[逆襲]
「……そんな。ミズハが――」
キョウカにミズハを連れ去られてしまった直後、オレは倒れていたマヤと自分自身に回復の魔術を使用し、目覚めた彼女に対してついさっき目の前で起こったこと全てを説明した。話を聞いたマヤは青筋を立て、拳を握りしめている。
「クソッ、クソ……。私が、私のせいで――」
「いや違う。マヤのせいじゃない。悪いのは――」
力いっぱい固めた拳。
それを、自身の頬に思い切り殴りつける。
「リベル!?」
「悪いのは、オレだ。約束しておきながら、守り切れないなんて勇者にあるまじき失態。オレの失敗だ。責任は取る」
今、自分がどんな顔をしているのか分からない。自分自身が情けなくてたまらない。なにが勇者だ。1人の少女すら救うことができなかったくせに。
「リベル。これからどうする?」
「決まってる。ミズハを取り返す。この場で彼女を殺さず、わざわざ連れて行ったということは何か目的があるはずだ。すぐ殺すことはないはず。速攻で『強欲の帝国』に襲撃をかけて、ミズハを助ける」
「そう言うと思ってた。私もそうするよ。ミズハが何者であったとしても。確か、ミズハを連れ去ったヤツの名前、山東キョウカとか言ったっけ。そいつ、確かシンジュクエリアに拠点を持ってるヤツだ。行こう。時間がない」
「…………」
オレを先導しようとするマヤだったが、オレの脳裏に迷いがよぎった。マヤと共に敵地へ向かうのは危険ではないのか。自分一人のほうがいいのではないか――。誰かを守りつつ戦える、そんなかつての自分の実力が今のオレにはないのではないかと不安になってしまう。
そんなオレを見越したように、マヤは覚悟を決めた目でオレの顔を見ていた。
「……私は弱い。役に立てないかもしれない。けど、ミズハを助けたい。彼女の力になりたい。できる限りのことをしたい。もし、私が足手まといになったら容赦なく切り捨ててもらって構わない。だからお願い。私も行かせて」
「……マヤ」
「大丈夫、そうならないよう気を付ける。つまるところ、私のこと気にしないでやりたいようにやっちゃって、ていうことだから。……じゃあ、行こう。人様の大切なヒトを勝手に奪っていったヤツらをぶっ飛ばしに、ね?」
「ああ」
覚悟は決めた。
これから向かうのは、タカイチやキュウトのようなプレイヤーがごろごろといる敵の本拠地だ。そんな場所へたった2人で襲撃しようというのだから、無茶も当然だ。
だからこそ、迷いはない。
「地上で向かってちゃ、エネミーに襲われてキリがない。地下迷宮を移動しよう」
「分かった。上層なら、迷うこともないんだったね」
マヤの提案どおり、オレたちは地下への階段を下って地下迷宮へと向かう。そこは、いくつかの店が立ち並ぶ、明るくて綺麗な空間だった。
「へえ、地下街みたいになってるんだ。初めて通る。えっと、ナビによると、シンジュクエリアはこっちの方角みたい。急ごう」
「オッケー。全力疾走するよ、捕まって」
「……え?」
マヤを抱きかかえ、狭い道を全力疾走する。脚に強化魔術を使用し、ワイバーンの飛行速度と大差ないスピードでしばらく駆け抜けたところで、分かれ道にぶつかった。
「マヤ、ここはどっち?」
「……うっ、ごめんちょっと酔った……。待ってね、この道は――」
ナビを見て道を調べるマヤ。彼女が向かうべき道を見つける前に、どこからか聞き覚えのある声が鳴り響いた。
「『まさか、こんなに早くおいでになるとは思わなかったわ。流石は勇者さんですこと。不屈の精神、お見事と賞賛してあげましょう』」
「山東キョウカ!」
「この声が、山東キョウカ……。でもこれ、スピーカーから流れてる音声みたい。ここに本人はいないね、まあ当たり前だけど」
「『勇者さん。あなたはみすみす"罠"に飛び込んだのよ。あなたこそが、私たちの本当の目的なのだから』」
どこかにあるスピーカーから、悠々と語り出すキョウカの声がする。オレが目的とは、いったいどういうつもりなのか。
「『あなたのような『勇者』を捕らえるにはどうしたらいいのか。実力者であるあなたを、襲撃して無力化させるのは不可能に等しい。……それなら、私たちの縄張りへと誘き寄せればよい、と私は考えたのよ。『厄災の匣』を餌にね。ハチもトンボもカマキリも、どんな強い虫であろうとクモの巣に引っかかってしまっては、なす術はないでしょう?』」
「まさか、君は――」
「『ようこそ、勇者さん。無数の罠、エネミー、そしてプレイヤーが、あなたを歓迎するわ』」
「シャァァッ!」
音声が途切れた途端、壁を突き破ってデスワーム・エネミーが出現する。呑み込まれないよう、剣を構えて応戦を試みるが――。
「なっ!?」
今度は、いきなり足下の床がなくなった。注意をデスワーム・エネミーに向けていたために予測できず、オレは落とし穴へと落ちていく。
「リベル!?」
「マヤ、すまない! すぐに戻る、先に向かっていてくれ!」
斬撃でデスワーム・エネミーは倒したものの、落とし穴の先で身体を鋼鉄のワイヤーネットに絡め取られてしまい、身動きが取れなくなる。そしてそのまま、オレの身体はそのまま地下深くへと落下していった。
◆
「そんな、リベルが……。……いや、でも、そうだ。私1人でも行かなくちゃ。ミズハのところへ急がないと」
リベルと分断され、1人になってしまったマヤ。だが立ち往生している時間はない。リベルに、足手まといにならないと誓ったのだから。たとえ1人でも先へ進まなければならない。
「えっと……こっちだ」
ナビを確認し、着実にシンジュクエリアへと進むマヤ。エネミーとの接敵を避けつつ、順調に先へと進んでいく。マヤには目を付けていないのか、『強欲の帝国』のプレイヤーの姿も見えない。
そうしてしばらく進んでいた先で、マヤは妙な物音がするのに気が付いた。警戒しつつ、彼女は咄嗟に物陰へと隠れる。
「ぎ、……あ、あ」
「あれは、グール・エネミー?」
異形の人間の姿をしたエネミーが、ふらふらと歩いていた。戦闘を覚悟し、懐から拳銃を取り出したマヤだったが、そのエネミーと戦うことはなかった。
「ぎべぇ」
突如として、グール・エネミーの頭部が破裂した。黒い液体が周囲に飛び散り、綺麗に清掃された地下街の床を汚す。頭部のなくなったエネミーの残骸が、力なく崩れ落ちた。
「……ああ、つまンねぇな」
誰かの声が聞こえる。冷淡で低い、男の声だ。
「エネミー狩りは面白くねぇ。プレイヤーを殺ろうにも、みんなどっかに行っちまった。スリルが足ンねぇよ、スリルが。……なあ、そこに隠れてる女。お前は俺を満足させてくれるのか?」
「……バレてたか。あなた、『強欲の帝国』?」
隠れていた物陰から出て、遥か前方へと立っている男に視線を向けるマヤ。
数匹のグール・エネミーの死骸の山に腰掛け、顔に付着した黒い液体を舐め取ったその男は、真っ白な長い髪を首の後ろあたりで二つ結びにしていた。その切れ長の目でマヤを品定めするように見ている。
「バカ言っちゃいけねぇ。あンなザコの群れのクランなンかに誰が入るかよ。一匹狼さ、俺は」
「じゃあ、そこをどいてほしい。あなたと争う気はないし、そんな時間もないから」
「……31点、てとこか」
「は?」
意味不明なことを口走った後、男はゆっくりと立ち上がる。そして、右手を突き出して構え、その指をパチンと鳴らした。
「『圧縮』」
「が……ぁッ!?」
直後、突風がマヤの身体を吹っ飛ばす。マヤはそのままの勢いで柱に叩きつけられた。
「急いでるンなら俺を殺してみろ。俺は退屈なンだ。俺は間宮トモキ。殺し合いを何より愛する、ただの暇人だぜ」
「……空気読めよ、中二病……! あなたみたいなのに構ってる暇はないってのに……!」
マヤはふらふらと立ち上がり、奥歯を噛み締めて痛みを我慢し拳銃を構えた。そんな彼女の顔を見て、間宮トモキは心底嬉しそうな表情を浮かべる。
「ハハッ! いいねぇその目、56点に大幅加点だぁ!」
岸灘マヤと間宮トモキが対峙する。
勇者がいない、誰にも助けてもらえない。それでもマヤは覚悟を決め、戦闘に臨まなければならなくなってしまった。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『トウキョウダンジョン』︰"崩壊迷宮"の異名を持つ、シナーズ・ゲームのプレイヤーが最初に訪れることになるダンジョン。空は黄色に染まり、街は崩壊し、人はおらずエネミーが徘徊する、という荒廃した地上の光景とは裏腹に、地下には整備された施設が存在しているが、深層に潜れば潜るほど迷いやすくなる構造になっている。クリア条件は、『ダンジョン中心部であるトウキョウエキに辿り着くこと』。トウキョウエキに近付くにつれ、出現するエネミーは強力になる。