[対決・灼熱地獄]
「『炎魔犬』!」
そう叫んだキュウトの周囲に、犬の姿をした炎の塊が出現する。1体、2体とその数を増やしていき、最終的には数十体の群れとなった。
「技に名前つけてるのか。呪文詠唱でもあるまいし」
「何言ってるんだい? 異能力の使用は感覚的なものだ。大技の再現性を高めるためには、名前を付けて条件付けをしたほうがいいのさ」
なるほど。キュウトの説明は腑に落ちた。あれか、いわゆるルーティンみたいなものか。異能力にはそういった性質があるんだな。
「さあかかれ、ボクの猟犬たち!」
キュウトの合図と共に、炎の犬の群れが一斉に攻撃を開始する。まるでオオカミの群れのように、複雑に動き回り冷酷にこちらの命を狙ってくる。一瞬でも隙を見せたらやられる、気の抜けない戦いだ。
「1匹ずつやってちゃキリがないよ? だって、炎はいくらでもあるんだから!」
炎の犬の猛攻に対処しつつ、ちらりとキュウトのほうに視線を向ける。彼の元では、さらに新たな犬たちが作り出されていた。
「……無限か、この犬たちは」
「無限ではないよ。ボクの能力『火術』は、既にある炎を操れる能力。無から炎を作り出すことはできない。けどね、爆炎なら御船アキハシが作ってくれた。ハハッ、キミはもう、この灼熱地獄にハマっちゃったのさ!」
パチン、とキュウトが指を鳴らすと、オレの周囲四方を覆うように炎の壁が出現した。どうやら、オレは"地獄"に追い込まれてしまったらしい。
限りなく襲いくる炎の犬。そして体力を奪ってくる灼熱の壁。汗と疲労で身体の動きが鈍くなっていき、いずれは炎の犬に噛まれて焼き殺される。うん、これはまさに灼熱地獄だ。
「どうかな? ボクの本気は。この灼熱地獄から逃れられたのは一人もいない。さあ、勇者クン。そろそろキミも本気を出したらどうかな? あの、中臣を倒した光線でも撃ってさぁ!」
「……タカイチには撃ってないよ。あんなの食らったら、君死んじゃうよ?」
「わ、驚いたなぁ。勇者ってのは、甘ちゃんなんだね。ボクはね、このトウキョウダンジョンで自分の楽しみのためだけにたくさんのプレイヤーを殺したよ? ゲームのクリアとは関係ない、まだダンジョンを1つも攻略してない初心者をさ。こんな外道を見逃す気なのかい?」
「オレは人間は殺さない。気分が悪いからね。その代わり、死なない程度に徹底的にぶっ潰すから。覚悟しとけ」
「……ハハッ、怖い怖い。怖いから、もう終わりにしよっか」
キュウトがぶん、と腕を振った仕草を合図として、じりじりと炎の壁がオレの元へ近寄ってきた。このままでは炎の壁に押し潰されて、火だるまにされてしまうだろう。
「……こりゃあ」
「ハハッ、アハハッ! 終わりだぁ!」
「チャンスだね」
「……え」
剣を地面へと突き立て、魔力の流れに従う。
地属性の魔力を利用した剣術、その名は――。
「『地刃』!」
ふん、と突き立てた剣に力を込める。
大地は揺れ、地割れが起き、そして周囲全方向に向けて衝撃波が発生する。
「なっ、な――」
炎の犬も壁も、全てを衝撃波でかき消す。これで、周囲に広がっていた灼熱地獄は一時的に消失した。炎の壁が近付いてきて、射程範囲に入ってくれたおかげでうまくいった。
「ど、どういう仕組みだよそれぇ!? ……けど、ボクを守る炎の壁は健在だ! すぐにまた、地獄を作り出して――」
「させないよ。お望みどおり、オレの魔術を見せてあげよう」
魔力には、基本8種類の属性がある。
うち、扱いやすい属性を『基本属性・表』、難しいものを『基本属性・裏』と呼ぶ。そして、高レベルの魔術を扱うにはその属性に応じた媒介となる道具が必要だ。
けれど、そんなにいくつも道具を持ち運ぶワケにはいかない。だから、オレの持つ剣――宝魔剣ヴァイスはこんな機能が付いている。
「『武装変形』――"基本属性・裏︰光属性"……起きろ、『宝魔弓ヴァイス・バハムート』!」
宝魔剣ヴァイスが縦に真っ二つに割れ、そして柄頭の部分を軸に開いて弓の形へと展開する。その性質も変化し、しなやかで収縮する素材へ。光属性の魔術に適した魔術道具となったこの弓の、魔力で編まれた光の弦と矢を右手に掴み、そして力いっぱい引く。
「な、なんだよソレ……変形だなんてかっこよ――じゃなくて! そんなことして、何ができるっていうんだ! ボクのこの炎の壁は、誰にも突破できない!」
「光は全てを貫くのさ。――『閃光魔導』。隙を見せた君の負けだ」
高速で撃ち出された光の矢が、炎の壁すら貫通してキュウトの胸を撃ち抜いた。その一撃で肉体が麻痺し、彼は身動きが取れなくなる。
その簡略詠唱を終えた直後、勝負は決した。
◆
「……クソ。何をしてんだよ」
身体が痺れ、動けなくなったキュウトを物陰へと引きずる。このまま、炎に包まれた道端に彼を置いておくワケにもいかない。
「君、あと1時間は動けないから。それじゃ」
「待てよ」
キュウトの安全を確認し、先を急ごうとしたのだが、彼に呼び止められてしまった。マヤとミズハが危険なのだし、彼のことは無視しようと思った、のだが――。
「キミ、ホントに勇者なんだね。それじゃ、『厄災の匣』を助けるのはやめておいたほうがいい。意地悪で言ってるんじゃないよ? これは心からの助言さ」
これまでの人を嘲笑うかのような声色とは全く異なる、落ち着いた声のキュウトの言葉にオレは耳を傾ける。
「『厄災の匣』――彼女はね、とあるクランで生み出された対プレイヤー殺戮兵器なのさ。身体能力と異能力をチューニングされた、いわゆる"改造人間"さ」
「……は? 何を、言っている?」
オレは、自分の耳を疑った。
ミズハが、殺戮兵器? 改造人間?
「なぜ記憶を失っているかは知らない。けどね、記憶と力を失っているのなら、今のうちに葬り去るべきだ。少なくとも、彼女にはそうされるべき業と罪、そして危険性がある」
「ふざけるな、キュウト。嘘はやめろ」
「嘘なワケあるか!」
突然、怒鳴り声を上げたキュウト。彼の剣幕にオレは言葉を失う。
「……失った。相棒をあの『厄災』に奪われたボクの気持ちが分かるものか! あの恐怖が拭えないボクの心が分かるものか! あの日から前に進めず、無差別な人殺しに堕ちたこのボク、の……」
がっくりと、項垂れてそれきり言葉が出なくなってしまったキュウト。彼が吐露した言葉は、けして正しい道理の通ったことではなかったが、しかしその心情は理解できた。
「……まあでも、勇者クンの出る幕はないかな。だって、あのスキンヘッド男――御船アキハシはボクみたいな薄っぺらなヤツとは違う、本物の異常者だ。本当に『厄災の匣』が力を失っているのなら、容易く彼が惨殺してくれるだろうからね」
「もう言うことはないな? それじゃ、オレは先を急ぐ」
キュウトの言葉は嘘に思えなかっただけに、引っかかる。ミズハは何者なのか。その思いが、どんどんと強くなっていく。
でも今はただ、マヤとミズハの元へ急ごう。
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『火術』︰プレイヤー・浦崎キュウトが使用する異能力。炎を操る能力であり、物理法則を無視した火炎の加工や操作ができる。ただし、無から炎を出すことはできず、既に発火しているところから炎を持ってくる必要がある。キュウトは犬の形に加工した炎『炎魔犬』で敵を追い詰め、四方に展開した炎の壁で蒸し焼きにする戦術を得意としている。