第54話:祭のアレコレ09
そんなわけで朝風呂に入るアインたちであった。
アインは元より従者のリリィも付き添って、リリィの裸体から隔離するために鬼一は脱衣所に置いてきた。
洗髪。
洗体。
丁寧に清められてアインは風呂に浸かる。
「湯加減はどうでしょう?」
とリリィ。
「汗を流すために温めにしてくれたんだろ?」
「余計でしたでしょうか?」
「うんにゃ」
アインは後頭部を掻く。
「良い判断だ」
自身の隣に入ってきたリリィの髪を撫でる。
「あは」
それだけのことにリリィは嬉しさを覚えたらしい。
「まったくコイツは」
言葉にせず呆れる。
よほどアインに惚れ込んでいるらしい。
今日の天気が良いことまでアインの功績にされてしまいそうだ。
「加減はどうじゃ?」
とは思念言語で語りかけてくる鬼一。
「一家に一台リリィちゃんだな」
アインも思念で返す。
リリィは、
「あう……」
と思念で恥じらった。
そういうところも愛らしい。
「祇園精舎の鐘の声」
ポツリと鬼一がこぼす。
「諸行無常の響きあり」
アインも遅れずついてくる。
「沙羅双樹の花の色」
「盛者必衰の理をあらはす」
「おごれる人も久しからず」
「ただ春の夜の夢のごとし」
「たけき者も遂にはほろびぬ」
「ひとへに風の前の塵に同じ」
「ほう……」
と鬼一。
「覚えておったか」
「綺麗な歌だしな」
「ぎおうしょうじゃとは何でしょう?」
一人リリィがついていけてなかった。
「釈迦が説法をしたとされる寺の名じゃよ」
「しゃかとは?」
「仏教の開祖じゃよ」
「ぶっきょう?」
「埒があかんぞ師匠」
「じゃの」
「えーと、何の話でしょうか? 無学で申し訳ありませんが」
「此処では無い異世界……基準世界での教養だから知ってる方がどうかしてる」
アインは肩をすくめた。
「異世界……」
「そ、異世界……というか……」
言葉にしづらいアインの感情に、
「むしろこっちが異世界じゃな」
平然と鬼一が被せてきた。
「異世界? こっちが? どういう意味でしょう?」
「基準世界……そう呼ばれる世界がある。そしてその基準世界に準拠した準拠世界と呼ばれる世界もある。準拠世界は数多あり、そのどれもが基準世界とリンクしているが、この世界はそんな準拠世界の一つじゃ」
「え? 世界って一つじゃないんですか?」
「まぁそう考えるよな普通」
「残念ながら違うんじゃよ」
アインと鬼一はサラリと言った。
「一般的に歴史を重ねた宇宙の隅っこの惑星に住む人類が獲得した技術じゃ。信仰、祈祷、妄想の類から生まれるアークティア。ま、基準世界と違ってリソース低めじゃから天動説じゃがな」
カラカラと鬼一が笑った。
「つまりこの世界は偽物だと……?」
「偽物か。ま、贋作と言えばその通りだな」
「じゃの」
「私たちもまた贋作なのですか?」
「似せて作られたという意味ではそうだ」
「信じられません……」
「信じろとは言ってないし」
ケロッとしているアインである。
「基準世界は魔術が本流じゃないらしくてな」
「ふえ?」
「代わりに科学が発達してるってさ」
「かがく?」
「世界の構成を普遍的にする学問だ」
「それは魔術師の役目では無いのですか?」
「んーと……」
言葉を探すアイン。
「まぁそうなんでも一気に教えられるものでもなかろ?」
そんな鬼一の牽制に、
「だな」
アインも納得。
「とりあえず暇があれば教えてやるよ」
ポンポンとリリィの頭を叩く。
「では対価として私の体をアイン様に差し出します」
「要らん」
平常運転だった。
アインにしろリリィにしろ。
鬼一が思念で呵々大笑する。
それもまたいつものこと。




