[人工厄災]
「……何だよ、これ」
浦崎キュウトとの戦いを終え、全速力でミズハとマヤの元へと駆けつけようとしたオレは、異様な光景を目にすることになる。
目の前に広がる一定区間内の空間が、まるで終末が訪れたがごとき災害に見舞われていた。
「…………」
吹き荒れる強風、吹雪、轟く雷鳴と爆ぜる溶岩流。黄色の空は曇天に覆われ、目の前の視界は霧に覆われる。地震と強風に煽られ、常人では立っているので精いっぱいだろう。
そんな地獄の様相が広がっている空間の中心に、立っている一人の少女。生気のない眼と姿をしているが、あれは間違いなくミズハだった。
「厄災の、匣」
殺戮兵器。改造人間。
浦崎キュウトが言っていた言葉を嫌でも思い出す。認めざるを得ない。これは、ヒトには及ばざる力――"厄災"だ。
「……! あれは、マヤ!」
そんな悪夢のような空間の中で、倒れているマヤを発見した。どうやら気を失っているようだ。辛うじて、残る命の火はわずかながら残っている。
そんな彼女に対し、ミズハはふらつきながら近付いていく。そして、手を振り上げた。
「っ、マズい!」
嫌な予感がして、オレはその厄災が広がる空間へと飛び込んだ。まともに進むことすら許されないので、オレは魔術を使用しマヤの目の前へと転移する。
「かみなり」
ミズハがその手を振り下ろした途端、稲光が走り、雷鳴が鳴り響いた。危うくマヤに雷が落ちてしまうところだったが、なんとか雷を斬ることで彼女を守る。
「『断雷』……っ。み、ミズハ! これはどうなってるんだ!? なぜマヤを襲おうとした!?」
間違いなく、今の雷はミズハが起こした。それだけではなく、周囲に広がる災害全てがミズハによるものだろう。これこそが、『厄災の匣』の力ということか。
「みず、は? ちがう。わたしは、わたしたち」
ミズハは虚ろな表情のまま、意味の分からない言葉を口にするだけで、意思疎通を取ることすらできない。このままでは、マヤどころかオレすらも危険だ。一旦、ミズハを正気に戻さなくてはならない。
「かみなり。どしゃ。ようがん」
「……ぐうううっ――――これなるは尾。万物を打ち据え叩き潰す龍神の尾! 薙ぎ払え――『白龍神の尾』!」
雷に撃ち抜かれ、土石流に巻き込まれ、溶岩流に焼かれる。
それでもなんとか詠唱を終え、広範囲を切り裂く光の斬撃を打ち出した。その攻撃を受けたミズハは吹っ飛ばされ、そして倒れる。その直後、まるで何もなかったかのように、災害は全て消え失せていた。
「……何だったんだ、さっきのは。うっ――力、が――――」
全ての魔力と体力を使い果たし、オレも倒れてしまった。一刻も早くマヤを治療し、ミズハにさっき起こったことを問いたださなければならないというのに、身体が言うことを聞かない。
そこへ、空からふわりと現れる1つの人影があった。
「あら、思いの外、決着が早かったわね。はじめまして、『払暁の勇者』さん?」
「誰だ?」
倒れたミズハの付近に降り立ったその女性は、黒いスーツを着用した、妖艶な雰囲気をまとう人だった。その女性は気を失って倒れているミズハを拾い上げる。
「私は『強欲の帝国』の幹部、山東キョウカよ。よろしくね、勇者さん?」
「待て……! ミズハに、なにを、する気だ……」
「混乱してると思うし、順を追って説明してあげるわ勇者さん。……『天啓の信徒会』というクランを知っているかしら? 現実世界にも存在する、新興宗教の組織。その組織が、人工的に作り出した『厄災』。それこそが、この百済ミズハという少女なのよ」
山東キョウカは突然説明を始めた。
……クランが、人を作り出した。
キュウトが言っていた言葉と共通するようなことを、目の前にいる山東キョウカは喋っている。
「『天啓の信徒会』は狂気的な実験を繰り返してきたわ。その成果のうちの一つが、この娘。強制的に人格を分裂させることで、複数の異能力の発現に成功した存在よ」
「…………は?」
「覚醒する異能力の内容はね、そのプレイヤーの人格と強く関係があることが分かっていたわ。だからこそ、『信徒会』は思ったのでしょう。複数の人格を有する人間ならどうか、と。そしてその人体実験によって強制的に人格を分裂させた被検体のうち、奇跡的に複数の異能力の発現に成功した存在がいたわ。それこそが、『厄災の匣』。もちろん、元の人間だった頃の記憶は無いけれど」
キョウカは、まるで道具のように首根っこを掴んで引きずっているミズハに視線を向けながら淡々と喋っている。その冷ややかな視線は、とても人間に向けるようなものではなかった。
「そうして生まれた『厄災の匣』は戦場で猛威を振るったわ。災害に関連する、複数の異能力を同時使用した。その力は絶大で、敵対するクランのプレイヤーを何人も殺したわ。そしてつい数日前、このトウキョウダンジョンに投入された彼女は私の部隊と交戦。私以外の人員が消滅・戦闘不能となりながらも、なんとか私たちが勝利を収めた。けれど、あと少しのところで取り逃してしまった」
……そして、ミズハはマヤと出会ったのか。山東キョウカに敗れ、死にかけのミズハと。
「『厄災の匣』は『天啓の信徒会』の命令に、従順に従う殺戮人形として調整されていた。けれど、その支配から長時間離れたために、おそらく今の"百済ミズハ"の人格が新たに生まれたのでしょうね。だから彼女は記憶喪失で、何も知らなかったみたい」
「…………」
絶句する。
目の前にいる百済ミズハという少女は、想像もできないほどの呪われた運命を背負わされていた。
「私たちは困ってしまったわ。せっかく追い詰めた『厄災の匣』を取り逃してしまった。それどころか、『払暁の勇者』と共にいる、だなんて面倒な事態になってしまった。だから私は考えたわ。『厄災の匣』を暴走させて、『払暁の勇者』と相討ちにさせる計画をね。そうすれば、回収も容易いでしょう?」
「……そのために、浦崎キュウトと御船アキハシを送り込んだのか」
「そうよ。浦崎はともかく、御船は人をいたぶるのが大好きな悪趣味な性格だから、必ず『厄災の匣』を刺激して、暴走させてくれると思った。そして、『払暁の勇者』。あなたなら、必ず『厄災の匣』を一時的に無力化してくれると思っていたわ」
目の前にいる山東キョウカという女は、わざとミズハを暴走させてオレと戦わせた。つまりは、彼女が手出ししなければ、ミズハが『厄災の匣』となることはなかったのではないか。
「さて、『払暁の勇者』。あなたはどうするの? この娘は、危険な存在。ただの兵器なのよ? ゲームルールの範疇の外にあるこの"厄災"は、ここで消えてしまうべきではなくて?」
「違う……! ミズハを暴走させたのは、君だろ……!」
怒りがふつふつと沸いてくる。ミズハを生み出した奴らには当然のこと、彼女をこんなやり方で追い詰めて殺そうとしている目の前のキョウカにも。
「オレがこの世で最も許せないことは、利用されるだけ利用されて苦しみしか知らずに消えていく被害者が、この世には少なからずいることだ。そういった人たちを救うために、オレは勇者になった。それらしい理由を付ければ、オレが手を引くとでも思ったか? 山東キョウカ。君は今、オレの逆鱗に触れている」
ミズハが昨夜、オレに見せてくれた笑顔、不安、優しさ。それはどれも本物だ。人を殺める道具として生み出されたのだとしても、それが大勢の人のためになるのだとしても、絶望したまま死んでいいはずがない。
「そう。けれど安心して。あなたに選択肢はないわ。ここで『厄災の匣』と『払暁の勇者』、その2つを総取りしてしまうのだもの」
「オレも連れていく気か? ……舐めるなよ」
今のオレは魔力も体力も尽き果てており、戦うのは難しい身体だ。
しかし、そんな状態でも戦えるようになる魔術がある。後での反動が大きいが、今ここで使うしかない――!
「……なーんてね、嘘よ。あなた、まだ奥の手を隠しているでしょう? 二兎を追う者は一兎をも得ず、なんて失敗は私はしないわ。今は、この場から逃げさせてもらうわよ」
キョウカが指をパチンと鳴らした。すると、オレが握りしめていた剣が突然空へと昇っていき、オレの手から離れる。さらにオレの身体も宙に浮いた……かと思えば落下し、地面に叩きつけられる。
「なっ――――ぐあっ……!?」
「これが私の能力『浮遊』よ。時間稼ぎにはもってこいの力。……それじゃあ、また会いましょうね、勇者さん?」
ミズハを抱きかかえ、今度はキョウカが宙へと浮かぶ。そのまま、天を駆けてぐんぐんと遠ざかっていく。
「待て! クソっ、身体が――――」
彼女たちを追おうにも、またオレの身体が宙に浮かび、身動きが取れなくなる。そんなこんなをしているうちに、2人の姿は見えなくなってしまった。
[シナーズ・ゲーム ゲームニュース]
『厄災の匣』︰クラン『天啓の信徒会』が生み出した、複数の異能力を使用することができるプレイヤー。意思疎通が不可能になるほどに分裂させられた人格の、その一つ一つが固有の異能力を持つことで複数能力の同時使用を可能にした。成功例は百済ミズハのみであり、『天啓の信徒会』の命令には必ず従うよう設定されている。
トウキョウダンジョンの支配権を『強欲の帝国』から奪うべくトウキョウダンジョンへと投入されたが、精鋭プレイヤーを率いた山東キョウカと交戦し、敗北。死にかけの状態で逃走を続けていたところ、岸灘マヤと遭遇し、救助された。
初めて人に助けられ、人間らしい扱いをされたこと、そして『天啓の信徒会』の支配下から外れたことなどの要因により、現在の百済ミズハの人格が誕生し、主体となる。そうしてかつての『厄災の匣』としての活動は停止し、意思疎通が可能な年頃の少女らしい姿となった。しかし、マヤの窮地やアカツキの消失といったショックを受け、再び『厄災の匣』として暴走してしまうことになる。