[対決・血染めの戦闘狂]
「……オムニシエント。英語で全知全能、特に全知を意味する言葉だな。なるほど、だいたい予想できる。全てを知る力、ただし覚醒直後につきまだ能力は荒削り、といったところかぁ? そのせいで眼から出血している、と」
トモキは冷静にマヤの異能力を考察し、次の一手を考える。同じく、マヤも自身の力を把握しつつ作戦を考えていた。
眼球へとかかる負担からして、今この戦いで異能力を使用できる回数は残り4回。それ以上は失明のリスクを抱える。しかもそれはあくまで最大の回数であり、あまりにも情報量が多い答えを求めた場合には眼にかかるダメージも大きくなってしまい、使用可能な回数が減少することすら考えられる。
「『全知』!」
だが、マヤは即座に能力を使用した。周囲を見回し、おそらく地下迷宮の構造を視ている。膨大な情報を得たため、2回分の能力使用可能回数を消費した。能力を使えるのは、残り2回。
「さて、どうする岸灘マヤ。俺の弱点でも調べてみるかぁ? それとも何かいい物でも見つかったかぁ?」
「さあ、どうかな童貞。そんな中二病じゃあ、女の子も寄ってこないでしょ」
「……おい、それはちょっと傷付くなぁ。プライバシーの侵害だと思うぜ、俺」
挑発のつもりが、思いの外しゅんと落ち込んでしまったトモキの様子に肩透かしを食らったような感覚になるマヤ。気を取り直し、彼の性格を考慮した挑発を行う。
「私が調べたのはこれだよ。逃走経路! 三十六計逃げるに如かず、ってね!」
きびすを返し、全力疾走するマヤ。一瞬呆気に取られたトモキだったが、すぐに顔面を真っ赤にして激怒する。
「は? は? は? ふ、ふざけ、やがってえぇッ! 最低だお前、0点だ0点! これからだってところで、逃げるなンてありえねぇだろうがよぉぉッ!」
マヤはさらに地下へと続く階段を駆け下り、下へ下へと迷宮を潜っていく。それを追うトモキは階段を飛び降り、一心不乱で彼女を狙う。
「待てコラァ!」
「いいよ、待ってあげる。2秒だけね」
マヤは突然、階段の踊り場で立ち止まった。その彼女の姿を発見し、突風を放とうとするトモキ。だが、マヤが手にしている赤い物体を見て思考が停止する。
「は? それは――」
「じゃーん。消火器!」
マヤがレバーを引いたことで、消火剤が噴出されトモキの景色が白に染まる。その隙に、マヤは姿を消す。
「ぐあっ!? ……クソっ、どこ行きやがったぁ」
怒り心頭のトモキだったが、冷静さは保っていた。マヤの足音を聞き分け、彼女が階段をずっと下りていったわけではないことに気が付いていた。そのため、今いる階層から1つ下のフロアに彼女が向かったと推測し、彼も移動を開始する。
途中、消火剤のせいで視界が悪い中、気付きづらいところに置いてあった消火器を足の小指にぶつけ、彼の怒りはさらに燃え上がることにはなったが。
「どこだぁ?」
トモキが向かったフロアは、先程までいたフロアと同じく地下街のような空間ではあったが、飲食店が多く立ち並んでいた。もちろん店員も客もいない閑散とした空間であり、そのためにマヤの姿はすぐに発見できた。
「鬼ごっこはおしまいかよ?」
「いや? 飲食店が立ち並ぶここなら、障害物もたくさんあっていい感じでしょ?」
「……ハッ、舐めた予想だろうがよ、それはァ!」
ある飲食店の厨房に立っていたマヤを発見し、突風を放つトモキ。めちゃくちゃになった厨房の奥へと逃げていったマヤの姿を、トモキは全力で追いかける。
「従業員用の出口があるからね。行き止まりには行かないよ」
「チッ、何を狙ってやがる岸灘マヤ……!」
風を起こしそれに乗って一気に距離を詰めるトモキの得意技も、障害物が多く、狭い店内ではうまく使えない。だんだんと、体力に限界が来てぜぇぜぇと息を切らし始めるトモキ。このまま逃げ続ければ、マヤは逃げ切ることができる。
だが、体力に限界が来ているのはマヤも同じ。
そして、戦い慣れていないマヤのほうが先に体力が尽きるのは当然のことだった。
「……今度こそ、追いかけっこは終わりみたいだなぁ」
「ぐうッ……」
従業員出入り口のない、小さな飲食店へと逃げ込んでしまい、突風を受けて崩れた厨房の瓦礫に沈むマヤ。体力の限界からか、それとも冷静さを失ったのか。逃げ道のない空間へと追い詰められてしまった。
「かれこれ十数分、全力疾走すんのは流石に疲れたな。が、もう終わりだ。興醒めだぜ岸灘マヤ。こんなのがお前の作戦か?」
「そう。これが、私の作戦」
息を切らしつつ、震える手で拳銃を構えるマヤ。そんな彼女の様子を見て、心底つまらなさそうな仏頂面をトモキは浮かべている。
「いまさら銃弾の1発や2発で俺を殺せると思うのか? 意味ねぇだろうがよ」
「どうやら、あなたは興奮して気付いてないんだね。ねぇ、なんか臭くない?」
「……?」
くんくん、と匂いを嗅ぐトモキ。そしてふと、あることに気付く。
「こりゃあ、ガス……?」
本能的に不愉快な匂い。都市ガスやプロパンガスの匂いがした。
「まさか、お前……!」
「どうして私がわざわざ飲食店を巡って逃げてたと思う? 仕掛けは上々。このフロアは密閉空間だし、それなりにガスは溜まったんじゃないかな」
「爆破する気か、岸灘マヤ――――!」
カチリ、と拳銃の引き金に指をかけるマヤ。そんな彼女を止めようとトモキが迫るが、間に合わない。トモキの突撃をひらりと躱し、そして流し台の下へと潜り込んだ。
そして、潜り込む最中に拳銃の引き金を引いた。発生した火花がガスに燃え移り、大爆発を起こす。
「……さて」
流し台の下から、爆発によりめちゃくちゃになった厨房へと出たマヤは、瓦礫の下敷きになり身動きが取れなくなっているトモキに目を向ける。あれだけの爆炎と衝撃に見舞われながらも、トモキは元気そうに鋭い眼光でマヤのことを悔しげに睨みつけていた。
「……殺せ。俺の負けだ」
「そう、私の勝ち。でもさ、間宮トモキ。もう勝負はついた。それならもういいでしょ?」
マヤに、トモキをゲームオーバーにさせるつもりはない。憧れの勇者のモットーを真似してみた、というのもあったが、彼女にはそれ以上にある目的があった。
「駄目だ。お前の作戦を読めず、こうして下敷きになった以上反撃の目はねぇ。俺の負けだ。だからこそ、俺は死ななきゃならねぇ。敗北者には死、っていうルールを俺自身が破っちゃ駄目だろうが。負けても死なねぇかもっていう期待があると、スリルがなくなっちまう」
「そっか。じゃあいいことを教えてあげる。……『払暁の勇者』の噂、知ってる?」
「!」
その言葉に、トモキは反応した。目を見開き、口をあんぐりと開けている。どうやら勇者の噂に聞き覚えがあるようだった。
「実は私、その勇者と一緒にここに来たんだ。でもはぐれちゃって。……ねぇ、間宮トモキ。私なんかよりも何倍も何十倍も強い、勇者と戦ってみたくなぁい?」
「ほ、本当なのか……? 噂には聞いてたがよ、まさか本当に――」
「あー、でも負けちゃったから死ぬのか〜。せっかく、かの有名な勇者と戦える機会があるのにな〜。それとも、流石に勇者には敵わないから逃げるのかな?」
マヤは、間宮トモキの性格を完全に把握していた。
死のスリルを愉しみ、勝利の余韻を好む戦闘狂。戦闘中であればこちらの提案に耳を貸すワケはない。
しかし、今は敗北し、生殺与奪の権利を握られている状況。そんな状況で差し出された"さらなる強者"への挑戦権。2つの要因が相まって、トモキがマヤの提案を受け入れる可能性が高まる。
「私は、あなたの命を取らない代わり、あなたに力を貸してくれることを望む。そうしたら、コトが終わった後に『払暁の勇者』と戦わせてあげる。どう? この提案。受けない?」
「………………うっ。し、仕方ねぇ。敗者は勝者に従うのが道理、か」
トモキは折れた。敗北を認め、マヤに従うことを決めた。
マヤは異能力覚醒後の初の戦いにおいて、勝利を収めたのだった。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『全知』︰プレイヤー・岸灘マヤが覚醒した異能力。目にした視界の中から任意の物体の情報や記憶を読み取り、解析することができる。ただし、能力の使用中は眼球に強い負荷がかかり、出血や一時的な視力の低下、最悪の場合失明の危険すらあるため、短時間での連続使用は推奨されない。