第77話:アイス枢機卿の憂鬱10
「教会に寄りましょう」
一仕事終えて門前市に夕餉の買い出し。
そしていつも通りリリィは、
「ついで」
とばかりに教会に向かう。
礼拝するためだ。
アインもソレにつきそう。
とはいえアイン自身は礼拝をしないのだが。
いつも通り教会の隅っこに座って鬼一を立てかけリリィの礼拝が終わるのを待つ。
「信心深くて良い事じゃな」
「ま、宗教は心の清涼剤だからな」
「そこまで捻くれんでも」
「そんな俺に誰がした?」
「小生か?」
「師匠以外に全知と全能の矛盾を理解している奴原は居ないと思うが……」
「この準拠世界に転生および転移してきた者がいるならばその限りではあるまいよ」
「転生ねぇ……?」
「まぁ準拠世界というのは一種の生命における別荘のような物じゃからな」
「一時的に人が移り住む……と?」
「そういうことじゃな」
今更じゃが。
そう言って鬼一は笑った。
「師匠が言うと説得力があるな」
「小生の場合は単なる暇つぶしじゃがの」
「面白そうで結構なことだ」
そこに、
「もし」
と別の声が割り込んだ。
ほとんど鬼一による思念会話はボイスチャットの有様だ。
この世界においては再現性がないが。
「どうしたライト?」
アインは教会のステンドグラスを見やりながら、平然と思念会話を続ける。
「猊下にお願いしとうございます」
「内容による」
「ノース神国より此度の学院祭への訪問を教皇猊下が提議してきました」
「却下してやってくれ」
ほとんどコンマ単位でアインは否定してのけた。
「無理です」
ライトの答えも中々早かった。
「既に学院側にも話が通っております故」
「じゃあ頑張れ」
俺には関係ないことだ。
そう言う前に、
「教皇猊下は護衛にアイス枢機卿猊下を指名しました」
「…………」
くちをへの字に歪めるアインだった。
「どうか渡りをつけてはもらえないでしょうか?」
「面倒」
「そう言わず」
というか既に王手だ。
「教皇猊下による嘆願ですから逆らうのは得策ではないかと」
「それは……」
全く以てその通り。
鬼一はカラカラと笑った。
「ま、業じゃな」
「黙ってろ師匠」
「既に決定事項ですのでアイス枢機卿には働いて貰わねばなりません。もちろん却下されることを猊下は認めておりません」
「あんまり趣味じゃないんだが……」
「気持ちは痛切に分かります」
一応ライトも恐縮はしているらしい。
とはいえ現実上では礼拝してくる客を捌いているのだが。
祈りを受け止め祝福の言葉をかける。
「それに」
とライト。
「猊下は魔族に狙われているでしょう?」
「だな」
「しばらくはアイス猊下に任せた方が宜しいかと」
「むう」
「じゃな」
アインは消極的に。
鬼一は積極的に。
それぞれ肯定した。
「背景の方は?」
「どちらもグレーですね」
「分からないって言えよ」
「ではまだ分かりません」
「なんかこう魔族と契約したら警報の鳴る装置とか無いのか?」
「あれば便利ですね」
ライトは冗談と受け取ったらしい。
「エルザ教授は元より可能です」
「そうなのか?」
「エルザ研究室は召喚術を研究対象としております故」
「その統括たるエルザ教授が魔族を召喚しても不思議では無い……か」
「ただ問題が」
「何か?」
「猊下を狙う理由が見つかりません」
「確かに」
それはその通りだった。
そもそも自身の傍に置いてリリィ共々書類整理に奔走させる身だ。
通用するかどうかの議論はこの際無視して、もてなしのコーヒーに毒でも混ぜればいいだけの話で、わざわざ召喚術の権威が自分の魔術特性モロバレの襲撃を行なう必要も無い。
「ソルトの方は?」
「仮に生徒シャウトの件で猊下に恨みを持っていたとしても魔術の才に乏しき身です故」
「魔族と契約すればその限りでは無いだろ?」
「ですからグレーなんです」
エルザ教授には能力はあれど動機がない。
生徒ソルトには動機はあれど能力がない。
「結局対処療法か」
「それでアイス猊下への渡りの件ですが……」
「ま、都合は良いわな」
そういうことだった。




