[全知への覚醒]
「……アイツ――間宮トモキは『コンプレッサー』と言った。コンプレッサー……英語で圧縮機を意味する言葉。それならアイツの異能力は――」
「ひゃはぁぁぁ!!」
トモキが放つ突風を警戒するため、距離を取りつつ発砲するマヤ。しかし、銃弾は当たらず、奇声を発してトモキは距離を詰めてくる。突如として突風が吹き、その風に飛ばされてトモキが接近してくる。
「トモキの能力は圧縮。さっきの突風は圧縮した空気を解放して放った空気砲のようなもの、この風も気圧操作によるものだとしたら説明がつく……。けど、こんな緻密な操作ができるものなの!? 科学的に不可能なんじゃ――」
「科学的に、か。そンな言葉、このゲームじゃ通用しないンだよ。異能力はあらゆる法則を凌駕する。感覚さえモノにすれば、どンなことだってできるンだぜぇッ!」
一気に近付いてきたトモキが、右手をマヤの顔面へと伸ばす。咄嗟の判断でマヤは顔を横にそらし、その掌は壁に触れた。
「っ!?」
直後、壁にはえぐりとられたかのようにクレーター状の穴が空いた。トモキの能力によって強烈な圧力がかけられ、凹んでしまったのだ。
「こんなの、顔面に食らってたら――」
「痛いぜぇ。普通なら一撃で気絶する。そンでもって、動かなくなったヤツに2・3回圧力かけてやればそれで終わりだ。全身圧縮なんてモンを食らったら、いくら残る命の火があろうと何回も耐えられはしねぇ。そうやって、俺は何人も終わらせてきた」
「……どうして」
「ン?」
「どうしてこんなことを? 私は、まだどのダンジョンも攻略していない、殺す意味もない存在。あなたもそのことを分かっているはずなのに。ここは、初心者プレイヤーがやってくるトウキョウダンジョン。そんな場所で、なぜあなたは何人ものプレイヤーを消してきたの?」
トモキから離れつつ、拳銃の照準もそらさずに問いかけるマヤ。『強欲の帝国』のプレイヤーではない間宮トモキとの戦闘は無意味であり、できれば避けたい時間の無駄だ。もしかしたら何か勘違いがあるのではないか、と考えたが故の発言だったが、その期待はあっさりと打ち砕かれる。
「さっきも言っただろ? 俺は殺し合いを何より愛するって。命の削り合い、スリル、そして勝利の高揚感! 戦いこそ、最高の娯楽なンだよ。ゲームのクリアなンざ、俺にとっちゃどうでもいい」
「私なんかを襲っても、あなたは満足できないと思うけど」
「あー、お前アレだろ? 自分は雑魚だ、弱小だ、って言いてぇンだろ? 安心しろよ。人ってのは無限の可能性を秘めてる。窮鼠猫を噛む、ってヤツさ。追い詰められて覚醒するヤツだっている。俺はどンな人間も強くなれると、そう信じてる。そして強くなったソイツと全力で殺し合うのが、俺は何より大好きでねぇ」
「それなら、殺す意味はないでしょ」
「そりゃあ駄目だ。スリルに欠ける。殺すか殺されるか。その運命の天秤がどちらに傾くか。そのシノギを必死に削り合う戦いの醍醐味が、薄れちまうだろうかぁぁ!」
トモキは空気砲の乱射を開始する。パチン、パチンと指を鳴らす音の直後に、壁や柱、ガラスが破壊される音が遅れてやってくる。
「そういう意味じゃ、『強欲の帝国』は下らねぇ! 勝てる見込みがある勝負しかしねぇンだからよ! そんなンじゃ、成長しねぇだろうが! おもンねぇだろうが! つまンねぇだろうがよ!」
「くっ!」
トモキの攻撃を紙一重で回避しつつ、マヤは拳銃の狙いを定めようとするもうまくいかない。1発放ったものの、体幹がぶれている銃撃では命中するはずもない。
装填されている銃弾は残り3発。慣れていないマヤでは、逃げながらのリロードは難易度が高い。隙を見せれば、すぐに突風の餌食になってしまう。
「……どう、すれば」
ギリリ、と奥歯を噛み締めるマヤ。
自分に、中臣タカイチほどの射撃能力があれば、と恨む。動きながらでも百発百中の命中力が欲しい。
自分に、御船アキハシほどの筋力があれば、と恨む。どんな銃であろうと取り扱えるほどの筋力と体力が欲しい。
……自分に、リベル・ルドベキアほどの強さがあれば。バジリスク・エネミーを撃ち抜き、助けてくれたあの勇者の勇姿は、マヤの脳裏に焼き付いていた。
「捕まえた」
トモキは、突風を適当に乱射していたのではなく、マヤを追い詰めるよう計算して放っていた。そして、行き止まりへと逃走経路を誘導されたマヤの目の前に、トモキの右手が迫る。
「残念だ。お前の最終点数は、19点だった」
……終わり?
ここで終わるのか。ミズハを助けることもできず、『強欲の帝国』に一矢報いることもできずに、野良プレイヤーに殺されて野垂れ死に?
マヤは目の前が見えなくなる。それは、トモキの右手で目を隠されたためか、はたまた絶望によるものか。
「……クソ」
「『圧縮』」
死刑宣告のごとく、トモキが能力名を宣言する声が響く。
「…………ほんと、バカだ。私って」
マヤは笑う。
自分の馬鹿さ加減に自嘲する。
だが、それば絶望によるものではなかった。まだ目の光は潰えてはいない。
「無いものばかり求めて、自分が使える手札を見ていなかった。それなのに勝手に諦めるなんて、私のバカ」
強力な圧力をマヤの顔面へとかけ、勝利を確信するトモキ。外見に損傷が現れることはないが、想像を絶する激痛が彼女を苦しめている。この一撃で彼女は失神し、その隙にトドメを刺せば終わり。
そのはずだった。
「勇者に、ヒーローに、憧れて、そうなりたいと願ったのなら! こんなトコで、倒れてやるもんくぁぁぁぁッ!!! 負けッ! てッ! たまるッ! がぁぁぁ!!!」
「なに!?」
マヤが動いた。
片手に持った拳銃をトモキの口に突っ込み、そして引き金を引く。その咄嗟の行動に呆気に取られ、トモキは反応が遅れてしまった。
「ごぁぁぁぁ」
「全弾発射ぁ! くらえええッ!」
残弾を全て放ち、おまけに顔面に全力ストレートパンチ。マヤによるその攻撃を受けたトモキは、意識を朦朧とさせながらも立ち上がり、一時的に彼女から距離を取った。
「……ぐぁは、あぁ、ぐうッ。な、なンてヤツ。頭部が吹き飛ぶ激痛を、耐えやがったのかよ?」
「はぁー、はぁー、はぁーッ……。結構、キツかったよ。でもね、私には耐えることくらいしか取り柄がないから。お気に召した?」
「ああ。ああ! 最ッ高だよお前。名前は? 名前はなンて言う?」
「岸灘マヤ」
「そうか、マヤか。くくっ、ハハッ、マヤ、お前は最高だ! 俺を最高に悦ばせてくれる! さあ、もっと魅せてくれ。もっと愉しませてくれ! 絶頂! 好調! 絶好調! 俺のボルテージは、最高潮だぁッ!!」
再び、トモキの攻撃が開始する。だがこの戦闘においてマヤはもう迷うこともないし、悲観することもない。自分の持つ能力をフル活用して、最後まで足掻いてみせる。そして、勝利を掴んでみせると、決意したその瞬間――。
「!」
どくん、と。
自分の中の、何かが弾けた感覚があった。
もう1つ、手札にカードが加えられる。
精神を一歩成長させたからこそ、目覚めた新たな力。
姓名間宮トモキ性別男性享年18歳出身地東京都血液型ABRh⁺アレルギーなし身長175cm体重67kg視力両目共に2.0死因失血死プレイヤーキル24人エネミーキル397体趣味音楽鑑賞と戦闘好みの異性とらえどころのない女性女性経験なし次の行動右脚前進左脚前進右脚を軸に回転異能力『圧縮』を使用し気圧操作風を発生させて自身の肉体を飛ばし飛翔左手から空気砲右手を伸ばして圧力操作――
「っ!?」
自身の脳内に流れてきた膨大な情報に、脳が沸騰しそうになるマヤ。だが、混乱している間もなく目の前にトモキが迫る。
だが、あらかじめその行動を知っていたマヤは攻撃を回避しつつ距離を取ることに成功した。そして、自分の眼に激痛が走っていることに気付く。
「痛っ!? ……え、これ――血……?」
ぽたり、と地面に滴る鮮血のしずく。
マヤの左眼から、血が流れていた。
「なん、だ?」
マヤの異変に気が付き、トモキは足を止める。
一方のマヤは、左眼から出血しているにも関わらず笑みを浮かべていた。
「ああ。これが。これが、私の、異能力」
異能力覚醒。
目にしたものの中から、求める情報を解析して得ることができる能力。ただし、情報量が多いと眼に負荷がかかり、残る命の火による外傷無効化を無視して出血・失明のリスクがある力。
その能力の名は――。
「『全知』。それが、私の力だ」
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『圧縮』︰プレイヤー・間宮トモキが使用する異能力。周囲の物体に圧力をかけて押し潰すことができ、気温や気圧の操作も可能。ただし、能力の使用範囲は使用者の半径約2m以内程度が限界であり、また強力な圧力をかけるには直接その手で触れる必要がある。




