[偶然の連携]
「さあて、到着! さっさと降りるよ。でないと、ワームドラゴン・エネミーが追いついてしまうからね」
シンジュクエキに電車が停止したと同時に、オレとチョウノは転がり出るように降車する。直後、ワームドラゴン・エネミーが電車に追いつき、その大きな口で最後の車両も丸呑みしてしまった。それで満腹になったのか、悠々とワームドラゴンは目の前から立ち去っていく。
「ここからは、ずっと上層へ上っていくだけさ。とはいえ、今いる下層の区域は非常に複雑で迷いやすい構造になっている。けれど安心してほしい。僕の友人たちが道案内をしてくれるからね」
チョウノの指にチョウチョが止まる。
そして、まるでこちらを道案内するかのようにひらひらと飛び始めた。
「道中で襲い来るであろう刺客との戦闘は任せたよ、勇者君」
「任せてくれ」
剣を握る手に力を込め、息を整える。手間取っている時間はない。立ち塞がる敵は、容赦なく突破する。
……と、そう意気込んでいたのだが。
どういうワケか、オレたちが敵と遭遇することは全くと言っていいほどなかった。
◆
「『払暁の勇者』、確認! 『勇者』がこのシンジュクエリア中心部、シンジュクエキ地下迷宮第30階層にて確認されました!」
その報告を受け、表情を引き締めた山東キョウカ。
座っていた椅子から立ち上がり、鋭い声で命令を下す。
「生きて辿り着いたのね……。待機中の"城"第4部隊を派遣しなさい。彼らが時間を稼いでいる間に、『勇者』を包囲するようにコカトリス・エネミーを配置。罠へと誘導するように陣形を組んで」
「了解しました」
『強欲の帝国』の司令室は、一気に緊張で包まれた。伝令がなされ、クラン所属のプレイヤーたちが動き出す。その統率が取れた動きは、まるで軍隊のようだった。
そんな忙しない司令室に、1つの急報が入る。
「伝令! 緊急伝令! シンジュクエキ地下迷宮の上層、第2階層にて、厳重警戒プレイヤーリストに名を連ねている『血染めの戦闘狂』こと、間宮トモキが待機中の勇者捕縛部隊に攻撃を加えています!」
「……何ですって?」
その報告を受け、司令室に動揺が広がる。
それは、予想だにしなかった事態だった。
並外れた実力を持ちながらも特定のクランに所属することはなく、気ままに遭遇したプレイヤーと戦闘することだけを楽しむ狂気の一匹狼、間宮トモキ。
しかし、彼は野生の勘、あるいは嗅覚、といったものに優れており、『強欲の帝国』の拠点に近付こうとはしなかった。賢い判断である。『強欲の帝国』は無駄な戦はしない。彼のような実力者が巣穴に飛び込んできたのなら、これまでリベルにしたように、たちまち罠やエネミーを用いてこの迷宮の奥底へと落としてしまっていたことだろう。戦わずして勝利する、それこそが効率的な戦法であると言わんばかりに。
そんな罠があることを直感的に理解していたトモキは、『強欲の帝国』に積極的に喧嘩を売ることはなかった。そのため『強欲の帝国』も彼に手出しはせず監視を続けているだけだったのだが。
「申し訳ありません! 『勇者』の追跡に気を取られ、間宮トモキの監視に手が回らず――!」
「間宮トモキ、第7部隊およびコカトリス・エネミー群体突破! 第4階層へと向かっている模様!」
「止まりません!」
パニックになる司令室。その光景を尻目に、キョウカは顎に手を当てて冷静に考え込んでいた。
「おかしいわ……あの戦闘狂で、トドメを刺さないと気がすまないはずの性分の間宮が、部隊を突破するのみで殲滅はしていない……。まさか、彼も勇者の仲間? いや、それはないわ。勇者と彼が接触するのは物理的に不可能。と、すれば――」
キョウカの頭に最悪の事態がよぎる。自分が見落としていた、いや計算するまでもないと思いこんでしまっていた変数が存在していた。
「『厄災の匣』! 『厄災の匣』はどうなってる!?」
「……え、は、はい。…………。ん、んん!? そ、そんなバカな、『厄災の匣』を監視しているカメラが全て破壊されている!? さ、さっきまで確かに映っていたのに!」
こんなことをできるのは誰か。
……あの女だ。
キョウカの脳裏に、『厄災の匣』――百済ミズハの横にいた黒髪の女の顔が浮かぶ。
勇者リベルは地下迷宮の最深部付近にいる。間宮トモキと接触はできないし、迷宮の上層に設置されている監視カメラの破壊など不可能だ。
そして間宮トモキの行動も不可解。普段の彼とは行動原理が異なっている。まるで、陽動を起こし、注意を引きつけることが目的のように。
間宮トモキを懐柔し、勇者リベルの手助けができるような人物。そして『厄災の匣』である百済ミズハと関係のある人物――そんな存在、1人しかいない。
岸灘マヤだ。
「……最悪」
バン、と机に拳をぶつけるキョウカ。
中臣タカイチらの交戦記録によれば、彼女は異能力も特異な戦闘技術も持たない、ただの雑魚であったはず。百済ミズハの『厄災』に巻き込まれ、気を失っていただけの、この作戦においては脇役、モブ、計算に入れるまでもない雑兵でしかなかったはず。
それなのに、この一瞬で急成長を遂げたのか。シンジュクエキまで無事に辿り着くだけでなく、間宮トモキまで味方に付けて『強欲の帝国』の目を欺いたのか。
キョウカは信じられなかった。信じられなかったが、しかし受け入れるしかなかった。そして次なる手を打つ。
「勇者に派遣した部隊をすべて反転! 間宮トモキの殺害に注力しなさい!」
「えっ。し、しかし――」
「『厄災の匣』を捕らえているセクションを完全封鎖! ただちに処分を実行! ……拘束具が解かれているという万が一の事態を想定し、"処刑獣"を放ちなさい!」
「Aクラス級エネミーの、アレをですか!? アレは『支配』による効き目が薄く、再回収はほぼ不可能です!」
必死に反論する部下の1人だったが、そんな彼をキョウカは鶴の一声で黙らせる。
「全ては私がどうにかするわ! 今、あなたたちは『厄災の匣』の処分および間宮トモキの殺害に注力なさい!」
「で、では勇者は――」
「私がやるって、言ってるでしょう!」
その言葉を最後に、キョウカは司令室を後にした。
司令室には困惑の雰囲気があったが、しかし。
「……確かに、残存のどんな部隊をぶつけるよりも、あの人が出陣したほうが強力か」
残された者たちは、口々にそのような意見を口にした。それもそのはず、彼女こそは『強欲の帝国』最優の"女王"である。実力あるプレイヤーが数日前の『厄災の匣』との戦いでほとんど失われていたこともあり、故に彼らはキョウカの行動をすんなりと受け入れたのだった。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
【グール・エネミー】危険度クラス︰E
トウキョウダンジョンにある地下迷宮の中層から下層にかけて出現する、黒い異形の怪人のような姿のエネミー。動きは鈍く、噛みつきや殴打などの単純な攻撃しかしてこないが、数が多く、力も強いことから囲まれると厄介な相手だといえる。また、その黒い体液には他のエネミーを呼び寄せる特殊な成分が含まれている。




