第79話:アイス枢機卿の憂鬱12
刻一刻と学院祭が近づいてくる日程。
朝とも呼べない深夜の時間。
アインは学院街の教会に出向いた。
相も変わらず黒衣礼服(ぶっちゃけ学ラン)であるが、腰にはベルトが回してあり和刀鬼一法眼が帯刀されている。
「おはようございます猊下」
ライトが慇懃に一礼した。
「思うんだがアイツに護衛は要らなくないか?」
「一応独り身というのも説得力に欠けますので」
ライトも同様の思いなのだろう。
苦笑していた。
「それに猊下におかれてもアイス猊下と入れ替わった方が得策かと」
「それについてはその通りだが」
「というわけで鬼一様。お願いします」
ライトはまた一礼した。
「任せておけ」
そう言って鬼一は魔術を行使する。
光のソレだ。
光の屈折と反射を調整してアインの外見を造り変える。
アインは美少年だ。
それもひとかたならぬ。
青髪青眼の親から生まれたとは思えない漆黒の風貌がよく似合う少年である。
黒のショートに黒の双眸。
加えて黒の学ランとくれば色として重すぎる。
そこに鬼一が変更を加える。
黒い髪は白色に。
体のラインは女性に。
着ている服装は一神教における礼服だ。
唯一違わないのが腰に差した和刀の本体である。
鞘は華美装飾をなされている。
「見事です」
ライトが感嘆の光を赤い瞳に輝かせた。
アインの外見は鬼一の魔術によって改竄された。
あくまで視覚情報を誤魔化すものであるため本質的には男なのだが、見た誰もが今のアインを男とは思うまい。
シルクを想起させる艶やかで白いロングヘアー。
黄金比の体つきとその曲線。
今のアインは何処から見ても魅力的な女性の姿だった。
幻影魔術。
その一端である。
アインが本気を出すにあたって解放する姿。
「痛み入ります。アイス枢機卿猊下」
ライトはアイン……改めアイスに一礼した。
アイス枢機卿。
アインが鬼一の魔術によって女性と成り代わる際のコードネームだ。
アイン自身も枢機卿ではあるのだが、あくまでそっちは都合上だ。
公表されていないためアインのことを枢機卿だと知っている人間は数えられる。
対するアイスは有名だ。
剣聖枢機卿。
そう呼ばれる存在である。
こと和刀を握れば天下無双。
あらゆる魔族を切り払う神聖なる存在として名を馳せている。
アインにしてみれば、
「しがらみだ」
ということになるのだが、
「とりあえずケイオス派に狙われないだけマシか」
という意見もある。
とはいえ先のアインの思念は若干矛盾する。
「教会はケイオス派の敵」
そう言う通念があるからだ。
実際に教会に属する審問官や代行師はケイオス派と血みどろの戦いを繰り広げている。
暗闘だ。
その意味で枢機卿を名乗るアイスは狙われて必然だ。
意図するもしないも関係無しに。
「で」
と閑話休題。
「俺にどうしろと」
「とりあえず馬車を用意しました」
ライトは教会の扉を指す。
「…………」
たしかに馬車があることをアイスは把握している。
「隣街の高級ホテルに教皇猊下が宿泊なされています。そっちから学院への護衛をお願いします」
「わかっちゃいるが面倒だな」
「一応私がフォローしますので」
「いらんだろ」
それも事実ではあるのだ。
「では参りましょう」
カソックを着たライトが歩き出す。
「何だかなぁ」
アイスも愚痴りながら馬車に乗る。
「教皇……ね」
「猊下」
「何よ?」
「不遜です」
「三つ子の魂だ」
あながち外れているわけではない。
「鬼一様に色々と洗脳されていらっしゃいますね」
「まぁな」
ちなみに鬼一は呵々大笑していた。
「おっぱいのある気分はどうじゃ?」
「本当にあるように見えるからタチが悪いな」
アインは自身の胸をふにふにと揉んだ。
光学的干渉による身体改竄。
感触の誤認による性別の反転。
アイン自身の肉体は変わらずだが、脳の誤認によってアインの肉体情報は限りなく女性に近似しているのだった。
「それが悪い」
と言うつもりはアインには無い。
面倒には違いないのだが。




