第5話:十年後04
「貴様がクイン家の血筋であるから当然だろう」
意味不明な返答であった。
「無論今すぐではない。まずは魔術学院に通って魔術を学べ。その後一年でいいから宮廷魔術師となれ。それを経てから私が家督を譲ってやろう」
「…………」
「悪い話ではないと思うが?」
「基本的に能力に問題が無い限り家督は長男が継ぐものでは?」
「カインは無理だ」
「何故?」
「女に溺れて死んだ」
「あらら」
最後のは鬼一の思念である。
「それでもナインがいるよな?」
「薬に溺れて死んだ」
「あらら」
今度はアインの思念だ。
対外的に不細工な話だが、大筋は理解できた。
長男と次男が死んで……残ったのが三男のアインというわけだ。
「けど……ねぇ?」
致命的な問題がある。
アインは魔術を使えないのである。
「どうやって魔術学院に入学を? 筆記試験はともあれ実践試験は通らんのだが」
「ソレについては考えてある」
「ほう」
と鬼一。
「入れ」
そう隣室に繋がる扉にクインは声をかける。
「失礼します」
そう控えめな声が聞こえて少女が客間に現れた。
扉の向こうで待機していたのは明白だ。
美少女だった。
金髪のショートに碧色の瞳。
ノース神国ではよく見かける色だが、顔の造りが有り得ない。
目はクリクリしていて小鼻で花弁のような唇を持っている。
着ている服は光沢のあるソレ。
クインに買い与えられたものだろうか?
そんな毒にもならない疑問を覚えるアイン。
「リリィ」
クインが美少女を呼ぶ。
どうやら美少女は名をリリィというらしい。
「アインの隣に座れ」
「はい。ご当主様」
気品を感じる動作で近づき、アインの座っているソファの隣に座る。
「誰?」
至極尤もなアインの疑問。
「名はリリィ。お前の愛人だ」
「…………」
意味が分からず黙り込む。
仕方が無いと言えばその通り。
いきなり実家に呼び戻されたと思えば愛人が勝手に出来ているなぞ誰が想像し得ようか。
「何の冗談?」
「私は本気だ」
「で、ソレとコレとがどう繋がる?」
「リリィはファーストワンだ」
「はあ……」
ぼんやりと言ってチョコレートを飲む。
初めの一人。
魔術が血統によって才が決まるのは先述した。
つまり魔術師の血脈を遡れば何処かで発端となった初めの一人が存在する理屈に為る。
血統に寄らず魔術の才を持ち、なお血脈に魔術の才能を付与する初めの一人。
先天的に魔術師足り得る能力の持ち主。
ソレを指してファーストワンと呼ぶ。
「で、そのリリィがファーストワンで、だから?」
全く意図不明な父の態度に疑念を持つもスルーされた。
「これを身につけてろ」
そう言って対面に座っているクインが装飾具をアインに投げ渡す。
「なんだコレ?」
言葉ほど混乱はしていない。
ネックレス。
見ただけで分かるくらいあからさまだ。
長い鎖が一周しており虹色の宝石が装飾されている。
「ほう。精霊石か」
思念で鬼一が感心する。
精霊石。
当然アインも知ってはいる。
鉱物の一種で有りながらどういった機構を持つのか魔力を溜めて保存する機能を持つ神秘の石である。
「高かったんじゃないか?」
「領民の納税が二割増しになるくらいはな」
ちなみにクイン家はノース神国でも片手で数えられるほどの有数の名家だ。
当然国王から賜っている領地は広く、毎月膨大な税金が入ってくる。
貴族であるから屋敷は神都に存在するが、ノース神国の領地を広く持ち貴族として栄えている。
そのクイン家を以てして納税二割増しとはそれほどの大事なのだ。
それほど精霊石が貴重かつ高価である証明とも言える。
「確認するが本当に魔術の才能は無いのか?」
クインが息子に問うた。
「この場合、嘘をついても首を絞めるだけだろ」
必然だ。
「では尚その精霊石が必要になる」
「これでどうしろと?」
チェーンを握って振り子のように精霊石を振るアイン。
「リリィから精霊石に魔力を充填して貰え。その魔力で以て魔術を使え」
「あー……」
なるほど。
父の言いたいことを全て汲み取るアインであった。
そも精霊石が高値で取引されているのは、魔力を貯蓄する機能を持つことで魔力の補填さえ可能なら精霊石を持っているだけで一般人も魔術を使えるようになるためだ。
そのため王属騎士……インペリアルブレイズの装備に使われたりもする。
魔術の才能が無くとも魔術を使えるようになる存在が精霊石なのである。
リリィというファーストワン。
そによって魔力を補填される精霊石。
で、それを
「肌身離さず身につけろ」
と父は言う。
要するにリリィと精霊石の支援を受けて、
「魔術師であると誤魔化せ」
とクインは言っているのだ。
「阿呆じゃのう」
「全くだ」
思念で会話する鬼一とアイン。
「あの……」
とリリィがアインを見やる。
碧眼には敬意がこもっていた。
「精一杯アイン様をサポートさせて貰います」
「さいですか」
精神的疲労で肩こりを覚えるアインであった。