[クラン結成]
スプリガンとなってしまったキョウカを追い、地上へと駆け上がっていく。その道中の光景は、酷い有様になっていた。
「ぐ……うあぁ」
「なんだよ、あのエネミー……。 ぐぅ、キョウカ、さん……どこへ……」
おそらく『強欲の帝国』のプレイヤーと思われる人たちが、倒れてうめき声を発していた。キョウカにやられたのだろう。もう、彼女には敵味方を判別する理性は残っていない。
「早く止めないと」
このままキョウカを放っておけば、被害はさらに増える。たとえオレを狙ってきた敵組織であったとしても、こんな方法で全滅なんてされたら寝覚めが悪い。なんとしても彼女を止めなくては。けど、それよりまず先にマヤたちと合流したいところだが――。
……と、思っていた矢先。
「あ、いた!」
「リベルさん!」
馴染みのある声。その声を聞き、姿を見てオレは安心を感じた。
「マヤ! ミズハ!」
岸灘マヤと百済ミズハの2人が、オレに駆け寄ってきた。2人とも無事なようでよかった。オレはほっと胸を撫で下ろす。
「無事でよかった。マヤ、ミズハを救出するのに成功したんだな! ……ごめん、オレ、手こずってて」
「知ってるよ。山東キョウカと戦ってたんでしょ? 援護に向かおうかと思ったけど、もう片付いたんだね。……なんで知ってるの、って顔してるね。それはね、全部アイツに教えてもらったんだ」
マヤがすっ、と彼女の背後を指差す。そこへ、ぜえぜえと息を荒らげながら走ってくる見覚えのある男。
「クソッ……。どうしてこの俺がこんな目にッ」
「……あれ? 君、中臣タカイチ……?」
オレがマヤと出会った時に襲ってきた、『置換』の能力を持つプレイヤー、中臣タカイチが走ってきた。そして、彼の頭の上にはよく知る小動物が1匹。
「よ、ユーシャ。アタシの心配していてくれたか?」
「あ、アカツキ。やっぱ生きてたか。……うん、あのさ、これどういう状況? 簡単に教えてね」
浦崎キュウトと御船アキハシによる襲撃の時から姿を消していたアカツキが、なぜか中臣タカイチの頭の上に乗っていた。何がどうなっているのか、事情を知りたい。
「爆発に巻き込まれたアタシが目を覚ましたらよぉ、誰もいなかったからさ。とりあえず『強欲の帝国』のプレイヤーなら何か知ってるかと思って、その辺ほっつき歩いてたこのガキンチョ襲って脅してみたのさ。そしたら、ユーシャとコムスメがシンジュクに乗り込んだらしいときた。アタシは急いでこのガキンチョに案内させてここまで来たのさ」
「クソッ、万全の状態ならこんなクソネコに負けやしねぇのに……! 勇者、てめぇに受けたダメージがまだ全身に残ってんだよクソ――うっ、痛ぇ……」
「そして、ミズハを救出して迷ってた私たちと合流したってワケ。何が起きてるかは全部、タカイチから情報を盗ませてもらった」
「クソ、岸灘マヤてめぇ、異能力に覚醒しやがって……。『厄災の匣』もいるし、逃げらんねぇじゃねえかよ……。クソォ、後で勅使河原さんに叱られる……」
アカツキにやられ、マヤに情報を全て奪われ、ミズハに脅されてしょぼんとした表情を浮かべている中臣タカイチ。なんだか可哀想に思えてきた。
「そんでリベル。なんかヤバいエネミーが暴れてるみたいだけど、アレ何事? 教えてくれる?」
オレはマヤたちに、これまであったことを簡単に伝えた。
それを聞き、マヤは肩をすくめ、タカイチは顔を真っ青にする。
「……嘘だろオイ、あのキョウカさんがエネミーに? 終わりだ。『強欲の帝国』は終わりだぁ。クソ、畜生どうしてオレがこんな目に」
「ふん、自業自得じゃない? タカイチも、山東キョウカも。リベル、彼女を救うつもりなの? アイツはミズハとリベルを狙った相手だよ? 『強欲の帝国』はこのまま自滅させたほうが後々のためかもしれないよ?」
マヤの言うことはもっともだ。
そもそも、ここはシナーズ・ゲーム。他のプレイヤーを殺すことが許されている場所だ。命を狙ってきた相手をみすみす助けるなんて真似、馬鹿らしいことこの上ないだろう。キョウカがミズハにしたことも、オレは到底許せはしない。
しかし、それでも。
「ごめん。オレは勇者だから。彼女の苦しみを知った今、見てみぬふりはできない」
「……そっか。ま、そうだよね。そんなあなただから、私を助けてくれた。『借りがある』だとかなんとか言ってさ、力を貸してくれたんだもんね。それじゃあ、しょうがないか。さて、それならどうするかな」
「はい! 私も、もう人を傷付けるだけしか能がない災害じゃなくなったところ、リベルさんに見せてあげますよ」
「……ん? ちょ、ちょっと待ってくれ。その言いぶりだと、君たちオレに協力する気? なんで?」
マヤとミズハは、どうやらキョウカを助けようとするオレに手を貸してくれるようだ。なぜだろうか。キョウカを救おうとするのはオレの身勝手で、マヤとミズハはオレの依頼人だ。手を貸す義理はないはずだが――。
「なあに言ってんの。手、貸すよ」
「私たち、もう仲間ですよね?」
「…………えっ」
思いもしない言葉が飛び出してきた。
マヤとミズハが、オレの仲間……?
「なに? もしかして、ミズハを救出したら別れるつもりだったの? 『強欲の帝国』に喧嘩売ってるんだし、もう私たち共犯でしょ。それに、ミズハの件もまだ片付いてない。その四宮トリデとかいうヤツをとっちめなきゃいけないんでしょ? それなら、ついてきてくれるよね?」
「私、昨夜リベルさんに仲間がいなかったと聞いてモヤモヤしてたんです。ずっと一人で戦ってきたのなら、今度は私がリベルさんに力を貸したい。助けられたお礼の意味も込めて」
「……ハハッ、口説かれてるぜぇユーシャ! ま、もうこうなったらしゃあねぇよ。もう、こそこそダンジョンの隅っこで隠れてるワケにもいかねぇ。こいつらの面倒見てやりな」
アカツキも、嬉しそうな口調でそんなことを言った。いよいよ、このシナーズ・ゲームを本格的に戦っていかなければならない時がきたということだろうか。マヤとミズハ、2人と共に。
「仲間、か。いい響きだね。分かった。オレだって、生き返りたくてこのゲームに参加したんだ。なんなら、誰も殺さずにこのゲームをクリアしてやろう! ……と、そのために。まずはキョウカを助ける。協力してくれるね?」
「はい! そのためにも、クランを結成しませんか? そうすればナビで連絡も取れますし」
「オッケー。当然、リーダーはリベルね。クラン名は……『勇者一行』でいいんじゃない? よし、ナビに登録完了っと」
なんだかあっという間に色々手続きをされてしまったが、そういうことはオレは詳しくないし2人に任せるとしよう。
「それじゃ、行こうか」
オレたちは地上へと駆け上がっていく。
ここからが、『勇者一行』の初陣となる。仲間の存在がこんなに頼もしいなんて、死んだ後に知ることになるとは思わなかったな。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『天啓の信徒会』︰シナーズ・ゲームにおいて、『強欲の帝国』に次ぐ勢力を誇るクラン。拠点はフクオカダンジョンにあるとされている。現実世界にも同名の新興宗教団体が存在しているため、このクランは現実で死亡してシナーズ・ゲームに参加した信者たちが結成したものだとされている。人体実験、特に異能力の研究を力を入れて行っており、百済ミズハを『厄災の匣』に改造した。倫理観がない。




