第82話:アイス枢機卿の憂鬱15
「こっちは職業宗教家なんだよ」
アイスはふて腐れた。
「それでは」
とアイスはレイヴを連れて学院長室へと向かう。
「さすが剣聖猊下……」
「正に神業ですね……」
そんな畏敬の念がアイスに突き刺さる。
「道半ばにも達していないんだが……」
それがアイスの本心だ。
言う意味が無いため言わないが。
「枢機卿猊下」
「教皇猊下」
うっとりと見つめられても困るアイス。
「にゃはは」
とレイヴは笑う。
「なんだろうね。コイツの元気は」
「見習えば良かろう」
「何が良いんだ?」
「枢機卿らしくお高くとまれば問題ないじゃろ」
「出来るかよ」
こと神にのめり込めないアイスの業だ。
全知。
全能。
その希薄さを知っている身としては。
「やれやれ」
そんなわけで学院長と面会する。
アインは会った事が無い。
アイスとしても初めてだ。
「よくぞお越しくださいました」
学院長は明らかに狼狽していた。
「レイヴ教皇猊下……剣聖アイス枢機卿猊下……拝謁できて感慨の至りです。我々はあなたがたを歓迎する」
「さほどのものでもありませんよ」
「同じく」
レイヴもアインも権力に比例する不遜を持ち合わせていなかった。
「学院祭に参加したいとのことでしたが……」
「ええ」
レイヴは軽やかに頷く。
「では学院祭を楽しんでいってください」
「了解しました」
「護衛は何人ほど必要でしょうか? 教授クラスなら大抵の者が動けますが……」
「大丈夫です」
レイヴはあっさり云う。
「アイスが居ますから」
それで済めば護衛は要らん。
どれほどアイスはそう云ってやりたかったことか。
「まったく……」
「ま、実際にきさんほど護衛に適している人材もおるまいよ」
「というかレイヴに護衛はいらんだろう」
「じゃな」
いつも通り鬼一はカラカラ。
――無敵。
レイヴを端的に現わす能力だ。
である以上、戦略レベルで戦闘の意を成り立たせない能力でもある。
「はぁ」
厄介事はレイヴの好む事象だ。
その上で自身に関係が無い。
間接的に味わうにはアイスが必須というわけだ。
わかっていて付き合うアイスこそ良い面の皮だが。
「結局どうすべきかね?」
「さもあらんのう」
アイスと鬼一が思念で会話する。
「どうせですから」
と学院長。
「賞の一端に教皇猊下の選択を入れてみるというのはどうでしょう?」
「私ですか?」
キョトンとレイヴ。
「ええ、猊下が一番面白いと思った催し物に表彰させるのです」
「こちらとしては構いませんが……」
レイヴはおずおずと承諾した。
「面倒事だな」
「きさんは素直に祭を楽しもうとは思わんのか?」
「面倒」
「どこで捻くれたのやら」
「師匠が言うか?」
「三つ子の時には会っているまい」
「まぁ後天的に獲得した人格故な」
「幼い頃は健気だったんじゃがのう……」
「時の流れは残酷だな」
「そう開き直るな」
「他に言い様が無いしな」
「それも然りじゃ」
カラカラと鬼一が笑う。
「それで」
と学院長。
「アイス枢機卿猊下……」
「何だ?」
「教皇猊下の護衛を御仁に任せて宜しいのでしょうか?」
「正味問題ねーよ」
特に学院長の不安を取り除こうとは思っていない言。
それでもアイスの実力はこの世界に轟いている。
剣聖。
それがアイス枢機卿の二つ名だ。
レイヴ教皇猊下の剣にしてケイオス派の誅戮の象徴。
こと魔族もまたいで通る。
それがアイスである。
こと教会におけるあらゆる意味で禁忌とされる禁術の使い手。
面が割れれば面倒くさいため、
「アインでは無理」
で、
「アイスなら有理」
とされる特級戦力。
それがアイス枢機卿という存在である。




