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シナー・ヒーロー 〜異世界人の異能力バトルゲーム挑戦記〜  作者: 芒種雨
[序章 トウキョウ編 Welcome to Sinners Game]
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[決戦・盲信の巨精]


「ぁぁ、ぁぁぁぁぁ!!」


 悲鳴にも聞こえる絶叫を上げ、スプリガンと化したキョウカはトウキョウダンジョンのシンジュクエリアをさまよう。遭遇したバジリスク・エネミーを拳の一撃で粉砕し、黄色い空に向かって吠えていた。

 今の彼女に理性はない。ただ、居場所を奪われる恐怖に苛まれて暴走しているだけ。しかし実際には、居場所である味方を攻撃しているのは彼女自身なのだが。



  

「どうも。さっきぶりですね」


 そんなスプリガンの目の前に、ちっぽけな少女が現れた。スプリガンはお構いなしにその巨大な脚を振り上げて踏み潰そうとするも、少女が放った水流に押され、バランスを崩して尻もちをつく。


「皮肉なものですね。初めて出会った時、私は怪物で、あなたは人間だった。それが、今では逆転してしまったなんて」


 少女――百済ミズハは『水禍(フラッド)』の力でスプリガンを押しとどめる。鉄鋼すら切り刻む水流を手足に向けて的確に命中させていたが、しかしスプリガンはビクともしない。


「……あのケルベロスより強くないですか? 頑丈すぎるでしょ」


 幸いにも、山東キョウカの異能力(デュナミス)浮遊(フローター)』は、今のスプリガンの姿では使えない様子だった。能力を失ったのか、それとも理性がないために能力を使う意志がないからなのかは分からない。しかし、それでもスプリガンは驚異的な強さを誇っていた。


「ぐっ――」


 スプリガンが両腕を振り回し、破壊されて崩れた高層ビルの瓦礫がミズハへ降り注ぐ。水の壁を生み出して衝撃を和らげるが、それでも彼女の小さな身体には深刻なダメージとなる。


「厄災の力を失ったの、ちょっぴり後悔しちゃいますね。まさか、身体能力まで戻っちゃうなんて。今の私は可愛らしい女子中学生程度の運動能力しかない。ま、仕方ないですね。今の私じゃなきゃ、作戦実行はできませんから」


 

 ミズハは、マヤに告げられた作戦内容を思い返す。


 


「……スプリガンの肉体の分析をしたよ。山東キョウカ本人の肉体は、あのスプリガンの巨体のどこかに埋もれている。彼女を救うには、その肉体をスプリガンから引きずりださなきゃいけない」


「私は何をすればいいですか?」


「ミズハは、スプリガンに攻撃してその身体を傷付けてほしい。私が『全知(オムニシエント)』の能力でキョウカがどこにいるか調べ続けるから、見つけやすいように少しでもいいからアイツの表皮を削って」



 


「……とは、言ってもですね」


 ミズハは、ようやく崩れたスプリガンの表皮が、みるみるうちに再生していく様子を見てため息を漏らす。スプリガンは肉体損傷を補う再生能力まで有していた。


「硬いクセに再生もするとか、チートですか? 元ネタの妖精スプリガンにそんな能力ないでしょうに」


 スプリガンが拳を振り上げ、ミズハに標的を定める。攻撃が間に合わず、防御に徹するしかなくなったミズハだったが、水の壁だけでは完全に身を守ることは困難だろうということはなんとなく察知できていた。


「くっ――」


 思わず目を瞑るミズハ。

 だが、攻撃は来ず、代わりにスプリガンの絶叫が響いた。


「ァァぁッ!?」


「おいおい。元『厄災の匣』ともあろうヤツがよ、こンなンにビビってンじゃねぇ。……ま、それはそうと、お前強そうではあるがな。80点をくれてやる。勇者と戦った後はお前と戦いてぇ」


 スプリガンの右脚に手を触れ、圧力をかけて破裂させた一人の青年。その彼を見て、ミズハはマヤに言われたことを思い出した。


「あなたが、マヤさんの言っていた救援ですね! 確か、名前は――」


「間宮トモキだ。チッ、岸灘のヤツ、注文増やしやがって。『強欲の帝国(グリード・エンパイア)』とこの俺がどンだけやり合ってやったと思ってやがる。まあ、しゃあねぇか。勇者と戦うためなら、こンくらいやってやンよ」


 突風を起こして飛び上がり、スプリガンの皮膚に触れて次々と押し潰していく間宮トモキ。その命知らずな動きに、ミズハは思わず目を奪われる。


「おい、ぼうっとしてンな! 俺が表面ぶち破ったトコに追撃しやがれ!」


「あ、はい!」


 トモキが破壊した表皮が再生するよりも早く、ミズハの水流がスプリガンを襲う。その連携により、スプリガンは身動きが取れなくなっていた。



 


 そして、その様子を遠方から双眼鏡で眺めていたマヤは、必死にスプリガンの肉体のどこかにいるであろう山東キョウカの姿を探す。


「どこだ……どこ、どこに――」


 彼女の能力『全知(オムニシエント)』の連続使用により、その眼から溢れ出る血が彼女の足元を赤く染め上げていた。ぎんぎん、とマヤの眼球に激痛が走る。それでも、彼女は目を逸らさない。


「早く、早く見つけ――――ん?」


 マヤは、スプリガンの身体の一部に、きらきらと輝く何かがいたのを発見した。拡大してみると、そこには光り輝く光沢を有した虫たちの群れが、パタパタと集まって飛んでいた。


「スペシャルサービスさ。推しの頑張る姿を見たら、お助けサービスを少し延長してあげるくらい問題ないだろう?」


 マヤは、背後から何者かの女性の声がしたのを聞いた。その何者かのほうを振り向くことなく、そしてスプリガンから目を離すことなく彼女は尋ねる。


「誰?」


「誰だっていいだろ? ……ま、名乗るくらいはしとくけど。僕はチョウノ。勇者リベル君のファンボーイさ。彼の手助けがしたかったんだけど、一度別れてしまった以上、すぐ再会してしまうのはなんかこう……ムードに欠けるかなぁと思ったからね。彼には今は会わずに、リベル君の仲間である君に協力しようと決めたのさ」


「要するに、味方ってことね? で、あの虫はあなたの仕業?」


「まーそんなところ。あの付近に山東キョウカがいるっぽいね。よーく注視して。正確な位置は君でなきゃ見つけられない」


 チョウノがその言葉を言い終える前に、マヤはキョウカの肉体がある位置を発見した。すぐさまナビを取り出し、リベルのナビを持つアカツキへと連絡する。


「キョウカの本体は人間でいうところの、右の肩甲骨の下あたりにある! リベルに伝えて!」




「ユーシャ。コムスメから連絡きたぜ。山東キョウカは、あの怪物の右肩甲骨の下あたりにいやがる」


 ナビからマヤの連絡を受けたアカツキが、キョウカの肉体がある地点を簡略に伝える。それを聞いたオレは、壊れかけのバイクへとまたがった。そして振り返り、オレが向けた視線の先には中臣タカイチの姿がある。


「頼むぞタカイチ。君の『置換(リプレスメント)』でオレをスプリガンの元へぶっ飛ばしてくれ」


「分かってる。てか、勘違いすんなよ。俺はてめぇに協力するんじゃなく、自分のクランの『強欲の帝国(グリード・エンパイア)』を守るためにやるんだからな。次会ったときは必ずてめぇをぶっ殺してやる」


「はいはい、分かってるよ。こういうの、ツンデレって言うんだっけか。……え、誰得?」


「うるせぇ! んなこと言ってる暇あんなら、しっかりバイクにしがみついとけよ! ちゃんとバイクの一部だとみなされねぇと、バイクの車体だけ入れ替わっちまうからな!」


 タカイチは狙撃銃でスプリガンの右肩下付近を狙う。そうして放たれた弾丸とオレの乗るバイクが入れ替わり、スプリガンの肉体へ突っ込む作戦だ。


「しっかし、この作戦イカれてるだろ。狙撃銃の弾速がどんだけか分かってんのか? 衝突のショックで普通に意識トブぞ」


「大丈夫大丈夫、オレ勇者だから。それに、ミズハが戦ってくれてる間に体力も魔力も回復させた。準備はバッチリだよ。そんなことよりタカイチ、ちゃんと狙ってくれよ? 外したりなんてしたら、一巻の終わりだからね」


「わあってる! 舐めんなよ、俺は射撃の才能だけはあんだからな。……行くぞ。舌噛み切るなよ?」


 

 タカイチが引き金を引いた。

 

 途端、オレの身体は鉄のような硬さの肉の塊の中に突っ込んでいた。生前でさえもそうそう感じたことのない強い衝撃が全身を襲い、その衝撃でバイクはぐしゃぐしゃになる。


「ぐっ、こりゃヤバいね。でも大丈夫、こんくらいじゃ気は失わないよ」


 まだビリビリと痙攣している肉体を無理くり動かす。剣を抜き、暴れるスプリガンの巨体にしがみつきながら、魔力を放出して周囲の肉塊を崩していく。

 するとすぐに、山東キョウカの姿が見えた。


「ようし。後はこれを、引っこ抜く!」


 肉の中に埋まっているキョウカの上半身に手を回し、彼女の肉体を引っ張る。半分ほど抜けたところで、キョウカはゆっくりと目を覚ました。


「……あ、れ? わ、私、何を――」


「おはよう。悪いけど、積もる話は後でね」


 オレと目が会い、一瞬困惑した表情を見せたキョウカ。だがすぐに、状況を理解したようだ。


「……あなた、異常者? 自分を狙った敵を救おうだなんて、正気の沙汰とは思えない。置いていきなさい! 私にはもう、このゲームにいる理由なんて――」


「はいはい。言っとけ言っとけ。オレには君を倒した責任があるんだ。なんと言おうと今は君を助けるから。助けられたその後は、勝手にしたらいい」


 キョウカの身体を完全に肉塊の中から引っこ抜き、彼女を背に担ぐ。そしてもぬけの殻となったスプリガンの巨体から脱出し、天高く飛び上がった。


「……分かった。分かったわ。この屈辱、絶対に忘れない。私を生かしたことをいつか後悔させてあげるわ、勇者――リベル・ルドベキア!」


「そうか。それじゃあ楽しみにしておこうか。……さて」


 本体を失ったスプリガンの肉塊が、主を取り戻そうとキョウカに手を伸ばす。マヤの予想していた通りだ。キョウカを救出した後も、スプリガンは動きを止めなかった。

 息を整え、魔力を流し込む。容赦はいらない。オレの持てる全身全霊で、この肉塊を消し飛ばす。

 

 それは、龍という最凶の暴力性そのものを具現化した『究極魔導』。基本属性ではない、龍属性の魔術。


「これなるは龍。世界を砕き、唯我独尊の如く天を翔ける龍神そのもの! こわせ、龍の息吹――『白龍神の怨祝ヴァイス・シュヴェルト』ォッ!」


 剣から放たれた、龍の姿を象る光の線が、雷のようにスプリガンの胸部を撃ち抜く。その衝撃でスプリガンの全身は粉々になり、跡形もなく粉砕された。



 決着。

 マヤと出会い、そして始まった『強欲の帝国(グリード・エンパイア)』、そして『厄災の匣』を巡る一連の戦いが、今ここに幕を下ろした。

[シナーズ・ゲーム TIPS]


置換(リプレイスメント)』︰プレイヤー・中臣タカイチが使用する異能力(デュナミス)。あらかじめ登録しておいた物体どうしの位置を入れ替えることができる。入れ替わる前の物体が動いていた場合、その運動エネルギーは入れ替わった後の物体に引き継がれる。

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