第88話:学院祭ときどきイビルパニック05
武闘大会第二回戦最終組。
学院祭一日目の目玉となる一戦だ。
相手は老人だった。
とはいえ老いによる凋落は見られない。
むしろ覇気を感じるほどだ。
長年に渡って体を鍛え続けたのだろう。
「なるほど」
とアインは納得する。
中々に古強者の様であった。
先の一件があったため大会の運営は慎重を期しているだろうし、不穏があれば審問官が止めに入る準備も万端だ。
もっとも二回戦においては杞憂だったが。
「それでは」
と司会進行。
「試合開始!」
同時に老人が襲いかかってくる。
ただし我武者羅では無い。
肉体の動き一つ一つが洗練されている。
「ふっ!」
拳が突き出された。
アインは手の平で受け止める。
老人はその場で独楽のように回転。
素早い。
アインをしてそう思わせる体のしなり。
「っ!」
そこから繰り出される裏拳は中々の威力を持っていた。
アインは身を低くして既に危険領域外に居たのだが。
足払い。
が、老人の地に着けた両足はびくともしなかった。
「あらら」
手刀が襲う。
もう一方の足で弾く。
同時に払った方の足で地を蹴って距離を取る。
仕切り直し。
「若いのに大した御仁だ」
老人が笑った。
アインとしてはあまり面白い物でも無いのだが。
「その年でその練度とは畏れ入る。師は誰か?」
「特に自慢できるような奴じゃねえよ」
「さぞ名のある武人であろうな」
「基準世界ではな」
「基準世界?」
「何でもにゃ」
アインは肩をすくめた。
「そういうそっちは弟子を取っていないのか?」
「まだまだ当方が未熟故そのようなことは出来んよ」
「十分だと思うがなぁ」
青空を見上げて鼻先を掻くアインだった。
「では再び参る」
老人は間合いを詰めてきた。
接触は一瞬。
アインもまた間合いを詰めたからだ。
老人よりも更に速く。
こと速度の面においてアインは老人より練度が高かった。
神速の踏み出し。
詰まる間合い。
老人の放った崩拳に対して体を捻ることを以てすれすれで避け、その腕を掴む。
アインの身体が沈み込んだ。
カウンターで放たれたのは肘。
老人の鳩尾に埋め込まれる。
「がっ……!」
呼吸が止まる老人の健康を気にせず、
「…………」
アインは一本背負い。
地面に老人を叩きつけた。
「がはっ!」
吐血こそしないものの、ダメージは深刻だ。
「大丈夫か爺さん?」
「無理じゃ」
降参の宣言。
「ぬしゃ化け物じゃの」
「よく言われるな」
アインはニカッと笑った。
老人は治癒班によって魔術による施術を受けながら担架で運ばれ去って行った。
司会進行がアインを絶賛していたが、
「なんだかね」
がアインの感想だ。
出入り口にはリリィが居た。
エメラルドの瞳は喜色を乗せ、その表情はほころんでいる。
「アイン様……格好良かったです」
「どうも」
「お相手は強うございましたか?」
「そりゃもう」
「では更にアイン様は強うございますね」
「はははははー」
乾いた笑い。
「とりあえず今日の分は終わりですね」
「だな」
「夕餉は如何しましょう?」
「ちと仕事があって一緒には取れん。ちゃんと施錠して寝るんだぞ」
ポンポンとリリィの金色の頭を叩く。
「どちらへ」
「言っても信じられないところ」
「それは先の失踪と関係が?」
「まぁ概ね……な」
まさか教皇の護衛とは言えないアイン。
ぐずぐずに誤魔化すくらいしか出来なかった。
「面倒くさい」
それは百も承知だが。




