第53話:祭のアレコレ08
日の出もまだの早朝。
「……ふっ! ……ふっ!」
アインは木刀で素振りをしていた。
大分前に回数は四桁へ。
当人は数えてなど居ないが。
剣術における最適化した動き。
これを型と呼ぶ。
アインはその型を完璧に近似させるため毎朝木刀を振っているのである。
アインの禁術は強力だが、
「知られてはいけない」
が、前提である。
魔術については魔力の召喚が出来ないためアインには不可能。
常時身につけている精霊石の魔力を使えば行使は可能だが、基本的に相性が悪い。
魔術と禁術は互いに正反対と言える。
であるためアプローチの仕方もまた違う。
故にアインは魔術もあまり得意では無い。
研究室に勧誘を受けられる程度の精度はあるが、それでも禁術の圧倒的破壊力を前にすれば、
「羽を奪われた羽虫の如し」
だ。
閑話休題。
故に剣術である。
自分の身を守るため。
不条理に対抗するため。
アインには剣術が必要だった。
元々クインの家に興味は無く、翁と媼の世話になりっぱなしもアレなので、独り立ちするための技術であったのだ。
今は愚兄の愚行のしわ寄せで魔術学院に通う身となっているが。
日が差す。
朝だ。
「そろそろよかろう」
鬼一がアインに語りかける。
思念で、である。
「少しは師匠に近づいたかね?」
「ほんの少しじゃがの」
アインの吸収力は類を見ないが、それでも若い身空で極められるほど剣術の底は浅くない。
それは鬼一とてアインに言い含めてある。
とはいえ術理の面で騎士の剣より鬼一の剣の方が盛大に上回っている。
その影を踏んでいるアインは並みの騎士より剣の扱い方は上手いのだが。
そこに、
「アイン様」
とリリィの声が聞こえた。
金色の髪が朝日で輝く。
「おはよ。リリィ」
「おはようございますアイン様」
「はやいの。嬢ちゃん」
「鬼一様もおはようございます」
ニッコリ笑うリリィはそれはそれは可愛い。
「朝食でも出来た?」
「チキンサンドで良かったでしょうか?」
「好物」
ホロリとアインが笑う。
そんなこんなで寮に戻って朝食にする二人。
「アイン様は勤勉ですね」
尊敬の眼差しをやるリリィに、
「?」
とアイン。
「講義はいつも寝てるが?」
「けれど剣術の訓練は欠かしていません」
「まぁ日課だし」
「鬼一様の剣……なのですよね?」
「うむ」
鬼一が御機嫌に答えた。
今は人目が無いため声で喋っている。
「…………」
アインはチキンサンドをもむもむ。
「如何でしょう?」
リリィがおずおずと問う。
「美味い」
端的な言葉だったが、
「あは」
ぽわんとリリィは笑った。
それから二人と一振りで他愛ない話をしながら朝食を続ける。
香ばしい麦の香り。
コクの深い鶏肉。
それらを引き立てるスパイス。
およびレタス。
「うーん。料理上手」
アインはリリィを褒めた。
「光栄です!」
リリィは心底嬉しそうだ。
アインは苦笑する他ない。
ジャガイモのスープを飲みながら。
「ああ、それから」
とアイン。
「風呂を入れてくれ」
「了解しましたアイン様」
「せめて雑事をする程度の使用人は入れるべきかね?」
アインとしてはやりにくいのも事実だが。
「いえ。必要ありません」
存外キッパリと答えるリリィだった。
「アイン様のお世話は私の領分です」
「愛されてるの」
「うるさい師匠」
アインは椅子に立てかけている鬼一を蹴飛ばして倒す。
「暴力反対」
「じゃかあしい」
いつものやりとりだった。




