるまわれる。オレたち子供はうきうきしながら、夕食の時間を待っていた。
けれど、誕生会が執り行われることはなかった。
魔物に、孤児院が襲撃された。
院長や神父、シスターたちという大人が真っ先に殺された。次に子供たちが、念入りに胸を貫かれて殺されていった。建物には火が放たれ、オレはただ逃げ惑うことしかできなかった。
そして、逃げ切ることは叶わず。
オレは槍で胸を一突きされた。
「……生きているのか」
そんな声が聞こえた気がして、オレは意識を取り戻した。胸を貫かれたものの、オレはなんとか生き延びていたようで、誰かの女性の声が耳に入ってくる。しかし、そのときオレは目が見えなかった。煙にやられたか、瀕死の状態だったからか。ともかく、オレに話しかけてくる相手の姿を目にすることはできなかった。
「おねえさん……だれ……」
「オレか? オレは……あー、あれだ。そう、勇者だ。助けに来たぞ、人間の小僧」
ぶっきらぼうな口調で、声の主は倒れていたオレのことを抱き起こした。ゴツゴツとした感触があったのを覚えている。
「なるほど、これは――。奴らめ、酷いことをする。おい小僧、名は?」
「ボク……ボクは、リベル……親はいないから、ファミリーネームはなくて――ごほっけほっ、うぅ……」
「すまない、もう無理しなくていい。その名を聞けただけで充分だ。オレは君を救うことができる」
勇者さんが、オレの胸に手を当てた――ような気がした。その時、既に胸は貫かれていて風穴が空いていたはずなので何も感じることはなかったが、ともかく手を当てられたような気がした。
「いいか? 今の君は魔力心臓を失っている。これがないと、この世に溢れている魔力を無毒化することができず、体内に取り込まれた魔力は毒となって君の肉体は蝕まれ、やがて死に至る。だから、オレの魔力心臓をやろう。これで君は生きられる」
驚くべきことに、その勇者さんはそう言った。
今考えれば、名前を尋ねられたのは肉体交換の魔術を扱うためだったのだと推測できる。自らの魔力心臓を移植する術式を発動させるために、彼女はオレに名を尋ねたのだ。しかしそれは同時に、勇者さんが魔力心臓を失うことも意味していた。
「だめだよ……そんなことしたら、勇者さんが……」
「なあに。オレはあまりに永く生きすぎた。同族を理解することもできず、理解者とも永遠に別離する定め。であれば、未来に賭けるのもまた一興だろう。いいか小僧、君は自由に生きろ。宿命なんてものに囚われるな」
何か熱いものが胸に流れてくる感覚がした。
そしてだんだんと、オレの身体に触れていた勇者さんの手の感触も薄くなっていく。
「なあ、リベル。オレはヴァイス・ルドベキアという。君はこれから、リベル・ルドベキアと名乗れ。そしてできれば、オレのことを覚えていてほしい」
その言葉を最後にして、勇者さんの声が聞こえることはなくなった。
それと同時に全身が軽くなったかのような感覚があり、身苦しさも多少は改善された。
しかし相変わらず身動きが取れる状況ではなく、そのまましばらく横たわっていた。
それからしばらく経って。
「おい、生き残りがいるぞ!」
「……本当だ。しかもこりゃあ」
そんな会話があったような気がして、気付けばオレはベッドの上に横たわっていた。そこは勇者ギルドの施設の一つで、オレは駆けつけた勇者たちにより救出されたようだった。
後からオレは多くのことを知った。
孤児院の生存者がオレしかいなかったこと。
オレの負傷は何事もなく無事に全快したこと。
そして、勇者ギルドが到着したのは魔物襲撃の時刻から数時間経ってからのことだったということ。
あの時オレを助けてくれた勇者さんは、誰だったのだろうかと今も疑問に思う。少なくとも、勇者ギルドの人ではないだろう。
ただ、彼女が誰であろうと構わない。
己の命を厭わずに見ず知らずの誰かを救った彼女は、オレにとって本物の勇者だったのだから。
[リベル世界 魔法知識解説]
『魔力心臓』︰リベルの世界に存在する生物および魔物が持っている臓器。世界中に溢れている魔力が体内に取り込まれた際、無毒化して排出する機能を持つ。この際、魔力を排出ではなく『魔力血管』に流すことで魔術を使用することができる。




