第76話:アイス枢機卿の憂鬱09
エルザ教授のすすめ。
そういう形のしがらみ。
今日も今日とてリリィは働いていた。
アインはと云えば、
「ほ」
とコーヒーを飲んでいる。
そんなのんべんだらり。
この二人のカロリーの違いについて議論することは、あまりに思考のキャパシティの無駄遣いだとエルザ教授は思っている。
「リリィさん?」
「何でしょう教授?」
「こちらの書類を統括に」
「承りました」
頷いて書類を受け取るリリィ。
「アイン様に仕事を押し付けては嫌ですよ?」
「そのつもりはありませんから安心してください」
「よろしくお願いします」
そしてリリィは研究室を離れた。
後に残されたのはアインとエルザ教授。
「よくもまぁ面倒事を引き受けますね」
アインの開幕パンチ。
「仕事ですので」
エルザ教授は端的に答えた。
「研究室に所属すればこの程度は」
「さいでっか」
アインはコーヒーを飲んだ。
「それよりあなたですよ」
「何がだ?」
「昨夜のことは忘れていないでしょう?」
「何かありましたか?」
アインはあえて惚けた。
こういうことは当人から聞く他ない
「中級魔族」
エルザ教授も端的だ。
「そを退けたでしょう?」
「どこで見ていた?」
知っていながら問わずにはいられないアイン。
「少し覗き見させていただきました」
「ということはお前さんが?」
「まさか」
エルザ教授は、
「不本意だ」
と云う。
「私は心配しただけです」
ぬけぬけと。
「心配ね……」
アインはコーヒーを飲む。
「で、実際はどうなんだ?」
「と云いますと?」
「俺を狙って魔族が召喚されている事なんだが」
「なにかしら恨みを募ったのでは?」
「否定はしない」
というか出来ない。
「お前に心当たりは?」
「ない」
断じた後、
「ということにしておいてください」
そう補足する。
「ま、いいんだがな」
アインはコーヒーを飲む。
「それより」
とこれはエルザ教授。
「問題はあなたですよ」
「何かしたか?」
アインは、
「わからない」
と云う。
「魔族に一歩も引かない胆力」
「…………」
「魔族の魔術を打ち消すアンチマテリアル」
「…………」
「魔族の魔術を打ち消す魔術」
「…………」
見られていたのだからその回答は当然だ。
「何者です?」
「単なる一生徒です」
アインはさっくり答えた。
「他に言い様がない」
それもまた事実だが。
「アンチマテリアル」
エルザ教授が言う。
「そを以て最強に到る」
その通りではあるのだ。
「別段そんなことに意義は見出せませんがね」
アインはコーヒーを飲む。
「しかして魔族を上回る剣術の持ち主でしょう?」
「それは……まぁ……」
別段意識することでもない。
そんなアインの心情。
「あなたはソレで良いのですか?」
「困っているわけでもないしな」
やはり端的にアインは言った。
「そもそもにして……」
とアインは言う。
「あの程度の魔族に後れを取る方が難しい」
と。
「病気ですね」
エルザ教授は困ったように笑う。
「知ってる」
「であるからアインには期待しているのですけど」
それがエルザ教授の答えだった。




