第73話:アイス枢機卿の憂鬱06
「ではコレはどうでしょう」
魔族は左手をアインに差し出す。
「――フレイムスパイラル――」
炎の螺旋。
その通りに三つの線状の炎が螺旋を描いてアインに収束する。
が、
「…………」
アインの剣撃の方が速かった。
アインの剣捌き。
鬼一のアンチマテリアル。
その二つは炎の螺旋を完璧に霧散してのけた。
「っ!」
さすがに魔族の空気が変わる。
「やりますね」
「別にそこまでの程でもないな」
アインは気楽そうだが、
「それ故に……か」
魔族は侮ることを止めたのだった。
「あなたとは別の形でお会いしたかった」
「じゃあ今は引け」
「そうもいかないのが魔族の辛いところでして」
「お前も苦労してるんだな……」
アインは苦笑い。
「では次なる手で行きましょうか」
「勉強させて貰う」
アインは無形の構えを取った。
「――フレイムグループ――」
次の瞬間、
「ほう」
「じゃの」
アインと鬼一が感嘆の吐息をついた。
フレイムグループ。
無数の炎がアインを取り囲むように出現したのだから。
そして無数の炎はアインに襲いかかる。
「やれやれ」
アインはユラリと脱力する。
「超過勤務だと思うんだが」
思念でアインが云うと、
「そういう星の下じゃろな」
鬼一が皮肉った。
次の瞬間に起きたのは、
「奇蹟」
の一語だ。
襲い来る炎の全てを切り払って見せるアイン。
上方から。
背後から。
正面から。
左右から。
場所とりどりから襲いかかる炎は、
「馬鹿な……っ!」
しかして魔族の驚嘆に現れるように全て切り払われた。
「あー……」
コキコキと首の骨を鳴らす。
「手品はソレで終いか?」
アインには、
「特別なことをしてはいないんだが」
という思考が下地にある。
「本当に人間か貴様……」
魔族の戦慄も必然だろう。
「ま、ある意味でな」
謙遜と云うより、この場合は皮肉だろう。
アインにとっては常識の範疇ではあれども。
「じゃあこっちから行くかね」
アインは刀を構えると、
「疾っ!」
魔族に間合いを詰めた。
「魔術を使わないのですねあなたは」
そんな魔族の言葉ではあったが、
「あまり興味も無いしな」
神速で近づきながらアインはこぼした。
和刀……鬼一法眼は魔族に向かって振るわれ、
「……っ」
しかして弾かれた。
「残念ながら私の強みは魔術でも武力でも無くこの硬い体にありますもので」
そして、
「――フレイムフォール――」
魔族は呪文を唱えた。
天から溢れ出た炎が滝のように降り注ぐ。
が、アインには有象無象だ。
鬼一の魔術と併用する形で剣を振る。
結果として炎の滝は霧散した。
「そこだよ」
その隙を突く魔族だったが、
「遅い」
アインは紙一重で躱して距離を取る。
そして腰に差した鞘に鬼一を納刀し、鞘ごと背中に回す。
その背後の腰に回された鬼一の柄を握って、
「疾っ!」
魔族に間合いを詰める。
「私に剣撃なぞ利かないと云いません……げがぁ!」
不敵な言葉は最後に苦悶に変わった。
京八流の裏の三抜手。
その一つである零抜。
背中に回した和刀を腰の回転のみで抜き放ち、逆手で抜刀術を放つ技。
一般的な抜刀術の二倍の回転を必要とするため、それだけ威力も飛躍する。
なお逆手で放つ抜刀術であるため、和刀の背に肘による追加の加速が与えられ金属さえ切り裂く威力を持つ。
まさに斬鉄剣を具現する剣術なのである。
「馬鹿な……! 高貴なる私が……! 魔術以外で……!」
「じゃあな」
零抜を放ったアインは、今度は唐竹割りに振抜を放って魔族の正中線を断ち切った。
それが決着だった。




