[チュートリアルの終わり]
「リベルさん! すごかったです!」
「お疲れ、リベル」
地面へと着地したオレの元に、マヤとミズハが駆け寄ってくる。2人とも、作戦を完璧にこなしてくれた。オレは2人に頭が上がらない。
「改めてありがとう、2人とも。オレのわがままに付き合ってくれて」
「いいってことだよ。これで後腐れなくこのダンジョンを出られる。……そういえば、ミズハ。あの戦闘狂の変態――間宮トモキがどこ行ったか知ってる?」
「ああ、あの人なら、途中でスプリガンにぶん殴られてどっか吹っ飛んでいきました。死んではいないと思いますけど」
「そっか、ラッキー。戦いが終わったら、報酬としてリベルと戦わせる約束しちゃってたからさ。今のうちに逃ーげよ」
……ん?
なんか今、マヤは聞き捨てならないことを言わなかったか?
「ねえちょっと、マヤ? 今のこと、詳しくお話聞かせてくれるかな? オレと……なんだって?」
「ナンノコトカナー。そんなことより先を急ごうよ。そこの山東キョウカはその辺に捨てていってさ。……って、マズい。誰か近付いてくる! トモキのやつ、戻ってきちゃった!?」
何者かの足音が近付いてくる。
そうして現れたのは、見覚えのない男だった。眼鏡をかけた、強面の男。
「……勅使河原」
彼の姿を見て、キョウカが声を漏らす。どうやら二人は知り合いのようだ。
「初めまして、勇者リベル・ルドベキア。それと『厄災の匣』百済ミズハ、そして岸灘マヤ。私は勅使河原ユキツグ。そこの山東キョウカと同じ、『強欲の帝国』の幹部をやっている者だ」
ユキツグの喋り方は淡々としていて、全く感情を感じられない冷淡なものだった。マヤとミズハは戦闘の姿勢を取ったが、オレは二人を制止した。ユキツグからは戦意を感じられなかったからだ。
「安心してほしい。今ここで君たちと争う気はない。むしろ、山東の暴走を止めてくれたことに感謝したい。これからも私たちと君たちは敵どうしとなるが、感謝の意を評してこの場は見逃そう。……ただし、そこの山東を引き渡してもらうことを条件に」
ユキツグは、キョウカを指差した。相変わらず冷ややかな視線を彼女に向けている。
「キョウカをどうするつもりだ?」
「私は知らない。彼女の処遇は"王"が決めることだ。だが彼女は失態を犯した。勇者と『厄災の匣』を捕らえるという任務の失敗、そして暴走し拠点を破壊した罪。その責任は取らなくてはならない」
「……そうか」
「いいわ」
オレがユキツグに返答するよりも早く、キョウカは口を開いた。そして、オレの手を振りほどき、震える脚で地面に降り立つ。
「キョウカ?」
「私は負けた。その責任を負わなきゃ、先へは進めないわ。勘違いしないでちょうだい。私は再びあなたに挑戦するために、この選択をするのよ」
ふらふらと、力を振り絞りながらキョウカはユキツグの元へと歩いていった。それが彼女の選択なのなら、オレは見届けるのみだ。
「……しかし、不器用な男ね、勅使河原。あなた、この機を活かして勇者たちを捕らえてしまえばいいものを」
「恩義は返さなくてはならない。それに、既に『厄災の匣』は脅威ではなく、勇者が雲隠れすることはもうないだろう。……そうだな、勇者とその仲間たちよ。次に会ったら今度こそ私は敵だ。それだけじゃない。このダンジョンを出れば、他のプレイヤーとの殺し合いは避けられない。それでも先へ進んで行くか?」
「当然。特に君たちにだけは絶対に負けてやらないからな」
オレたちはユキツグの言葉に頷いた。それを受け、ユキツグはキョウカを背負い、その場を立ち去っていく。
「では、また会おう。私たち以外のクランに潰されてくれるなよ?」
そう言い残し、ユキツグはキョウカと共に姿を消した。オレたちもこのダンジョンをクリアして出ていくため、先を急ぐことにした。
道中、置いてきてしまっていたアカツキと合流し、今度は地下迷宮を通ってトウキョウエキへと向かう。エネミーと遭遇することも、『強欲の帝国』のプレイヤーと遭遇することもなく無事にトウキョウエキまで辿り着くことができた。勅使河原ユキツグの言葉通り、この場は見逃してくれたようだ。
「ここがトウキョウエキ……。初めて来ます」
「当然だけどオレも」
「私は東京育ちだから現実のほうで何度も来てるよ。でも意外、ここは現実の東京駅そっくりだ。シブヤエリアもシンジュクエリアも、現実と全然違うほどに歪んでいたのに」
マヤは周囲を見回しながら、そんな感想を口にした。確かに、ダンジョンの中心地なのに異常な点がないというのは、かえって不思議なことなのかもしれない。
「で、どこに行けばいいのかな?」
「ユーシャ。ナビに目的地が表示されてるぜ。新幹線乗り場のほうだ」
アカツキの案内に従い、目的地へと向かう。
そうして辿り着いた先には、妙な恰好をした怪しげな人間が立っていた。
「おめでとうゴザイマス。プレイヤー︰リベル・ルドベキア、岸灘マヤ。トウキョウダンジョンクリアです」
「……誰?」
その人間は、頭部がなく、代わりに首の先から二本の腕が生えていた。その手で拍手しながら、車掌のような服装のその怪人は話し続ける。いったいどこから声を出しているんだろうか。
「やや! 申し遅れマシタ。私、エネミーでもプレイヤーでもゴザイマセン。私は"ゲーム運営"、案内役のガ・イドと申しマス。以後お見知りオキヲ」
「……ゲーム運営」
どうやらこのガ・イドは、シナーズ・ゲームを運営している存在の一人のようだ。というか、名前そのまんますぎるな。ちょっと適当すぎやしないか?
「なお、ここで勘違いして私を襲ってくる輩が少なからずいるので説明してオキマス。私のこの姿はあくまでアバター。本来の私は、このゲームのいちプログラムにすぎマセン。ゆえに、私を倒そうとゲームに影響は出ず、脅してもゲームの情報は一切口にシマセン。てか知りマセン」
ふむ、ガ・イドはシナーズ・ゲームの一要素にすぎないってことか。だから、彼を攻撃してゲームに影響を出すことも、情報を得ることもできないと。殺し合いを推奨するゲームを運営するとはいい性格をしているな、と皮肉の1つでも言ってやりたかったが、無意味そうなのでやめておこう。
「あー、えっと。これくらいの質問はいいですか? 私、ゲームをクリアしたっていう宣言されてないんですけど、それはいいんですか?」
ミズハが恐る恐るガ・イドに質問する。確かに、ミズハの名前はさっき出ていなかった。
「問題ありまセン。だってあなたは既に一度トウキョウダンジョンをクリアしてイマスから。自分がクリアしたダンジョンはナビから確認できますので、ぜひご確認ヲ」
「……そっか。『厄災の匣』だった頃にもうクリアしてたんですね。分かりました。じゃあ、私たちはこれからどうすればいいんですか?」
「皆様には、次のダンジョンへ向かってイタダキマス。このトウキョウダンジョンに隣接するダンジョンの中から、次向かうダンジョンをお選びクダサイ」
ガ・イドが頭部の手で指を鳴らした。すると、オレたちの持つナビの画面に地図が表示され、そして文字も表示される。
「これは、ダンジョンの名前と……『難易度』?」
「そうデス。なお、この『崩壊迷宮』トウキョウダンジョンの難易度は当然ですが最低のEランクです。どうかご参考マデニ」
ナビに表示されていたダンジョンはそれぞれ、
『不明深淵』サイタマダンジョン、難易度E。
『未来世界』ヨコハマダンジョン、難易度E。
『奈落遊園』チバダンジョン、難易度D。
『神仙霊峰』フジダンジョン、難易度E。
の、4つ。
「んー、どうする?」
「おふたりは、物事をこなす時、面倒事からやるタイプですか? それとも、楽なことからやるタイプ?」
「面倒事かな」
「私もリベルと同じく。……うん、それなら最初はチバダンジョンにしよっか。1つだけ難易度が他より高いし」
マヤの提案に、オレもミズハも同意する。難しそうなダンジョンからクリアしていったほうが、後々楽になれるだろう。
「それでは、この先に新幹線が止まってオリマス。半日ほど、車内で休息を取っていただき、次のダンジョンでの戦いに備えてイタダキマセ」
「半日もかかるんだ。現実世界の都道府県の位置関係と、ゲームフィールドのダンジョンどうしの距離は違うみたい?」
「ハイ。一度クリアしたダンジョンどうしの移動は一瞬ですが、そうでないダンジョンに向かうのは半日程度かかりマス。ご理解のほど、よろしくお願いイタシマス」
「了解。それじゃあ行こうか。次のダンジョン、チバダンジョンへ」
ガ・イドが案内する先へ、オレたちは進んでいく。
そんなオレたちを見送り、ガ・イドは呟いた。
「トウキョウダンジョンというチュートリアルは終わりデス。ここからが、本番。健闘を祈りますよ、プレイヤーの皆様方」
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『ガ・イド』︰名前のとおり、シナーズ・ゲームの案内役を務めているゲームの『運営者』のひとり。ただし彼ないし彼女は下っ端であり、ゲームについての詳しい情報は知らされていない。会話と案内ができるだけのNPCと大差ない存在。複数個体が確認されており、基本的にはダンジョンの出入口に立っている。




