[微睡みの夢]
『あなたは死にました』
『ですが、もう一度やりなおすチャンスを与えましょう 試練を乗り越え、全てをリセットして現世へ今一度蘇るのです』
『あなたは、人生のやりなおしを望みますか?』
こんな質問をされたら、大抵の人間は『はい』と答えるのではないだろうか。
無理もない。誰だって、死ぬのは怖い。そして、自身の人生に満足というのも中々できないものだ。あの後悔を、あの失敗を、もう一度やり直せるのなら。今度こそ、もっとうまく生きられるのではないか。そう、思ってしまうだろう。
……と、偉そうな文言を並べ立ててみたが、つまりは、『オレも生き返りたい!』と思ったということだ。
死を迎えたオレはその死に際、謎の声の質問に対して首を縦に振り、やりなおしのための試練を受けることを承諾した。
そうして、オレは再び肉体を得て、とある『ゲーム』に参加することとなった。
そのゲームの名は、『シナーズ・ゲーム』。
この世ならざる不思議な空間――合計50個ある、試練の戦場『ダンジョン』で構成された、『ゲームフィールド』へとオレは招待された。
ゲームの参加者――『プレイヤー』となったオレは、この50のダンジョン全てを攻略すれば、生き返ることができる。ダンジョンの攻略条件は様々で、ダンジョンごとに設定されている……らしい。というのも、オレはまだ最初のダンジョンすらもクリアしていない。まだまだこのシナーズ・ゲームについては知らないことだらけということだ。
プレイヤーの胸には、燃え盛る小さな炎が灯されている。他のものに燃え移らず、水をかけられても消えることがないこの炎の名は、『残る命の火』。単刀直入に言えばこの『残る命の火』は体力ゲージだ。どんなにダメージを受けてもプレイヤーの肉体が損傷することはないが、代わりに『残る命の火』の勢いが弱まっていく。炎が消えたら、ゲームオーバー。そのプレイヤーは消滅してしまう。今度こそ"死"を迎えることになる。
まあ、そうそう炎が消えることはない。プレイヤーは生前よりもずっと遥かに頑丈な身体にされている。心臓を剣で貫かれたとしても、『残る命の火』の勢いは一割ほども衰えない。
では、どうしてそんな頑丈な身体が必要なのか。
答えは簡単。
このゲームでは、戦いが避けられないからだ。
まず、ダンジョンには『エネミー』という、プレイヤーに対して敵対的な化け物が徘徊している。彼らはプレイヤーのダンジョン攻略を妨害し、執拗な攻撃を仕掛けてくる。彼らと出会ったら、是が非でも戦わなくてはならない。
さらに、他のプレイヤーも敵となる。プレイヤーがダンジョンを攻略した証――『ダンジョンタイトル』は奪うことができる。ダンジョンを攻略しなくとも、攻略したプレイヤーを殺せばその実績を入手することができるのだ。実際、ダンジョン攻略は難易度が高く、50ものダンジョン全てを攻略するのは不可能にも等しい難行だ。他人から実績を奪い取るのが賢い方法なのだろう。
まあ、最初のダンジョンすら攻略できていないオレは他のプレイヤーから見向きもされないけどね。今はまだ、エネミーくらいしか注意すべき相手はいない。
そのはずだったんだ。
エネミーくらいしか、注意すべき相手はいなかった。……それなのに、それなのにオレはうっかりしていた。
「タスケテー」
ああ、下半身にぬめぬめした感触が伝わる。気持ち悪い。最悪だ。
オレは、うっかり落とし穴にハマった。
しかも、その落とし穴はエネミーが作ったもので、オレの下半身はミミズのようなエネミーの口に丸呑みされてしまった。何とか上半身が呑まれないよう耐えているが、結構ツラい。舌なのか触手なのか、よく分からない冷たいモノがオレの足やら腰やらをまさぐってくる。
ああ、本当にうっかりしていた。この辺ならエネミーは出没しないだろうと、高をくくっていた。まさか、アスファルトの道路のど真ん中に落とし穴があるなんて、思いもしないだろう!
……ああ、そうそう。
オレが今いるダンジョンの名は、『トウキョウダンジョン』。全てのプレイヤーが最初に訪れるダンジョンである、空が黄色に染まった崩壊した街だ。巨大なエネミーが徘徊していて危険だけど、確か地下には安全な代わりに道に迷う、巨大な迷宮が存在しているらしい。オレは行ったことないけど。
「誰か、タスケテー」
まあ、そんなことは今はどうでもよくて、それよりも助かる道を探さないと。オレは必死に声を絞り出す。
……現在、落とし穴にハマってから、四日目――――
[シナーズ・ゲーム TIPS]
『プレイヤー』︰現実世界で死亡し、やりなおしを求めてシナーズ・ゲームへと参加した人間たちのこと。その性質から、基本的に自身の人生に未練がある者が多い。ただし、プレイヤーに選出される人間の法則は不明。胸には『残る命の火』と呼ばれる炎があり、これはそのプレイヤーの残り体力を示している。どんなに負傷しても外傷を負うことはないが、ダメージを負って『残る命の火』が消えた時、そのプレイヤーはゲームオーバーとなり消滅する。また、プレイヤーは日本人が多いが、外国人の姿も時折見られる。また、現実世界で死亡した存在ではないプレイヤーがいるという噂も流れている。