[3]16:00
そういえば、まだお名前知らないわ…
何て呼べばいいのかしら?
自己紹介ははじめの一歩よ!
少し日が長くなった。
陽はまだ西の空の高い位置から大地を見下ろしている。
とは言うもののまだ少し風が冷たくて、手持ちだった厚手のパーカーを羽織る。
「あの…」
「あの…」
同時に発した声。
少し笑いながら、2人は顔を見合わせる。
ただ同時に声を発しただけだ。それなのに互いの親近感は高まる。
「ど、どうぞ」
「いや、君の方から」
譲ろうと思って譲り返された。
由莉奈は、「じゃあ…」と言って少し俯いた。
「お名前…まだ…」
そう言うと、成史はハッとした。そういえば、まだお互い名前を知らない。そんな男女が2人きりで?
こんな時、どんな態度を取ればいいのだろう?
成史は、おもむろに薪と斧を手にすると、薪に向かって斧を振り下ろした。
鈍い音がした。
アニメで見るようにパッカリ割れる薪を想像したが、実際にはそんなに上手くいく訳もない。
「あ、やっぱり僕が先に名乗るべきだね、あはは…」
成史は照れ笑いを浮かべる。
ここまで緊張するのだから、薪割りだって失敗もするだろう。
慌てて誤魔化すように、彼はその名を名乗った。
「僕は成史。椎名成史っていうんだ」
「私は…林由莉奈。友達からは“ゆっぴ”って呼ばれてます」
「ゆっぴ…ちゃんかぁ。うんうん」
「ちゃんは無しで。ゆっぴって呼んでください」
「ゆっぴ…あはは、何だかてれちゃうなぁ。じゃあ僕は、ナリで」
名前を、そして呼び名を聞くことが出来た。また少し近付けた気がする。
そう思うと、ちょっぴり嬉しくなった。
「ナリ…さん…い、いえ、ナリ…あはっ…あの……」
上手く言葉が出て来ない。男性をニックネームで呼ぶなど、今までにあっただろうか。
「き、黄色いシャツがお似合いですね」
会った時から気になっていた、その鮮やかなシャツの事。
言ってみた。意外と言えたが、ナリと呼んだことが照れ臭くて、由莉奈はまた俯いた。
パカン―!!
成史の気持ちも盛り上がったかもしれない。
まるで同調するかのように、心地良い音を奏でて薪が割れた。
黒っぽいアウトドアブルゾンに、黄色いTシャツ。
「ありがとう。はは…ちょっと派手だとか言われるけど、実は結構気に入ってんだ」
「分かります。だって、サマになってるもの」
「ゆっぴの…あは…ゆっぴの、そのパーカーもいいね」
「これ? そうかな? 無難っていうか、何でも合わせられるから楽なの」
それは本音だ。服装のセンスなんて、大して自信もない。だからいつも、同じような色のものを選んで着ている。
しかし、安心は笑顔をもたらす。自信のないものを見に纏ったとて、それは表情に表れるものだ。
笑顔でいられるもの。それは決して無理をせず、身の丈に合わせたもの。そしてそれが、その人に一番似合う服装だ。
成史に言われたこの言葉に少し気恥ずかしさを感じながらも、由莉奈は胸の内に心地良い刺激を受けた気がした。
カチッという音が小さく鳴ると、薪が煙を放つ。そして程なく火が着いた。
「わっ! 焚火、いいですね!」
「たろ? 折角だから、差し支えなければ夜も一緒に過ごしてくれない? 焚火見ながらの夜って、凄く癒されるよ」
意外だ。文明の最先端を突っ走る青年実業家は、どうやらアウトドアライフにも精通しているようだ。
火が起こると、その瞬間に成史は積極的な言葉を放った。
「はい。お邪魔じゃなければ…」
読んでいただき、ありがとうございます♪
照れますよねー、自己紹介からの呼び名。
照れ隠しに薪割りなんて、もう、ナリったら…うふふっ♪
次回、どうなるのかしら?
お楽しみに!