ようこそ、戦火
にわか知識のオンパレードですが、「ここはこうだよ」「その部分はこうしたらいい」等の心温まる指摘を手をこまねいてお待ちしております。
――世界の何処かでは、未だに「戦争」ってヤツが行われているらしい。
平和な島国に生まれ育った身としては、そんなモンは昔の仕事で使ってた歴史の教科書か、テレビのニュースでしか知り得ない。端的に言えば、まかり間違っても関わり合いの無い別世界の出来事だと本気で思っていた。だってそうだろ?
小銃持って突撃とか爆薬詰んだ戦闘機でカミカゼとかは遠い昔の史実であって、俺にとっての現実じゃない。近所で交通事故が起きたぐらいで胆が冷えるんだ、人を簡単に殺せる武器なんざ実物を拝んだことすらない。外国になんか行く金も度胸も無い俺のような小市民は一生を平和な島国で終えるんだと、本気で思ってた。
なのに……何なんだ、コレは?
「マコ! 敵の予測侵攻範囲の算出まだ!?」
『2時方向から2、正面から3、その後ろに3! 更に後方に2つ反応を確認! 恐らく偵察分隊と思われます!』
「いい様にやられてたまるか…っ! 突破可能な場所はある!?」
「予備の弾薬だってもう無いのにどうするのよ…」
機関銃がけたたましい唸り声をを上げて、薬莢を吐き出し続ける。傷と泥に塗れた痛々しい姿の少女が握るには余りに武骨で違和感のあるソレが、現状における命綱なのだとぼんやりと把握できた。つまるところ俺は、銃火器を持った女の子に守られているわけだ。何がどうしてそうなっているのか、という疑問は残るが、質問できる状況じゃないのは理解できた。というか、初めて目の前にする武器にビビッて声が出ない。
俺と2人の少女がいるのは、黒く大きな匣の内側。立方体の一面だけが開いており、そこへ敵と思しき連中からの集中砲火を受けていた。先程からとんでもない量の弾丸が撃ち込まれているが、俺には一発も飛んでこない。理由は不明だが、少女達が懸命に俺を守ろうと抵抗しているからだ。片や弾丸を吐き散らす銃を手に、片や必死に空中へ文字を書き殴っていた。
だが、敵側の勢いに押されたのか、文字の羅列が途切れてしまう。その途端、文字を書いていた三つ編みの少女の脹脛を弾丸が抉り、赤色が飛び散った。
「あぅ! う、くっ…!」
「ハナコ!? クソッ、マコ! ハナコが負傷! 退避経路割り出し急いで‼」
『今やってます! けど、射線を遮れる場所が周囲には…』
「のこのこ出てけば一番後ろの“暗算式”の狙撃でズドン、って訳ね。ホンット頭にくる!」
ハナコと呼ばれた少女が足を押さえて倒れる。どくどくと流れ出る赤い液体は、俺の知っているものと同じでも量が桁外れだった。鼻血とか切り傷程度しか見慣れてない俺にとって、直視も出来ない多量の出血。現実味が湧かないが、先程から鼓膜を震わす銃火器の咆哮と薬莢の転がる音だけはいやにハッキリ聞こえてくる。
何も出来ずに息を潜めていると、苦悶の表情で脚を見つめていたハナコという少女が俺を見上げ、ぎこちない笑みを向けてきた。
「だ、大丈夫、ですよ…これくらい。それより、もっと壁際によってくだ―ッ‼」
こんな目に遭いながら、それでも俺を安心させようとしたのだろうか。頼りなさを感じる見た目の彼女は、戦闘を続けるもう一人の少女の近くへ行こうと這いずり、銃撃された足の痛みに顔を顰めた。当たり前だ、見て分かるぐらいのぐらいの大怪我なんだぞ。無理しちゃダメだ。そう言ってやりたいが、怖くて言葉が出てこない。
『退避経路、予測完了しました……ですが』
「なに!? 悠長に待ってる暇ないから! 手短に言って!」
『その、6時方向で別動隊らしき一団と交戦中のチアキ先輩と合流するには、4秒以上の遅延は命取りになります。なので…』
「アンタまさか、ハナコを置いてけって言うの!?」
『だってもう他に方法が』
「ざけんなッ‼ 絶対みんなで戻るの‼ ハナコもアタシも拾い物も、全部まとめて帰るんだから‼」
憤りを露わにするツインテール少女だが、上手く立てずに上体だけ起こした姿勢のハナコに足を掴まれ、口を閉ざす。煤と土埃で汚れた少女の身体が赤い塗料で更に汚れていく。けれどその表情は、穏やかなものだった。
「いいの、エリー。行って」
「……いいわけ、ないでしょ」
「この人を連れて先輩のところまで逃げて」
「…できないよ」
何がどうなっているのか分からない混乱の極致だけど、それでもハナコという少女の顔には確固たる決意と慈愛の心が見えた。友を助ける決意と、見ず知らずの俺を逃がしてやりたいという慈愛を、その透き通るような横顔から感じ取れた。こんな状況で出てくる言葉じゃないが、とても美しく思えた。
エリーと呼ばれた強気な口調の少女は俯いて、沈痛な面持ちを隠す。きっと、この状況下ではそれが一番正しいと分かっているのだ。ただ、正しいことと彼女の望んでいる状況の打破が一致するわけではない。非情な選択を迫られながら、どうにかして「次善」ではなく「最善」を求めようとしている。その逡巡の間が何より無意味になるとしても。認めたくないのだろう。「仲間を見捨てて逃げろ」なんて選択肢を選びたい人間はいない。
怖い。今まさにドロドロと流れ出る血が、悲壮な覚悟が、生死の境目が、目の前で起きている現実味の無い理不尽な事実が。そして、触れたら壊れそうなほどに華奢な少女達が、過酷な「戦争」の只中にいることが、怖くてたまらない。
俺に特別な力なんてない。力仕事が得意なわけでもないし、緊急時に役立つ技能なんて持ち合わせてない。だとしても、俺は――。
「……お、俺が背負えば、逃げられるか?」
「えっ…?」
「い、いきなり何言い出すの? なんでアンタがアタシ達の味方なんかすんのよ?」
恐怖でガクつく膝を手で押さえながら、問題ないと言わんばかりに立ち上がる。善良な一般市民として、健全な男として、それ以上に年端もいかない少女を戦場に残して行けるか。こちとら辞めたとはいえ、元中学校教諭やぞ。大の大人が、中高生ぐらいの女の子を銃弾飛び交う戦場で囮にして逃げおおせるなんて、そんな情けない真似ができるかってんだ。
「どうなんだ、ええ? 逃げるんなら時間かけらんないだろ」
「それは、そうですけど…」
「チッ! 代案出してる余裕は無いか…マコ! 回避軌道に条件追加で再演算! 急いで!」
『本気ですか?』
「全員助かるにはそれしか無いでしょ!」
先程から「マコ」と呼ばれている人物と、通信機か何かでやり取りしているのだろうか。向こうからの声は聞こえないが、一分一秒を争う状況なのは流石に分かる。くたびれたスーツの尻ポケットに常備していたハンカチで、ハナコの脚の傷口を覆い、ネクタイを外してきつく縛って固定する。
「ッ――!」
「痛いよな、ごめん。気休めにもならんだろうが、やらないよりずっといいはずだ」
「い、え…っ! すみません、痛がってる場合じゃないのに…」
「痛いのは当たり前だろ。それより、体動かすから少し痛むぞ」
「はい…!」
じわじわと赤色に染まるハンカチから目を逸らし、ハナコをなるべく揺らさないよう注意しながら背負う。足がぶらついたことで痛みを感じたようだが、歯を食い縛って耐えようとしてくれている。出血量がどのぐらいでアウトなのか専門職じゃないから分からんが、少ないに越したことはない。とにかくこの場から離脱して、すぐに適切な治療を施すべきだろう。
ハナコをしっかりと背負って立ち上がった瞬間、エリーの握る機関銃がピタリと音を立てるのを止めた。
「どうした!?」
「マガジン空んなった…最悪。もう弾が無い」
「予備とか無いのか?」
「あったら焦ってないわよ!」
この真っ暗な匣から飛び出すには、最低でも敵への攻撃手段が無きゃ自殺と同義だ。なのに、唯一明確な武器だったエリーの銃は弾薬切れで使い物にならなくなってしまった。タイミングまで最悪過ぎる。ハナコがさっき空中に文字を書いていたのは見ていたが、もっぱら敵からの攻撃を防ぐことに使っていた。つまり、俺達は成す術が無い。敵の弾幕を辛うじて防ぐことしかできず、一方的に追い詰められてしまうことになる。
そんな状態でここから出ても蜂の巣にされる。どうしよう。どうしたらいい。分かるわけないだろ、こちとら平和万歳の非戦闘国家で教員してただけの、しがないオッサンなんだぞ。打開策なんてすぐ浮かんでくる訳が無い。
エリーの銃が止まったことで、匣の外側――鬱蒼とした木々の茂みから、ガサガサと不気味な音が響く。木や背の高い草で射線を切りながら、敵が近付いてきていると理解した頃には、緑一面の景色から黒々とした円筒が突き出ていた。陽の光が反射しても無感情に黒光りする銃口が向けられ、なけなしの勇気が喉の奥へ引っ込んでいく。
何がどうなってるんだ。此処は何処で、この娘達は何なんだ。なんで銃火器を当然のようにブッ放してるんだ。ってか敵って何だ。何で俺達がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
浮かんでは消えていく悪態はまるで、今際の際に見る走馬灯の如く。耳鳴りのようにドクドクと高鳴る早過ぎる鼓動は、理解不能な現状に恐怖する俺のものか。それとも、俺の背に弱々しく縋りつく少女のものか。
「……マコ、先輩に『回収失敗。すみませんでした』って伝えて」
『エリーさん!』
「ホント、ゴメン」
最後まで抵抗しようと、一発も撃てない機関銃を構えていたエリーも、感情の抜け落ちた顔で銃を下ろす。もうどうしようもないと、ついに諦めてしまった。そんな彼女の遺言の様な言葉を聞いた時、俺もようやく自分の「死」が間近に迫っていると感じた。そうか、死ぬのか。殺されるのか俺。訳が分からないまま、ここでくたばるのか。
気付けば、涙を流していた。死への恐怖。何も出来ない悔しさ。目の前の少女達を死なせてしまう虚しさ。負の感情が押し寄せて、嗚咽を堪えきれなかった。
俺達の様子を観察して、いよいよ打つ手なしと判断したのか、茂みから敵がぞろぞろと出てきた。風体は濃灰色のブレザーに見えるが細部が異なる服装で、やはり手にしているのは冷徹な銃火器。ヘッドホンとサングラスが一体化したような装着具を着けているせいで、目元が見えない。しかし、その視線は油断なく此方を見据え、いつでも攻撃を仕掛けられるようトリガーには指が掛けられているのが見えた。
本当に何がどうしてこうなったんだろう。俺は務めてきた教員の職を辞して、新しい職を探してあちこちに面接を受けに行き、その帰り道を歩いていたはずだ。なのに気付けば見知らぬ場所で戦争ど真ん中。普通は悪夢を疑うが、背中に掛かる重みと左手を濡らす温かな赤が現実を突きつけてくる。
「…………対象、人型、確認」
「政服を目視。該当有り。非公認ではありません」
「対象を確保し、速やかに離脱する。此処は【聖域】の監視領域に近い。藪蛇は御免だ」
近付いてきたブレザー軍団が、ヘッドホンに付いてるマイクで何か話している。断片的な言葉だけじゃさっぱり分からんが、手早く片づけるつもりのようだ。何とか、この子達だけでも逃がす隙は無いか?
――ドスッ‼
「……な、ぇ?」
銃を向けられ身構えていたその時、黒い匣の後方から目にも止まらぬ速さで飛んできた何かが、敵ブレザー兵士の一人の眉間に突き刺さった。その身体は支えを失った棒のように力なく倒れ伏す。ハナコの脚から緩やかに流れるソレとは比べ物にならない量の赤が、草生い茂る地面へブチ撒けられた。
突然の出来事に俺達だけでなく、敵側も理解が追い付いていないようで、仲間が倒れて数秒の間を置いてから周囲を警戒し始める。
「な、何だ! 今何をされた!?」
「本校、応答願う! こちらS小隊数科分隊! 隊員1名ロスト、原因ふめ――」
「ヒッ…!? ど、何処から!?」
蜘蛛の巣を突いたような様相を呈していたが、統率が乱れた僅かな間にも続けざまに飛来する何かによって、一人また一人と敵の数が減っていく。何も出来ずハナコを背負って立ち尽くしていた俺の横で、エリーが涙声で叫び出した。
「今の『言刃』は…まさか!」
確信したように顔を上げた瞬間、ブレザー兵士達が悲鳴と共に薙ぎ倒された。土煙が舞う中、ハスキーな声が静寂を破る。
「エ~リちゃ~ん、落とし物拾い損ねちゃったの~?」
「「チアキ先輩っ!」」
其処に居たのは、オレンジがかったロングの茶髪を生温い風になびかせる、長身の少女。エリーとハナコ、二人の表情がさっきまでと真逆に変わって、喜色満面で突然現れた少女の名を呼んだ。
チアキ先輩と呼ばれた少女は、ブレザー兵士の腕を片手で掴み、有り得ない方向へ捻じ曲げていた。痛みに悶絶する兵士を足蹴にしつつ、周囲を見回している。他に敵がいないか確認しているのだろうか。
『チアキ先輩、一分前まで交戦中だったはずでは…?』
「ん~? あぁ、あっちは陽動…というか、多分私を動き回らせない為に押さえつける役割を与えられてた感じだったんだよね~。まぁ、ぶっちゃけ捨て駒。本命がどっちか分かるまでは受けに徹してたけど、ハナちゃん達のがそうだって分かったからサクっと潰してきちゃった」
『さ、流石です…!』
「褒めても何も出せないよ~ん。ってか、まだ終わってな~いし」
通信機で話しているのは、エリーが呼んでいた「マコ」とやらだろうか。とにかく俺達を襲撃していた謎の敵の攻撃はこれで終わったようだ。しかし、彼女の口ぶり的にまだ警戒を怠ってはいけない様子だが。
そんな事を考えていると背負っていたハナコが、震える手で近未来なデザインのボールペンらしきものを突き出し、また空中に文字を書き出した。それと同時にチアキの右側頭部にも同じものが、淡い青色の光で浮かび上がる。書かれた文字が画数の多い漢字だと気付いた直後、光る文字に何かが猛烈な勢いでぶつかり、激しい金属音が響いた。
「グッジョ~ブ、ハナちゃ~ん! 『字語防壁』、バッチリよ~!」
「お役に立てて、良かった、です…」
「タイミングばっちしだったからオッケー。んー、こっちか」
何事かと身を竦めた俺とは対照的に、チアキは飄々とした態度を崩すことなく、自身への狙撃を防いだハナコを褒めていた。そうか、空中に浮かぶ光る文字は、あんな感じで銃撃から身を護る壁として使ってたんだ。
『“暗算式”の位置を把握したんですか!?』
「大体かつ大雑把に、だけどね~」
自身の右こめかみが狙われていたことを予知でもしていたのか、それともハナコが護り切ると信頼していたからなのか。どうやらこの森林の何処かから狙撃を仕掛けてきている敵の居場所を、先の攻撃から掴んだ様子だった。
するとチアキはハナコのものとよく似た形状のペンを谷間から取り出し、同じように何か文字を書き出す。二秒と掛からず浮き上がった文字は、『刈』の一文字だけ。その文字の部首、つまり『メ』の部分を左手で掴むと、おもむろにそれを刀剣の如く振り抜いた。
瞬間、またしても鋼を打ち据えたようないやな金属音が爆ぜる。
また狙撃された、俺がそう知覚するより早く、チアキの足元に両断された黄金色の銃弾が埋まったのが見えた。
「まさか、狙撃した弾を斬った、のか? その漢字みたいなヤツで…?」
驚愕に目を剥く。浮かぶ文字は防御用のものじゃないのか。いよいよ頭がおかしくなりそうだと思考を放棄しかけた時、チアキはまだうっすらと光を放っていた『刈』の右半分、『リ』の長い方を引っ掴み、銃弾が飛んできた方向へ力任せに投擲した。
ぶぉん、と風を裂く音と共に放たれた光は森の中を突き抜けていく。それを見送ったチアキはやり切った表情で両手を口元へ添えて、大きな声を張り上げる。
「こっちも怪我人が出たしー、今回はこれで手打ちにしてあげるー! けどー、もしまた攻めて来たらー、“首刈チャッキー”の恐ろしさをたっぷり刻み込んであげるー!」
溌剌とした笑顔でチアキが発したのは、どこかに潜伏している敵への警告なのだろうか。何やら物騒な言葉が聞こえた気もするが、深く追求できる場面じゃない。今は怪我をしてるこの子を早く治療しなければ。
「マコちゃ~ん。撤収するから追撃仕掛けてくるアホがいないか、周辺警戒よろぴく~」
『は、ハイ! あ、索敵範囲内の反応、一斉に後退…警戒網から離脱した模様です』
「いくら弱小校でも、私とカチ合おうなんて命知らずはいないか」
どうやら、このブレザー兵士軍団からの攻撃は完全に終わったようだ。ひとまず、死の危険に晒される心配が無くなったってことか。ふぅ、と息を吐き出しながら、安心感からか全身から力が抜けていく。背負っているハナコをずり落としそうになって、慌てて背負い直す。
「あぁ…っ!」
「あっ、ご、ゴメン!」
「い、いえ…」
「っとぉ。そうだった、ハナちゃん撃たれたんだっけね。のんびりしてたら危ないわ」
背負い直した揺れで撃たれた足が痛んだのか、噛み殺しきれずに漏れた悲鳴が俺の耳に刺さる。頭とか胴体じゃないからといっても、銃で撃たれたんだ。安心なんてしてられない。この子を治療できる場所まで運ばないと。
「マコちゃ~ん。エリちゃんとハナちゃんと今回のターゲット、まとめて連れてくから門開けて待ってて~」
『…本当にその人も連れて来るんですか?』
「え、当然じゃん。今までと違って何故かナマモノだけど、匣に入ってたんだから使えるって、きっと」
『敵対校の罠とか、裏の読み合いとか考えたらお腹が痛くなりそうで…』
「なぁ~に言ってんの。私ら吹けば飛び散る弱小校相手に心理戦仕掛ける連中なんか、いないいない! 高度な駆け引きできるようなヤツらは、眼中にないって。こ~んな辺境はさ」
意見がまとまったのか、チアキ先輩とやらは通信を切ってこちらに向き直る。オレンジがかった長い茶髪をかき上げ、血と砂埃で汚れたこの場所には似つかわしくない、明るい笑顔で告げてきた。
「それじゃ…新しい贈り物さん。血風と銃弾が吹き荒れる、灰色の日々へようこそ!」
その言葉は、俺のこれからを不安一色に塗り替えるには、充分なほど不穏だった。
――星歴20034年・某所。
薄暗い室内を、映像機器から発せられるブルーライトが淡く照らす。機器の画面には様々な映像や数値が投影されており、室内にいる人間がそれらに触れる度、ホログラムのように空間へ照射され、よりリアルな形式に変換されていく。
そんな部屋の中で、黙々と映像機器に齧りつく者達とは違い、椅子に背を預けて溜息を溢す人物がいた。
「分隊長。先行したS小隊数科分隊から、緊急連絡が」
分隊長と呼ばれたブレザー風の堅苦しい衣服をまとう女は、モニターから目を離さないまま声を上げた部下の方へ視線を投げ、応じる。
「数科と理科の混成部隊だったな。それで、何と?」
「隊員1名をロスト。その後、近接戦闘で5名ロスト、1名が鹵獲され捕虜として落ちました。また、狙撃の観測手が反撃を受け重傷。戦線復帰はしばらくかかると救護部隊から通達を受けました」
「チッ! 『試験』の回収が出来ないばかりか、部隊の継続運用を困難にさせられるとは…弱小と見縊ったか。いや、あの女が居るのだから、この程度では火力不足だったというわけか」
「見積もりが甘かった、ということでしょうか」
「単独で一個小隊を、それも一分足らずで撃破か。まさしく看板に偽りなし、戦力差をものともしない化け物め」
手元の端末に映る女を、苛立たし気に睨みつける。表示されているのは、侵攻予定である廃校寸前の弱小校の、唯一といっていい懸念事項。いや、要注意人物の詳細なデータだった。
「【聖域】と【煉獄】、この二大巨頭の抗争に巻き込まれた弱小校同士の連盟【常世】の戦闘指揮を執り、最前線であの圧倒的物量と火力を撃退せしめた伝説の存在。忽然と行方を晦ましたと聞いていたが、まさかあんな辺鄙な所に隠れ潜んでいたとはな」
「かつての“天獄戦争”ですね。公的な資料では、【聖域】側が5個師団、【煉獄】側が4個師団を投入。その内、それぞれの1個師団を彼女が率いた1個大隊が撤退にまで追い込んだ、と…改めて見ても異常ですね」
「ハッ! 何せヤツの特記は【剥首求頸】と呼ばれるものだぞ? その戦闘スタイルと悍ましい程の強さから、付けられた異名は“首刈”ときた。アレには1個小隊なんぞ物の数ではなかっただろうさ」
部下が送信してきた映像には、今回の威力偵察部隊員の戦闘、その一部始終が記録されていた。黒い立方体から今回の回収目標である『試験』と、それを死守しようとする2名との戦闘が流れていたが、そのうちの一つが黒一色に変わり、何も映さなくなる。それは立て続けに増え、最後に一つを除いて他全てのモニターは沈黙していた。その数は、今回の被害と一致している。
狙撃の観測手が録画していた映像には、狙撃をアシストすべく例の人物へ狙いを定めた瞬間の、観測手の息を飲む音が入り込んでいた。最後に見たのは、こちらを真っ直ぐ見つめるブルーの瞳と、獰猛に曲がった唇。
――ミ・エ・テ・ル・ゾ
唇の動きが何を伝えようとしたかを理解するのと同時に、映像がブラックアウトする。これが観測手の見たあの現場での光景であるならば、ゾッとする他ない。森林での視界不良に加え、5キロ以上も離れた地点での狙撃観測を看破され、見られている事を前提に挑発するなんて、まともな頭では考え付かない。
「……胡殻姿チアキ。コイツが最大の障壁だな」
ブレザー風意匠の軍団を指揮する立場の女は、そう言い放つとまた一つ、溜息を吐いた。
気が向いたら投稿するので、超々気長にお待ちいただけたら幸いです。