第60話:学院祭のしがらみ04
夕餉。
「うまうま」
アインは冷や麦をたぐっていた。
「大変なことになりましたね」
憂慮するリリィに、
「何が?」
素でわからないアイン。
冷や麦をたぐる。
「決闘するんですよね……?」
「そういえばそうだったね」
ほとんどレーテに流された案件だった。
「アイン様が怪我でもされたら……」
「無理だろ」
あっけらかんとアインが言うと、
「無理じゃな」
鬼一まで乗っかった。
一応寮部屋であるため音声にて会話していた。
「アイン様は傷つかずに済ませるつもりで?」
「あの程度なら目を瞑ってもハンデにならんな」
冷や麦をたぐる。
「そ、それほどなのですか?」
「師匠の教えでね」
「うむ。アインは勘が良い」
カラカラと鬼一が笑う。
「なら信じますけど……」
冷や麦をたぐる。
「ところでこちらの世界が偽物だという件ですけど……」
「師匠が言ったろ? 基準世界をサンプルに作られたフラスコの中の異世界。それが俺たちの世界だ」
「では私やアイン様も偽物なのですか?」
「あくまで人類の営みを再現しているだけじゃからオリジナリティはあるだろう」
「世界は神様が創ったのでは?」
「まぁそうなんだが……じゃあ神様って何だろう?」
「ええと……」
しばし考えて、
「全知全能の絶対神ではないでしょうか?」
「じゃあ全知全能って何だ?」
「全てを知り……全てを能くする……では?」
「じゃあ試みに問うが……」
冷や麦をたぐる。
「神様は自分でも持ち上げられないほど重い岩を作ることは出来るだろうか?」
「えと……?」
リリィは困惑した。
「出来るんじゃないんですか?」
「だったら重い岩を持ち上げられないから全能じゃ無いな」
「出来ないとしたら……あ」
理解したらしい。
「そう。この二択はどっちを選択しても全能を否定する定義なんだ」
「じゃあ神様は居ないんですか?」
「全知全能の解釈によるな」
「解釈……と云いますと……?」
「師匠」
「つまり神様というのは世界を運営する装置に相違ないのじゃ」
「装置ですか?」
「然りじゃ」
「ふむ……」
冷や麦をたぐる。
「全てを知るが故に全ての確率を収束させ、全てを能くするため全てに干渉せざるをえない装置」
「壮大ですね……」
「演算の一部じゃがな」
「…………」
「結局世界全てに干渉しなければならないならソレは人徳では無く機能性の塊じゃよ。故に神様とは装置に過ぎん」
「アイン様はそれ故に不信心なのですか?」
「一神教は信仰してるさ」
アインは肩をすくめた。
「単に敬う対象が違うだけだな」
冷や麦をたぐる。
「ご当主様はそれを……」
「知らんだろうし知らせる気もねえな」
「問題ですよね」
「思想の自由と言論の自由は別物だからな」
不敬罪には違いない。
少なくとも一神教の聖地であるノース神国……その大貴族の嫡子が覚えて良い信仰では無かった。
元より、
「クイン家が没落しても俺には関係ねえし」
が根幹にはあるのだが。
「持てないほど重い岩……」
「量子力学においては全知の方も否定できるがな」
「りょーしりきがく?」
「世界の最小単位だ」
「?」
クネリと首を傾げるリリィ。
さもあろう。
アインとて鬼一と出会わなければ縁の無かった知識なのだから。
「ま、それは後日って事で」
冷や麦をたぐる。
「美味しいですか?」
「美味い」
アインは爽やかに笑った。
「リリィは良い奥さんになれるね」
「愛人なのですけど……」
赤面して照れるリリィだった。
思わず苦笑してしまうアイン。
ほとんどいつものやりとりだ。




