[対決・浮遊の女帝]
「パタパタ飛んでいると、まるで虫みたいね。そういえば、さっきから虫が鬱陶しいんだけれど、アレはあなたの仕業?」
「さあね。無視しとけば?」
椅子やら照明器具やら、様々な物が飛び交う空中をひらりひらりと飛びながら、隙を見てキョウカに攻撃を仕掛ける。しかし、どれも手応えはない。どんな攻撃も、浮かばせた物体で防御されてしまう。
「洒落のつもり? 寒くなってきたわね。おかげで虫も全滅してくれそう」
「そういうつもりで言ったんじゃないんだけどなぁ。っと!」
危ない、今危うく飛んできた椅子に激突するところだった。一瞬たりとも気は抜けない。なにせ、何十、いや何百という物体の弾幕がオレにぶつかるために空中を飛び交っているのだ。むしろこっちのほうが、照明に集まる羽虫みたいじゃないか?
「なあキョウカ、1つ尋ねたい。君は、オレを捕らえることが本当の目的だと言った。ミズハはその餌にすぎないと」
「ええ、その通りよ。この私たちの根城に誘い出し、罠や迷宮で無力化する。まあ、その目論見は外れてしまったけれど、問題ないわ。やれるだけの手を打った後の最終結論として戦うのなら、失敗ではないもの」
「オレが訊きたいのは、どうしてオレを狙うのか、ってことだ。異世界の技術が欲しいのか? それとも、エネミーたちのようにオレを操るつもりか?」
ミズハを餌としてまで、オレを狙う理由。その理由をオレは知りたかった。だが、キョウカは肩をすくめる。
「さあね。それは、私たちのリーダーしか知らないわ。でも、あのお方が望むというのなら私は従うまで。そうすれば、私の"居場所"は守られる」
「居場所、居場所って君、そんなに所属してるクランに執着しているのか? 何人殺そうと構わない、だなんて言うくらいだしな」
「ええ、そうよ。現実で生きていた頃、私は不当に居場所を失った。……もうあんな目はごめんだわ。私の実力を認めてくれるこの居場所だけは、絶対に失わない……!」
キョウカはステージの裏から見つけたのか、数本の鉄パイプを浮かばせ、その狙いをオレに定めた。
……マズい、宙に浮かぶ物体たちのせいで、逃げる方向が誘導されている……!
「負けなさい。私のために」
ミサイルのように、鉄パイプが放たれた。逃れられない。避けられない。
「……っ――『結界魔導』!」
咄嗟に使用した結界の魔術で、全身を防御して身を守る。しかし、飛行の力を失い、オレの身体は地上へと落下してしまう。
「ぐうっ、う――――ッ!?」
そこへ、待ってましたと言わんばかりに放たれた2撃目。腹部に直撃し、オレの身体は蹴られたボールのようにブッ飛ぶ。
「ふふ、壁に磔になるとは無様ね。勝負あったかしら。もう諦めなさい。おとなしく私たちにその身を委ねるのなら、これ以上苦しい目には遭わないわ」
高速で放たれた、鉄パイプの直撃。勢い余って壁に叩きつけられたオレの身体は、全身から激痛という悲鳴を上げていた。本来なら、衝撃でミンチになっていてもおかしくはない。
「……諦めるもんかよ。キョウカ、君は知らないんだ。あの娘の恐怖を、苦痛を。そんな彼女から助けを求められたのに、途中で倒れていちゃ勇者とは言えないだろ」
「ふふ、よっぽど『厄災の匣』に入れ込んでるみたいね。安心して。彼女は私が有効活用してあげる。恐怖も苦痛も、全て塗り潰してしまうほどにね! もうあなたには一筋の勝ち筋も残ってはいないわ!」
オレは呼吸を整える。この戦いには必ず勝たなくてはならない。その意志を再確認したところで、反撃へと移ろう。
大丈夫、勝機は既に見出している。
「……ふっ、舐めるなよ。今、君はすぐに追撃を仕掛けてこなかった。その隙を見せた君の負けだよ」
「……? それは、どういう――」
「体力キツいんじゃない? 必死に隠してるようだけど、息切れしてるの分かってるよ」
平然とした表情を装ってはいるが、僅かにキョウカの呼吸は速くなっている。それを見逃すほど、オレは甘くない。
「オレは異能力に覚醒していないからね、知らなかったよ。異能力を使うのにも体力が要るんだね。それなら、勝機はある」
「何を――」
キョウカが鉄パイプの3発目を放つ前に、オレは風の魔術を起こす。それを防御するため、キョウカはその手持ちの鉄パイプを使わざるを得なくなった。
その隙を逃さず、宝魔剣ヴァイスを変形させる。
「『武装変形』――"基本属性・裏︰光属性"! 起きろ、『宝魔弓ヴァイス・バハムート』!」
「剣が、弓に!? チッ、させない!」
オレの手から、ヴァイス・バハムートが取り上げられる。そしてオレの身体が宙に浮かんでいくが、別に問題はない。
「我慢比べしようよキョウカ。――うかべ、眩き光。我が敵を粛清せよ」
この魔術は、光属性の魔術の最高峰。
敵が倒れるまで攻撃を止めない光の雨。限られた者しか到達できないという、魔術の真髄である『究極魔導』。
「おかしい。あの弓、手を離れているはずなのに勝手に矢を引いて……!? 私の『浮遊』でさえも、操ることができないなんて、そんな――」
「――『光矢の怨祝』!」
必要なのは、呪文詠唱と魔力の注入だけ。
それさえあれば、この手を離れていようと発動できるのがこの魔術の強みだ。
そして、準備が整いさえすれば、この弓矢は光同然の存在となる。物理的干渉なんて、できはしない。
光の矢が、弓から放たれる。
その神速の一撃に貫かれ、膝をつくキョウカ。
「……これ、しきぃ……っ!」
だが立ち上がり、お返しとばかりに宙に浮かばされて身動きが取れなくなっているオレに向けて物体をぶつけてくるキョウカ。
しかし、またすぐに彼女は膝をつくことになる。
「うぐァっ!? な、なんで私を撃ち抜いたはずの光の矢が、戻って……!?」
キョウカに放たれた光の矢が、弓へと戻っていきまた射出される。かと思えばまた射出。その再装填と射出のサイクルはだんだんと速くなっていく。たった1発の矢しか放たれていないというのに、連射されているかのように錯覚してしまうほどの怒涛の攻撃がキョウカを襲う。
「がッ、ぁぁぁぁ……!」
矢の雨に全身を撃ち抜かれる激痛。それを受けてなお、キョウカはオレに向ける攻撃の手を緩めない。流石というべきか。だが、この我慢比べに負けない自信がある。だからこそ、オレはこの勝負を仕掛けた。
「負け、るものか……私、は、居場所、を……!」
「勝つ。勝ってみせる。オレ、は、勇者だぁぁ!!」
互いに手を緩めない猛攻。
数分続いたその我慢比べは、光の矢の射出が止まることで終了した。
「……勝ちだ」
「…………」
「オレの、勝ちだ」
光の矢は、相手が倒れたら攻撃をやめる。
倒れてもなお攻撃を続けたキョウカは、敵ながら天晴というしかない。だが、全身を撃ち抜かれ続ける苦痛に耐えられなかったキョウカは、オレより先に崩れ落ちていた。
なんとも勇者らしくない、泥臭い我慢比べという戦いではあったが。
確かにオレは山東キョウカとの戦いに勝利を収めた。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『浮遊』︰プレイヤー・山東キョウカが使用する異能力。周囲にある物体を宙に浮かばせ、その運動を操ることができる。常人相手であればその身動きを完全に縛ることができ、また重量のある物体を高速で投げつけるだけで凄まじい破壊力を引き起こすことができる強力な力だが、その反面、使用による体力消費は激しく、長時間の連続使用は推奨されない。




