第86話:学院祭ときどきイビルパニック03
「く……はは……はははははっ!」
アルトだった者が産声を上げた。
「うむ。よいよい」
アルトだった者は御機嫌だった。
「中々のキャパでは無いか」
そんな独り言。
「これならば十全に力を震えるな」
「ケイオス派……か」
アインの言葉の通りだった。
ケイオス派。
魔族と契約することで魔術を手に入れる派閥の総称だ。
「アルトさん?」
アインは呼びかける。
「どこで魔族と契約した?」
「誰だきさんは?」
「赤の他人」
サックリ言ってのける。
そうには違いないのだが。
「ふむ」
とアルトの自己同一性を乗っ取った魔族は思案する。
「ここには丁度……我らが否定する神の御使いが居るようだな」
「やめとけ」
親切からアインは言った。
そもそもレイヴには、
「敵という者が存在しない」
のだ。
そうである以上、
「残念ながら」
と云わざるを得ない。
全くの徒労だと。
「ふむふむ」
さらに頷く魔族だった。
「きさんはよほど宿主の恨みを買ったみたいだな」
「安かったもので」
アインの返答も中々だ。
「さてどうするか?」
アインは素早く思考を回転させる。
状況は最悪と言っていい。
レイヴについては全く心配してないが、その際における別人の被害はソロバンを弾くに相当する。
かと言ってケイオス派は原理的には人間だ。
枢機卿のアインが下手に殺人を犯すわけにはいかない。
その辺りのさじ加減がアインには面倒の一言だった。
もっとも、
「抵抗するほか無い」
のも事実だが。
「ではまずきさんを殺すか」
魔族はアインに狙いを絞った。
むしろ好都合である。
こと、
「魔術の顕現に茶々を入れる」
のはマズいが、
「魔力の召喚を否定する」
のはバレにくい。
「――マグマウェイブ――」
淡々と魔族がアルトの声で呪文を唱える。
物理の最小単位が召喚され、それは現象と、
「何!?」
成り立たなかった。
アインの禁術である。
魔術の起動の封殺。
その程度は出来て当然だ。
あまり衆人環視の下で使う物でも無いが。
「どうだ師匠?」
アインは思念で鬼一に問うた。
「禁術を察した人間は居るか?」
そんな問い。
「今のところそれらしい反応をした人間はおらんのう」
「そりゃ重畳」
そしてアインは魔族目掛けて間合いを詰める。
「フレイム……っ!」
魔族が呪文を唱えるより、
「疾っ!」
アインの踏み出しの方が速かった。
踏み込み。
後の寸勁。
「が……っ!」
ケイオス派は魔族と契約して強力な魔術を操るが、身体能力は契約者に依存する。
であればアンチマジックの妙手であるアインにとっては十把一絡げだ。
「神を信仰しろよ」
皮肉を言って鳩尾に肘を埋め込む。
「ぎ……あ……っ!」
アルトの呼吸が逆流する。
さらにトドメとばかりにアインの拳が襲う。
それは適確に魔族……アルトの意識を奪った。
ほぼ同時に結界が解かれて一神教の審問官が雪崩のように現れる。
アルトはケイオス派として捕まった。
「ご無事でしょうか?」
審問官がアインに問うてくる。
「俺はな」
アインは飄々と。
ライトおよび指折り数えられる程度の審問官にしかアインの素性は伝わっていない。
アインは一般的な被害者として保護された。
「あっははは!」
鬼一の思念チャットを通じてレイヴの大爆笑が頭に響く。
「罪な奴だな」
「俺は何もしてねえよ」
「それを本気で言えるアインが素敵だ」
「はっはっは」
「殺せない」
と分かっていながら、
「殺す手段は無いものか?」
そう思わざるを得ないアインだった。
今に始まったことでもない。
大体においてアインはレイヴに振り回される。
カルマと云って遜色ない。
アインには頷き難い事かもしれないのだが。




